いちご
本当に面白いです。絶対です。
あれ・・・なんで前が見えないんだっけ・・・
首がきついなあ・・・
でもそんなこと、もうどうでもいいのかなあ・・・
考えれば最近の10年が一番楽しかったなあ・・・
好きな人と同じ屋根の下で過ごせたし・・・
でも最後はあの人と一緒にいたかったなあ・・・
でもすぐに会えるか!
でもせめて自分のタイミングで会いたかったなあ・・・
私、でも言い過ぎ・・・
いや、言ってはいないか・・・
たくさんの人に看取ってもらえるなんて私は幸せ者だなあ・・・
ガコン!
明石家は5人で家にいた。
私、明石恵果は今日から大学生になっちゃった。
偏差値35の私立政明大学経済学部に通うことになっちゃった。
偏差値はよく分からないけど低いことは分かる。
だって私の通う大学が決まった夜に私とお兄ちゃんの翠臥と弟の翠旗が3人でリビングでご飯を食べている時に私の父の翠吾さんは私たちの横でママに土下座をさせて背中に座ってグチグチ文句を言ってたから。
「明石家にバカの血が入っちまったなあ・・・やっぱ短大のやつと結婚するんじゃなかったなあ・・・昔から男に媚びるのだけはうまかったもんなあ・・・俺も騙されたわけか・・・翠臥が賢かったから恵果も孕ませたんだけどなあ・・・やっぱ翠臥が賢いのが判った時点で離婚して引き取っちまえば良かったなあ・・・」
ママは多分何も考えずに時間が過ぎるのを待っているのかな。
今日は愚痴長いなあ・・・。
早く終わらないかなあ・・・。
卵焼き美味しいなあ・・・。
「恵果が馬鹿だと分かった時点で金使って塾に入れたりしたんだけどなあ・・・やっぱ馬鹿って治んないもんだなあ・・・イヤー勉強になったよ。なあ恵果。」
翠吾さんこっち見てるな。
翠吾さんが愚痴のサビでこっち向くのうざい。
「お前はどう思う?やっぱ当事者の意見は重要だからなあ。あ、当事者って分かんない?ある事柄に直接関係した人物のことを言うんだけど。っていうか事柄も馬鹿には分からないか。」
うるさい。
うざい。
無視しておこう。
でもソーセージは美味しい。
「事柄っていうのは・・・もういいや。俺の座右の銘【馬鹿と喋っても時間の無駄】を信じよう。っていうかお前はまず高校すら卒業できなさそうだけど大丈夫なのか?翠旗。恵果が馬鹿だと分かった時点で賢い奴の方が子供の中で多くしたかったから一か八かすぐにすみれを孕ませたんだけど賭けに負けちまったよ。せめて高卒資格は取ってくれよ。屑。」
すみれはママのこと。
「いや~国が定めた中絶の期間って短いよなあ。そいつが馬鹿って分かるまでの期間に伸ばして欲しいよな。まあでもそれはもう中絶ではないか。」
標的が弟の翠旗に変わった。
とても嬉しい。
「あれ。ここ笑うとこなんだけど。翠旗は笑いも分からないのか。勉強できないならなにか才能無いと生きていけないけどどうするの?」
翠旗が目は全く笑わずに「は」を3回言った。
「ここは笑いどころじゃねーよ。やっぱ受精卵のうちに賢さがわかるシステムを開発するほうが効率的かな。翠旗、どう思う?」
「どっちでもいいよ。」
翠旗が答えた。
翠旗の目の前の卵焼きはとても美味しそうに見えた。
「やっぱり馬鹿は考えることを放棄するよな。賢い奴を代表して君の意見を聞きたい。翠臥、君はどう思う?」
お兄ちゃんがナイフとフォークを置いてステーキを頬張りながら答える。
「お父さんは医者だから分かると思うけど、受精卵のうちっていうのは厳しいと思う。それよりも中絶可能な期間が21週だから脳の発達が加速する20週の時点で知能を判別するシステムを開発する方が現実的だと思う。それから母親の体の中から出てきて賢さが分かってから殺すっていう方法はやっぱ倫理団体が止めるんじゃないかな。だから難しいと思う。僕の意見としては子供っていうのは親が単純にSEXして作ったもんだからいつ殺してもいいと思うんだけどね。陶芸家が自分の作品を壊しても誰も文句を言わないでしょう?」
「うんうんそうだよなあ。やっぱ賢い奴と話していると気持ちがいいな。でも俺がお前のことを殺すって言ってもお前は許すってことだけどいいのか?」
「うーん・・・嫌だけどそれは仕方がないことだと思う。でも人を殺すことは難しいと思うよ、お父さん。」
「大丈夫、お前のことは殺さないよ。冗談だよ。」
「冗談ねえ・・・」
お兄ちゃんと翠吾さんは完全に狂っていると思う。翠臥は昔は普通の人だと思ってたけど狂っているお父さんと長い時間一緒にいたから狂ったんだと思う。
お兄ちゃんが高校生になったころ、電話をしたことがあった。
「今大丈夫そう?」
「いや、今はちょっと忙しいかな」
「なんで?」
「今、実験をしているんだ。」
「実験?どういうこと?」
「いや、公園でやってる。野良猫を捕まえてきて少しずつ血を抜いてる。だいたい猫の体重って4 kgぐらいで、そうなると体内の血液量は約250 mLなんだ。人間は体内の血液量の30%を失うと生死の淵をさまようんだけど、猫はどうなのかなって。250mLの30%だから75mLが猫の血を失ったときの致死量なんだけど、今70mLなんだ。もう息はしていないからそろそろだと思う。ここからは1mLずつ採取しようと思っていたんだけど話があるなら一気に10mL採取して実験終わらせるよ。」
「・・・いやもういい。」
「え、いいの?良いなら電話してこないでよ。」
「そうだね、ごめん。」
電話は切った。中学に入ったあたりから雰囲気が変わっていったとは思っていたけどここまでとは思わなかった。
涙が少し溜まった。
私は翠吾さんに聞いた。
「そんなに勉強って大事なの?ママをいじめてまで私たちにさせなきゃいけないことだったの?翠吾さんは私が小さい頃は優しくて大好きだった。でも私が小学校に入って勉強できないのが分かって、塾に入っても勉強できないのが分かったあたりから翠吾さんはママをいじめ始めた。それまではパパって呼んでたのに他人みたいに翠吾さんって呼ばなくちゃいけなくなった。翠吾さんが家に帰ってきて玄関が開く音がするとママはそれまでは楽しそうにしていても急に放心状態になった。そんなママを見るのが本当に辛かった。もう一回聞くね。そんなに勉強って大事?」
翠吾さんが母の背中から立ち上がり私に近づき、顔を私の顔の前まで持って来て喋り始めた。
涙が少し溢れた。
「そんなことも分からないからお前は馬鹿なんだ。少し考えれば分かるはずだ。本来社会ってのは何か才能が無くては生きていけなかったんだ。才能のない奴は人類から必要のない人種だと認定された。そこで才能の無い人種は生きる方法を考えた。それが【倫理】だ。こいつらは倫理を盾にしてこう主張した。【同じ人間なのに区別するのはおかしい】と。同じ人間ではないのにだ。こいつらは数だけは多かったから才能のある人種を丸め込むことが出来た。そこで才能のある人種は考えた。【こいつらを手下にしよう】と。しかし才能の無い人種の中にも優劣はある。下の下はいらない。だから何かで階級分けをしようと考えた。昔なら家柄だっただろう。しかし現代では学歴だ。家柄なんて変えられないものではない分現代の方がはるかに合理的だ。努力すればよいものにできる。しかしお前はそれを良いものにできなかった。努力をしていたのにだ。つまりなにか他の才能を持っていなければいけない状況にお前はなってしまった。しかしおそらくお前にはなんの才能もないだろう。だからお前は下の下の仕事をしなければいけない。体を使って稼げ。若いうちは水商売を俺は勧める。男ってのは馬鹿な若い女が好きだからだ。年を取ったら風俗を俺は勧める。熟れた体を好む男は存在するからだ。」
翠吾さんの話は正しいのかな。分からないけど正しくないと思う。考えたくない。考えるのは疲れる。
翠吾さんの愚痴が終わった。
翠吾さんは自分の書斎へ帰って行った。
ママは悲しそうに喋った。
「ごめんね…いつも…翠臥、恵果、翠旗…」
お兄ちゃんが話す。
「どうして謝るの?僕はいつもお母さんと妹と弟がお父さんからいじめられているのを見るのは楽しいよ?自分より下の人間を見るのはとても気持ちが良いからね。」
「あなたはそうよね…そういう風に育ってしまったものね…あの人のせいで。」
「そういう風って何?まるで悪いみたいだけど。僕は人生がとても楽しい。僕の何が悪いの?それはお母さんにとっての悪だよね?僕は自分をとても素晴らしい人間だと思ってるよ。僕はお母さんみたいになりたくないけど。お母さんは僕にとって悪だよ。妹も弟もね。」
私は自分の部屋に帰るために席を立った。同時に翠旗も立った。
私は翠旗と一緒に部屋に帰った。私の部屋と翠旗の部屋は隣同士だから横並びで歩くことになる。私は翠旗に歩きながら聞いてみた。
「高校は卒業できそう?」
「いや、もうあまり行けてないから無理じゃないかな。」
「そっか…。いじめが原因だよね。なんでいじめって起こるんだろうね。悪いことだって皆知ってるのに。」
「楽しいからでしょ。」
「え?人を虐めるのは楽しいの?」
「そうだよ。俺は最初いじめグループのリーダーだった。でも周りに偉そうにしてたらそれが原因で今度は逆に虐められた。でもそれは仕方がないことだと思う。もちろん最初にいじめをしてたからそのバチが当たったとも言えるんだけど。でも本質はそうじゃない。いじめをしていた時は本当に楽しかった。大人数で弱い一人をリンチしている時、人間は【俺はこいつより上だ。】ってとても実感しやすいんだと思う。その実感は人間にとって最上の幸福の一つだと思う。よくドキュメンタリーで借金まみれの人やホームレスなんかを特集するだろ?あれもそうだろうね。昔は死刑執行の時人だかりができていたぐらいだ。人間はいつでも自分より下の人間を見たいんだ。現に僕はいじめをしている時楽しくて仕方がなかった。毎日学校が楽しかった。でも虐められてると逆に自分を下に感じやすい。だから学校に行けなくなった。そんなもんだよ。」
私は何も言えなかった。すぐに寝ようと思ってベッドに入った。
寂しい。
こんな時は友達に電話をしたい。
でもこんな時に気軽に電話できる友達が私にはいない。
今までもずっとそうだった。
クラスにはグループがいくつかあるけど私は全てのグループに属していながら全てのグループに属していなかった。
土日に誰かと遊びに行くのはいつも学年の最初だけ。
ゴールデンウィークは好きだった。毎日違う誰かと遊びに行った。
夏休みは嫌いだった。誰とも遊ばないから。
独りと思われるのが怖くて休み時間になる度にどこかのグループに話しかけに行った。
でも2人でいて気まずくならない人はいなかった。
誰かと2人になるといつも嫌な空気が流れた。
私、友達このまま一生出来ないのかな…。
でも彼氏は何人か出来た。すぐ別れるけど。付き合ってる時は大好きなんだけど。いつも要求しすぎてしまう。
私は彼氏が出来ると毎回彼と同化したいと思ってしまう。
彼の体の一部を口にすることで彼が私の血となり肉になると感じる。
だから毎回髪の毛や爪を欲しいと言う。そこから引かれて振られてしまう。毎回同じパターン。学習しなきゃ。
でも前の彼氏は爪をはいで食べさせてもらった。もちろん出た血は全部吸った。翌日に足の小指を食べたいから切り取ってちょうだいと言ったらまた振られた。
次の彼氏とは頑張って膵臓を交換したいな。
大学でも彼氏作ろ。
ベッドに入ったのはいいものの全く寝れない。寝れる気がしない。
こういう時はお気に入りのYouTuberを見よう。
チャンネル名【まさポン君のニート日記】
登録者700人。
サムネイルはいつもニートのまさポン君が変顔している。
今日の動画は
【まさポン君の1日を紹介するよ〜!】
面白そう。
まさポン君を友達に勧めたい。こんなチャンネル勧められないけど。友達いないけど。
動画を見てみた。
「優越感をお届け!まさポン君のニート日記が今日も始まるよー!今日はまさポン君の1日を紹介するよ〜。それではどうぞ!」
よく聞くフリーBGMが流れた。
午後5時 起床。まさポン君が目覚めた。まさポン君が自分の行動に対して実況を入れる。
「僕はいつも夕方5時に起きます!ここから3時間ぐらいベッドの中から出ずにスマホをいじります~。」
夕方8時 ネットゲームを始める。まさポン君は机に座りヘッドホンを付けてゲームを始める。
「ネットゲームは日課です~。この前ランクがマスターに行きました!このゲーム始めて5年かかりました!」
午前2時。まさポン君が自分の部屋から出て食べ物を持って自分の部屋に戻ってきた。
「親が寝たこの時間ぐらいに食事をとります~。やっぱり親とは顔は合わせられませんよね。(笑)今日のご飯はパスタとチャーハンとおにぎりですね。基本的に親と顔を合わせたくないので1日1食に抑えてます!親が死んでくれれば遺産が手に入ってさらに親と顔を合わせる心配をしなくて良くなるので早く死んで欲しいです!」
まさポン君がご飯を食べながらネットゲームをまた始めた。
午前6時 パソコンを閉じた。くしゃくしゃの紙を机の中から取り出して開いた。【親】と書いてある。その紙を地面に置き、何か唱えながら紙の上でジャンプを始めた。
スマホの音量をあげると聞こえてきた。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね…」
「死ね」と何回も唱えていた。
音量が上がったままなので大きな声でまさポン君が話し始めた。
「これも日課の【祈りの時間】です!【親】と書いた紙を踏みつけながら【死ね】と祈ることで親の寿命を早めてます!親も一人息子がニートなんて毎日死にたいでしょうから親孝行のつもりでやってます!もちろん僕自身早く死んで欲しいと思ってます!」
30分後に儀式は終わった。
午前7時 就寝。
「これが僕の1日です!ニートなんで毎日同じことしかやってません!ちなみに僕がニートになったのは大学卒業したあと入った会社がブラックで上司にいじめられて会社に行けなくなったからです!今の1日と会社にいた時の1日だったら、絶対今の方がいいです!でも視聴者さんはこんな僕を見て優越感に浸れると思うのでどっちが良いかは人それぞれだと思います!優越感でみんなの心を抱きしめたい♪まさポン君でした!じゃあまた次の動画で~。」
動画を見終わった。いつも見終わると嬉しい気持ちになる。これが優越感か。自分はまさポン君より上だと実感出来る。これがいじめでも得られる快感なのかな。ならしたいかも。いじめ。
その後はすぐに寝ることが出来た。
今日は大学の入学式だ。
友達できるのかな。
多分できないだろうけど。
大学に着いて校門から校舎まで歩いているとサークルの勧誘を行っている人が沢山いた。
素通りしようとすると声をかけられた。
「テニスサークルはどうですか~?興味無い?明日新歓だから飲み会だけ来てよ!新入生無料だし!嫌ならもう来なくていいから!」
「はあ…。」
私の腕の上にサークルの紹介用紙を無理やり置かれた。
その後は人の横を通り過ぎる度に紹介用紙を置かれた。
断りたかったけど断れなかった。
でも求められてる感覚が心地良い。
今まであまり人から求められた事は無かったから…。
いちご
本当に面白いです。絶対です。