禁断の果実

同性に性欲を抱いてしまった私小説です。気分が悪くなったら申し訳ありません。

禁断の果実

男子更衣室という場所に、私は罪の意識を抱いている。そこは極めて神聖な場所である。女の目がないその場所に入る瞬間だけ、男子たちは開放的になり、無防備となる。性に目覚め、最も生命力に溢れた時期の肉体が、強いフェロモンを放っている。そしてその香りが部屋の壁に染み付き、凝り固まっている。
自分の恥部を晒しながら、男たちはしきりに何かを話す。先輩や教師の悪口を言っている男がいる。お笑いの話をしている男がいる。好きな女の話をしている男がいる。
しかしその隅で、その男たちを汚れた目で見ている人間がいるとしたら、彼らはどう思うだろうか。

私が彼を始めて見たのは高校二年の始業式。一目見た瞬間に、こざっぱりとした、美しい少年だと感じた。名前は井川俊也といった。
一年の頃から女子には人気があったらしく、何人かから告白されたという噂は聞いていた。サッカー部のエースで、部活とは別にクラブチームにも所属しながら活躍しているようだった。要するに、私とは対極の人間であった。
出席番号が近かったこともあり、彼とは同じ班であった。初めての会話は初日の自己紹介の際に、彼の方から話しかけてきた時だった。
「愛川くん、だよね?」
爽やかな見た目とは裏腹に、意外とはにかんだような表情と、可愛らしい声であった。
「え、俺のこと知ってんの?」
「高田と去年同じクラスだったから」
共通の友人が、私の噂はある程度流していたようであった。
「井川くんに知ってもらえてるなんて、嬉しいわ」
「逆に俺のこと知ってたんだ」
「いや、知らないわけないじゃん。F組のイケメンって有名だったじゃん」
「いやいや、何言ってんの」
同性の容姿は褒めやすい。最近では男子の中でも、一つの距離を縮める手段となっている。
「お世辞いいって」
「いやいや、マジだって」
「ありがと」
彼は少し照れながらも、そつなく答えた。少し慣れているようではあったが、嫌味な感じは微塵も感じられなかった。そんな彼の言動に、私は一瞬心奪われそうになった。しかしその頃の私は、既に自らの醜さを理解していたし、そのような欲求を抱くということに強い嫌悪を抱いていた。
そんな自分は、理性を保てるという絶対的な自信があったのだ。 

しかしその三日後、一瞬の衝撃によってそのような慢心は揺らぐこととなる。無論、それは更衣室の中であった。
その時の光景を、私は克明に覚えている。初めての体育の授業で、私と正俊は他愛もない話をしながらその部屋へと入った。私は入口側に立っていた。彼は奥の窓際に入り、私に背を向けた。そしてそのまま、徐に上半身を露にした。
その瞬間、私の意識は完全に支配された。
彼の背中はとても美しかった。無駄な贅肉は全て削ぎ落とされ、筋肉の陰影がしっかり映し出されている。そして彼は振り向いた。何という美しさだろう! 逆三角形の身体はもちろんのこと、その腹筋。下半身から筋が伸びるように首まで美しい曲線で繋がれていて、まるで絵画のようであった。そしてその中心部に注目すると、桃色の小さな乳首が私の目に飛び込んできた。そしてそのまま上を見上げると、彼と一瞬目が合ったような気がして、慌てて我にかえり、目を逸らした。
そのまま、私は彼に見られまいと、咄嗟に自分の脂肪で覆われた醜い肉体を隠した。
彼は何か話していたようだったが、その後の会話は記憶にない。

 その日から、私は彼から目を離せなくなった。体育の更衣室ではもちろん、それは授業中まで及んだ。左斜め前に座っている彼を、私は機会をうかがっては盗み見ていた。初めは顔の輪郭程度であったが、次第にそれを覆っている艶やかな髪、そこから流れるうなじ。そこから繋がる引き締まった首からは、いくつもの血管が浮き出ていた。それを幾度となく更衣室で見た彼の上半身を記憶から引き出して、繋げた。一瞬振り向くと、甘い香りが鼻についた。
 
更衣室では更に酷かった。故意に彼と距離をとり、その着換えを見つめていた。体育の後に動き回ると、彼の美しい素肌や頭から、果汁のような汗が滴っているのをみた。その時、既に私の下半身は制御を拒み始めていた。我にかえるとすぐにそこを出た。私の醜い欲求が彼に気付かれていないか、とても強い不安が襲った。その為、こちらから話しかけるということはほとんどなくなっていた。

もうこの頃になると、彼は学級の中でかなり目立ち始めていた。男子の友達は何人もいたようだったし、彼を気に入ってるらしい女子生徒の名前も数人耳にするようになっていた。
「うち井川、実は結構推しなんだよね」
一人の美しい女子生徒、佐藤みなみが言った。
同グループの女子生徒が続けて被せる。
「え、うちも前から思ってた!」
「マジで⁉」
「てか、ちょっとアタックしてみようかな?」
「えー推しなんだったらみてるだけでいいじゃーん」
推している?私はそのような体裁を繕った言葉が大嫌いであった。相手に性欲を向けていることを、公衆の面前で大声で叫んでいるだけではないか。
そう考えていると、意外な意見も聞こえてきた。
「えーうち全然タイプじゃないんだけど」
「ただチャラいだけじゃん」
振り返ってみると、その女子生徒たちはみなみ程の美しさは持ち合わせていなかった。自分に自信がもてない為に、素直に彼の美しさを認めることができないのかもしれない。かといって少しでも優しくされたら、途端にそれは翻るだろう。
 とはいえ、彼女たちは美しさにおいて、一定の基準は満たしていた。私は彼女たちがとても眩しく思えた。男女に限らず、美しい異性に対してああだこうだと評論できるのは、限られた人間しか許されない。醜いものが美しいものに卑猥な欲求を持つことは滑稽でしかないのだ。
 私は更に彼への欲求の蓋を閉めた。これ以上醜いものへと成り下がりたくはない。美しさは感じても、そこへ欲望は持たないのだ! と独りよがりの自尊心を必死に守ろうとしていた。それこそ最も滑稽であるということには、当時は全く気がづいていなかった。

 それを見抜かれていたように、完全に私の理性の壁を崩す期間へ突入した。
 水泳の授業である。それは通常の体育とはわけが違う。遂に私は、彼の全てを観てしまうことになるのか。その時、私の欲望の津波はどのように襲って来るのか。自分でもとても恐ろしかった。

遂にその部屋に入る日がやってきた。体育の時とは違い、水泳の際の更衣室は、湿気がとても強い。塩素と汗の香りが混じり、ほとんどの人間は大変不快であるだろうその空間に、私は期待を寄せて入ったのだった。
彼は一番奥に友人数人と立っていた。水色のバスタオルのようなものを持っていた。「今日マジで熱くねー」と言いながら上半身を脱ぐ。いつものように美しい腹筋が露わになった。私は上着を鞄にしまうふりをして横目で彼を凝視したままである。
少し友達と談笑した後、ついにその手は下半身へと伸びていく。ベルトの金具を外すと音と共に、ズボンが下ろされる。上半身に比べると少し白く、そして細い、しかしとても引き締まった足であった。そして、私はその瞬間を強く期待した。
 彼はバスタオルを下半身に巻いた。ここまでは予想通りであった。あとは少し前方に屈んでくれさえすれば、わかる筈だ、
しかし予想外の事態が起きた。バスタオルはきつく彼の下半身に巻きついていて、隙間を作ることを許さなかった。彼の下着が下ろされた。当然私はそのバスタオルの繋ぎ目がずれることを願った。彼が棚から水着を取る。ここしかない。私は荷物を取るふりをして彼の背後に回った。すると、彼は少し身をよじった。
 その瞬間、私は全てを観ることに成功したのだった。その間、僅か二、三秒。
 彼はすぐに体制を立て直し、水着を履いた。
私の視線に気がついていたのかはわからない。しかし彼は、自らの美しさは十分に理解していたのだろう。明らかに他の男子とは違う、無意識のうちに警戒を敷いているように思えた。

そしてその夜、遂に私は許されない行為を犯す。私はこれまで感じてきたその香りを鼻に、その美しさを目に、強く刻んだまま帰宅した。そしてそのまま自室に引き籠った。ここから、私の罪の時間が開始されることになるのだ。
私は無我夢中で彼の衣服を剥いだ。私はいまだ知りえない彼の肉体の感触を強く想像した。更衣室で見た上半身、そして何より今日観た彼の精髄。彼はどこまでも美しく、甘い果実であった。私はその種子を観たのだ。
その実体を感じる暇もなく、私の身体は我慢の限界を迎えていた。そのまま犯しに犯していた、のだと思う。気が付いた時には、私の下半身には醜穢な液体が迸っていた。
 
一度その感覚を味わうと、もう自らで制御することは困難になっていた。毎回のように彼のそれを盗み見ては、その印象を焼き付けて悪習を繰り返していった。
学級においては彼とは席も離れ、会話を交わすことは全く無くなった。そして変わらないまま一学期が終了し、夏季休暇を挟んだ。

二学期最初の水泳の授業の際、更衣室では数人の男子生徒が俊也を取り囲んでいた。
「なあ、おまえ遂に卒業したのか?」
「てかいつのまに付き合ってたの?」
男子生徒の声が響いた。他の関係のない男子生徒たちも一斉振り向く。振り向いていない生徒も、動作は完全に停止していた。
「声でけえよ!」
彼の小さな声が聞こえる。
「いいよなーみなみちゃんだもんなー」
「俺もあんなかわいい子とやりたいよー」
「てかどうやってそこまでいったんだよー」
「もういいだろこの話は」
彼は煩わしそうに言い、更衣室を出ていった。
「ちょっとーちゃんと聞かせてよー」
周りの男子生徒たちが追いかけて出ていく。
私はその場から動くことが出来なかった。なにを、当たり前の話ではないか。美しいもの同士が惹かれあい、子孫を残そうとしているだけである。極めて健全な話ではないか。
更に生徒が更衣室から一人、二人と出ていく。私は立ったまま、彼の脱ぎ捨てた下着を見つめていた。それはまるで、剝きたての果物の皮のようであった。

禁断の果実

禁断の果実

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2022-04-02

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