家出課長と僕

 不覚にも僕は課長を拾ってしまった。
 雨の中、捨てられていたのだ。真夜中に。コンビニの前の駐車場で。あろうことか、寝具を抱きかかえた課長が。あんまり可哀相だったのでアパートに連れて帰り、特製の温かいお味噌汁を作ってあげた。課長は豆腐や大根や茄子を一つ一つ味わって食べ終えると、中年太りのお腹を横たわらせて早々に眠ってしまった。
 どうやら課長には家出癖があるらしい。
 それからというもの、課長は僕の部屋に無言で居座るようになり、ここから出勤し夜にはここへ帰宅するという日々が半月ほど続いた。課長は会社の時だけ、直属の部下である僕に存外厳しく、少しでも営業成績が下がるとこめかみに血管を浮き立たせて、ひどく怒鳴る。そんな関係だが、しかし僕のうちでは大人しく、意外にも子犬みたいな目で餌(ご飯)をねだる課長なのだった。特に、僕のお味噌汁を大層気に入ってくれた。独身で料理好きの僕は、がつがつ食べる課長のことを疎ましがるどころか、もう暫くここにいてくれてもいいとさえ思っていた。
 ただ、一つだけ不満を言えば、僕のお金で勝手に育毛剤を買うのはやめてほしい。今や、洗面所にはしっかりと薬っぽい臭いが染み付いていた。
 それは、ある日のことだ。会社帰り、僕は電信柱に貼り付けられたチラシに課長の写真が載せられているのを、偶然に見掛けた。それは課長の家族からの、課長に対しての、帰ってきてくれという呼び掛けだった。子供が描いたのだろう、チラシの右下にはデフォルメされた課長がふてくされた表情で新聞を読んでいる。僕はその夜、接待で遅くなった、酔っ払った課長を強引に引き連れて、家族の元へ送り届けた。家の前に来るまで、課長は悪戯の見つかった子供みたいにしゅん、と肩を落としていた。
 しかし、一たび家族と再会すると、課長は声を上げておいおい泣き出すし、妻も子供たちも、ごめんねお父さんと口々に素直に謝っている。安手のホームドラマの一場面よりも遥かに感動的で、ちょっぴり羨ましい光景だった。闇ばかりの夜は深く、軒先の灯籠がほんのりと辺りを照らしている。
 泣きながら抱き合う課長とその家族を眺めながら、僕は今日、情報屋である同僚から聞いた、課長がもうすぐ僻地へ左遷されてしまうという噂を思い出していた。
 課長は単身赴任先でもちゃんと拾われるだろうか。飼い主はちゃんとお味噌汁を作ってあげられるだろうか。
 少し、心配になった。

家出課長と僕

家出課長と僕

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-12-15

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