幻の楽園(十三)Paradise of the illusion

幻の楽園(十三)巡る季節の中で 甘い記憶 Paradise of the illusion

Night Flower 春の宵 夜桜

桜が満開になった夜、二人で観に行った。
花冷えの夜、ベンチに並んで座り缶ビールで乾杯。持ってきた弁当を膝に広げて食べた。戯言のような話題もない会話が心地よく。外灯の柔らかな光の下闇に浮き上がった桜を見上げた。

食事の後、ベンチを跡にして
二人は手を繋いで桜並木を歩いた。夜の闇に鮮やかに浮かび上がった桜の花を見上げる。

「綺麗ね」

彼女はそう言って華やかに微笑する。

僕は、彼女の端正な横顔を見た。
冷たい夜風に柔らかな髪が揺れる。繋いだ君の手の温もりが伝わってくる。

あの時の、彼女の香りさえも鮮明に記憶のかけらとなってフッと春の夜に思い出すのだ。

Summer night 夏祭りの花火

夜空の闇へと上がっていく。大きな音と共に閃光を散りばめて花が咲く。
そのたびに観客からのワッと驚きの声と拍手にわく。
光は儚くも一瞬の美しさを残して闇へと消えていく。寂しくもつぎの花火へと気持ちが高鳴る。

辺りを見ると、露店の光に誘われて、思い思いに人々は往来を歩き熱を帯びたように混雑している。熱帯夜のような夏の盛りの夜。

「綺麗だったね」

隣にいた浴衣の彼女に振り向くと、微笑した瞳が僕を覗き込んだ。
髪を結った頸が妙に白くて、いつもより大人びている。

ほんのりと甘い香りがして、乱れた髪に色香を感じて目のやり場に戸惑う。

「うん」

僕は、曖昧に答える。
そして当たり前のように彼女の手を取って繋いだ。
指と指をからめて掌を重ねて。彼女の体温なのか、熱帯夜の暑さなのかよくわからない。

僕の心音は、妙に高まり花火の音と共振しているかのようだ。
夏の夜。何か特別な気分にさせる。

あの花火のように。
光は儚くも一瞬の美しさを残して闇へと消えていく。
二人で時を重ねた余韻と、その後にくる寂しさは、まだわかるはずもないほどに掌は熱かった。

Autumn afternoon 枯葉 晩秋の午後

ある晴れた午後。

午後の講義は、急に休講になった。

隣の席の君と一緒に帰ることにした。

帰り道の公園の煉瓦の鋪道は、銀杏並木の枯葉で黄色だった。

二人は並んで歩いたね。歩くたび枯葉が音を立てる。

銀杏並木の遠くに紅に染まった大木がみえる。

そのあたりまで歩いたら、パリの街角にある様な街灯があったね。街灯の近くに木製のベンチシートがあった。

木製のベンチに二人で座り。黄色に染まる並木道の空を仰いだ。

肌寒く青く澄んだ青空。少し冬の色が始まりそうな晩秋の午後。

時折、歩く人の影が長くなるまで語り合ったね。

冬が来る前に何処か行きたいね。
そう君は言っていた。

その微笑みは、今は記憶の中。

White Christmas

街の中央を南北に抜ける通りがある。僕は、South Avenueと勝手に名前をつけている。

そのSouth Avenueの交差点の角のビルの二階にフレンチレストランがあった。

レストランの名前は忘れてしまった。

フランス語の洒落た名前だった様な気がする。

レストランは大きな硝子の窓があって、窓際の席は街の雰囲気を一望できる。

その窓際の席をクリスマスの夜に予約して彼女と二人で食事をした。

クリスマスの黄昏が過ぎ去った時間だった。
街路樹のイルミネーションや道路の照明灯。

行き交う車のヘッドライトやテールランプ。
光に包まれた夜の繁華街を行き交う人々がピークの頃だ。

そんな街の雰囲気を眺めながら、クリスマスの食事を楽しんでいた。

「ねえ、あの女の子のトレンチコート素敵ね」

「そうだね。長い髪とコートが大人っぽい雰囲気に見えるよね。素敵な女性だね」

彼女は、少し拗ねた様な表情をした。

「私は…どうなの?」

「君のほうが素敵だよ」

「ありがとう」

彼女は、自然な愛くるしい表情で微笑した。

「そうだ、君にクリスマスプレゼントを買ってきたんだ」

僕は、そう言ってリボンで綺麗に包装された箱を取り出して彼女の渡した。

「えっ。いいの?」

「いいよ」

「開けていい?」

「うん」

彼女は、嬉しそうにリボンをとって箱の包装を丁寧に剥がして箱を開けた。

箱の中から華奢なゴールドのネックレスを取り出した。

「素敵」

「つけてみる?」

「つけてみて」

僕は、立ち上がり彼女の席にまわった。彼女の背後に立って、ゴールドのネックレスを彼女の首につけた。
それから席に戻りながら彼女の姿を見た。

「いいね。よく似合う」

「ほんと?」

彼女は、夜の窓ガラスに映る自分を見た。

「うん。ますます素敵になったよ」

「高かったでしょ」

「君が素敵なら、高くてもいいんだ」

「ありがとう」

「素敵だ」

なんて、普段は面と向かって言うのが恥ずかしいような台詞が言えるのは、クリスマスの雰囲気のおかげだろうか。

あの時は、二人の楽しい時間が永遠に続くような気がしたんだ。ずっとね。

丁度、スープとオードブルが済んでメインのローストチキンの皿がテーブルに並んだ時だった。

「あ、ねえ。雪」

窓の外を眺めていた彼女が嬉しそうに僕を見て微笑した。

「ほんとだ。雪が降ってきたね」

窓の外を見ている彼女の表情は、とても魅力的で綺麗だった。

こみ上げてくる愛おしい気持ちを感じながら

窓の外へ視線を移した。

雪は、チラチラと小さな霙が降り始め。次第に雪が大きくなり沢山降りだした。

雪が降り始めてから短い時間で街は白い雪景色になっていった。

レストランを出る頃には、街は薄らと白い雪が積もっていた。

ホワイトクリスマスの夜。きみと二人きり。

彼女は、冬の夜空の闇から白い雪が降ってくるのを仰ぎ見た。

「クリスマスに雪が降るなんて久しぶり」

「そうだね。ホワイトクリスマスなんて何年ぶりだろう」

「綺麗ね」

微笑する彼女の息が白い。

「うん」

僕の息も白い。

僕達二人は、お互いを見て微笑した。

「これから、どうしようか?」

「どうしましょう」

「もう一軒、バーでも行く?」

「うーん。どうしようかなぁ」

「それとも、カフェで熱いコーヒーでも飲む?」

「ねぇ」

「なに?」

「貴方の部屋に行ってもいい?」

僕は、少し間をおいてから応えた。

「いいよ」

「いきましょう」

「うん、そうしょう」

「そうしましょう」

二人は見つめ合い微笑した。

「いこうか」

「はい」

二人は手を繋いで雪の降る白い舗道に足跡を残して歩いて行く。

そして、ホワイトクリスマスの雪の降る街の雑踏へ紛れ込んでやがて見えなくなった。

Welcome to Ocean Bay FM. Free music selection program. Please enjoy the fleeting time of the day.

Welcome to the midnight lounge. Ocean Bay FM.

今日と明日が出逢う時間に…。
この時間のお相手は、葉月夏緒でした。

今夜は、素敵なクリスマス。

皆さんは、どう過ごされたのでしょうか?

夜は雪が降り始めて、街は白い雪景色になりました。

久しぶりのホワイトクリスマス。
聖なる夜の最後の曲は、

0°C 〜stay with me〜 唐沢美帆

see you next week byby.

" Oh, stay with me 抱いて眠るのは
 初めて覚えた キミの香りだけ
おかしいくらい心地いいから 
 
 あきらめたくない

形なんていい ただキミだけが欲しい
永遠もイミない 一瞬が愛しい

プライド捨ててキミに賭けてる 

 ギリギリのカンジがイイんだよ

 だからこのままで まだ何も聞かないで
 運命だってきっと そう変えてみせるから
 凍らせたドア 溶けて笑える その日まで"


" Oh, stay with me
 果実のように 甘くて切ない キミの香りはね

 フシギにアタシを癒すから 離れたくない" 

冬の蒼

眠ってる君を背後から抱いて。
君の手を包み込むように繋げた。
肌が触れ合って君の体温が伝わってくる。
静かに呼吸が聞こえる。
時折、シーツの衣擦れの音がする。

君の寝顔は穏やかで優しい。

窓の外は、凛とした冬の夜。
シンシンとまだ雪が降り積もる。

空気を入れ替えようと窓を開けたのなら。
その隙から少しずつ冷たい夜の闇が忍び寄って支配する。

でも、この部屋は安心だ。
ストーブの匂いと温もりで部屋は満ちている。

棚に置いてあるオーディオのスピーカーは、FM局を静かなボリュームでオンエアーしている。
ほら君の好きな曲が流れてくるよ。

二人、裸で布団の中で抱き合って眠れば暖かい。


はじめて覚えた

君の香り 

果実のように

甘く切ない。


あの唄のように
記憶は鮮明に残っている。

やがてくる冬の蒼。冷たい朝まで。

その時まで、抱きしめていたい。

このまま二人で眠ろう。

朝、目覚めたら二人で熱いコーヒーを入れて。

暖かいスープとベーコンエッグを作ろう。

それから焼き立てのトーストにマーマレードを塗ろう。

料理をテーブルに並べて。
二人で幸せな朝の光に包まれて朝食を食べよう。

春夏秋冬。巡る季節の中で、君の甘い記憶が鮮明に残っている。

僕は独りで寂しさの向こう側へ行ってしまった。

君は元気かい?

幸せに暮らしているのか?

淋しい想いをしてないかい?

懐かしさのなかに、
わけもなくセンチメンタルな気持ちに
浸ってしまう。

君の甘い記憶は、僕の中で刻まれたまま。

忘れたくても忘れられないのは何故だろう。


引用

0°〜Stay with me〜 唐沢美帆

Songwriting カミカオル 嶋野聡

幻の楽園(十三)Paradise of the illusion

幻の楽園(十三)Paradise of the illusion

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-03-28

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