三題噺「腕枕」「ヴァンパイア」「小指」
男はただ寂しかっただけなのだ。
自分のそばにいて欲しいという、誰もが一度は持つ願いを恥ずかしくて言うことができなかっただけなのだ。
だから、必然にせよ偶然にせよ現われたその少年に男は救われたのだった。
その少年が男の元にやってきたのは、2ヶ月前の寒い夜の事だった。
その日、男はいつもより遅くまで起きていた。昼間あった嫌なことが頭から離れなかったのだ。
男は都内の会社で営業の仕事をしていた。毎日毎日朝から晩まで歩き回り、なかなか取れない契約を上司にネチネチと責められる日々を送っていた。
男自身、自分の事を仕事ができる人間だとは思っていない。しかし、課長から課の全員に聞こえるような声で罵られれば、さすがに鬱屈した思いが溜まってしまうのも無理のない話だった。
「……はぁ」
男はネガティブな気分で深いため息をついた。
そのため息は暗い部屋の中に溶け込むように消えた。
そして代わりに、少年が男の目の前に現われた。
少年の姿は男の目を釘付けにした。
ヴァンパイアのような魔眼を使われたわけでもないのに、男の視線は少年から外れなかった。
しかし、男にはそんなことはどうでも良かった。
目の前にいる少年を守らなくては。男は何故だかそう思った。
食事を作り、身の回りの世話をし、時には腕枕で寝かしつけることもした。
そんな生活は確実に男を変えていった。
ある時、少年が転んで小指を怪我した時も男は少年の指に絆創膏を巻き、頭を撫でて慰めてやった。
少年は幸せそうだった。
男も幸せだった。
男は変わった。
少年のために働き、少年の生活に尽くし続けた。
それは少年の暮らしを豊かにし、男の営業成績も上げた。
しかし、男はそんなことどうでも良かった。
少年が満足してくれさえすれば良い。
男はもはや歪んでいた。
「岩城くん、最近変わったわよね」
「今じゃ課内でトップの成績でしょ」
「料理も凄く上手いって話だよ」
課内の噂話は男の耳には届かない。
彼の頭は少年のことで頭が一杯だったから。
だから、男はまだ気付けていない。
少年の指に巻いた絆創膏が、男の小指に巻かれていることに。
三題噺「腕枕」「ヴァンパイア」「小指」