花をみてる少女
雨があがって湿気た視界のなか、ふと見ると、手が伸びれば届きそうな、目の少し前に、少女がいた。淡い水色のワンピースに、褐色の、よく見ると花に見えなくもない模様がついていて、髪の毛は二つに結び、ビーチでみるような、サンダルの擦れたかかとを浮かせながら、前のめりに屈んでいる。少女というより、どこまでも幼女だった。 しかし、幼女という呼び名についた白濁色の汚れのイメージには程遠く、いつか本でみた「少女性」、その言葉が夢のようにフィットして、感覚的にはロリータではなくガール、よりもどこかシスターを思わせた。「妹属性」…そう思うと、僕は心の中で彼女を妹と呼ぶことにした。
僕は、妹が体を少しくねらす度に、それに合わせて、ベンチに預けた体重を浮かせたりした。
自己催眠型のミラー効果…催眠とわかっててかかる、本物の催眠…
妹が足を踏み直した時、そのましまろみたいな両すねの間に出来た逆三角形の中に、花が、絵画のように見えた。どこにでもある花。目を横にずらしても、同じ種類のがある。しかし、みずみずしいで「あろう」肉体のキャンパスに縁を取られたその一輪の花は、他の全てのおなじ花と違って、僕にとって涙が滲みそうな程、印象的でまた激情的な花だった。
僕はしばらくの間―もしかすると、かなりの間―そのふくらはぎと花を見ていたが、沈みかけた太陽が、団地の影に入って、視界が一まわり暗転した時、妹が、自分の気付くずっと前から、一人で、そうして花に見入っていることに気付いた。そうなれば、妹は最早、少女でしか有り得なかった。
僕は全てを悟った!家庭になにか事情がある少女…空しく煤けたガラスみたいな瞳をした少女…その瞳で今に枯れるであろう一輪の花に変わらぬ愛情をみている少女…
僕は『星の王子さま』を思い出した。サン・テグジュペリは、一輪のバラに不変性を見出したが、なにもバラである必要はない。現に今見ている、「花の名前を僕達はまだ知らない」のだから…
そうして、僕はミラー効果を生み出す行為に余念がなかった。それは新愛のしるしだった。
再び、僕は少女の中に妹を見出した。日は既に暮れかけていて、今度は偶像が壊される心配もなかった。僕はベンチをたった。手が伸びれば届く距離から、手を伸ばせば届く距離まで近付いて、声かけよう(もし、声をかけれたならば、僕はなんと言っていたろう?)としたその時、妹は、僕を振り返ると血相を変えて立ち上がり、沈む太陽とは逆の方向、そのうちの一つに彼女が帰るであろうところの光が点々と滲んでいる夜道を、昆虫のように走り去って行った…
少女がみていた跡には、寸前まで、花だったであろうものが、幼女の体重によって、混沌としていた。
僕は後悔した。
「もう少し素早く近づけば、あのじっとり湿った首筋に触れられたかもしれないのに!」
僕は、痕跡の前にひざまづいて、執拗にその匂いを嗅いだ…
花をみてる少女