舞台装置と道化
舞台装置と道化
毒杯に氷を入れて飲み干した
呪文には栞を挟んで声に出す
「生きること、それは耐え難い。
自ら毒杯を注ぎ、呪いを声高に、
自らを追い詰め、追い詰め、
そうして生まれし言葉を、
我が子のように抱きしめて…」
自らの忘却の川に夜な夜な
立ちすくみ、青白い月を見る
思い出したように川に入って
明日を恐るる心を芯まで冷やす
君の隣に女神が見える
君に微笑む女神がいる
「おはよう」に
それだけの意味があるのなら
どれだけ溶けるように
存在出来ただろう
無意味、無味、無臭、
人はそのお陰で立ち去れるのだ
「己の心から汲み出した毒から」
「己の心より生まれでた呪いから」
私の前に立ちはだかる
舞台装置と道化師の笑み
演出家の煙草が
真っ暗な客席で
ゆらゆらと揺れた
私は腹立たしさをドーランの下にひた隠す
地明かりだけの舞台で叫ぶ
私の言葉には
本当は意味が在って
しかし悟られることは無く
日々はただ、過ぎてゆく
幕が開いて、次章、次章…
私に呪いを私に毒を
狂瀾怒濤の道化に成る代わり
枯れぬ言葉の源泉を心臓に加えた
かつて祈ったことを
忘却の川に流しながら
悲劇、悲壮、悲惨と
嘆きながら、笑っている
矛盾を矛盾と認識しながら
平等に、平均的な感情だと
勘定に入れながら生活して
舞台の上で絶叫する、渾身の表情を作り
私は役者ではなく、道化であるのだから
「そうです、女神エリスの娘、レテ、今貴女と抱き合おう!」
「その為に、輪郭を破壊し、世間に背を向けて逢いに来たのです!何もかもを放棄して、自我よりも言葉を選んで、そうして最期に貴女を選んだのです!」
舞台装置と道化