2chでみた話

たまに、思い出す事がある。出来事というには、ありふれすぎているし、それだけで完結するような、起承転結のある話でもない。ただ、どんよりしたものが不意に頭をもたげてきて、知らぬ間にそれを追いかけていると、段々と周りの風景まではっきりしてくる…そんな「経験」といえば、まだ近い気もする。よく考えてみれば、全然面白い経験でもない。しかし、稀に起こるしょうもない出来事より、ありふれていながら思い出せる経験の方が、まだマシな気がする。だからたまには、自分が世の中の歯車のひとつに過ぎないことを忘れて、じっと耽っている…



雨が降っていると、帰るのが億劫になり、財布に余裕があれば、外泊することがままあった。不規則な生活が仕事にたたったり、ましてやそれで後悔することもなかったし、むしろ、日々の繰り返しで起こる惰性を、ただれた生活で無理やり誤魔化していた。幸福でもなかったし、不幸でもなかった。

思うに、これは独り者の特権だ。幸か不幸かの二分に与することなく、その真ん中、薄い辞書には載っていないような中庸の人生、そこに留まることを許してくれるのは、個人の自由でしかない。

そうなると、恋愛や交友みたいな沙汰も、実際は闇雲に人を不自由に縛り付けるだけで、愛情というのも、例えるなら、知らない間に重い荷物を背負わされて苦しい時、意味を内緒で投与されるご褒美の麻薬で、一時、気持ちよくなるばっかりに、麻薬というのは素晴らしいと、自分一人の体が、本来もっと軽いことを、忘れているだけなのかもしれない。

ある時、彼女が出来た。バツ一で、3歳の息子をつれていた。付き合うまでの紆余曲折は覚えていない。言葉通り、親子共々、転がり込む形で、そのまま同棲することになった。

それから、生活が一変した。といっても、派手な変化ではない。今までの習慣が新しい習慣に更新されただけで、その更新も、毎日自宅に戻るようになる程度だった。何故、律儀な生活をするようになったのか、今でもわからない。自分はその理由がわかるほど、繊細な人間ではない。

自宅のドアの前から、既に子供の遊ぶ声が聞こえる。毎度、他人の家に踏み込む気持ちで、遠慮がちに部屋に入ると、大抵、夕飯の片付けをしている彼女にみつかり、彼女はおかえりという。

無言で帰宅した手前、あとから返事するのも気が引けて、うん、と反応した。毎日、ここまでが繰り返しだったし、その後も勿論、つまめるような事態が起きたことはない。集中して過ごせば、一日のことを、ほぼ完璧に反芻する自信があった。

日常の中、ささやかな特異点であった子供は、言葉は覚束無いながら、彼女の放っておき具合からすると、心配する必要は無かったのだろう。一人で、読まれなくなった雑誌を破っては、そこらじゅうに放っていて、そのせいで辺りは紙片まみれになり、大人はよく滑った。しかし、テレビも絵本もないこの部屋で、ほかの遊びをしろというのも酷だったから、さほど疲れていない自分が、相手をすることになった。思いのほかよく懐かれた。二人で色々する内、一番マシな遊びがかくれんぼだった。子供はいつも、探す方にまわりたがり、自分は隠れ場所のすぐ側にタバコを一本置いておく。すると彼は、その気遣いを手がかりに見事探し出し、レモンをしぼったみたいに喜んだ。父親とは呼ばれなかった。よく分からないあだ名で呼ばれた。

母親は、色目を使ってくるが、色目とわかっている以上、相手をするのも馬鹿らしくて、無視していた。そんな日々が1年ほど続いた。

彼女の浮気が発覚した。引き止める理由もなかったから、出ていくがままにさせた。子供は可哀想だと思った。が、なぜ可哀想なのか。その答えがわかるようで、わかるのも癪だったから、考えるのをやめた。どうせ自分には、何も出来ない。

あまりにも飄然と別れたので、なぜか母親は名残惜しそうにしていた。狂言浮気だったと、今になって思わないことも無い。

別れてから、果たしてどれくらいの日が過ぎたのか分からない。自分は一貫して歯車だった。背負いかけた重荷を、自身が変形する前に降ろした自分は、これからも世の中に合致して生きていくつもりだ。雨が降ってきた。つや消しされた地面をみていると、どうも帰るのが億劫になる…



…今でも子供は、落ちたタバコを見つけると、周りを探したがってきかないらしい。何も無い茂みを漁るよりも、空しいことはないと思って、僕は聞いた時に泣きそうになった。もし彼が、その茂みの中に、壊れた機械から落ちた鉄クズでも見つけることが出来たなら、僕は喜んでそれになりたいと思った…



何故そう感じたのか、自分でも分からなかった。

繰り返すが、自分はその理由が分かるほど、繊細な人間ではない。

2chでみた話

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-03-23

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