小さな愛の欠片
断片
記憶は曖昧で、時折話が作り替えられる事もあるという。
何十年さかのぼれば、あの頃の記憶に出会えるのか?
そんな事を考えながら、夕飯の支度をするのは、もう50を過ぎてしまった、主婦の明奈。
高校生の賑やかな生活を、ふっと振り返った。
断片の記憶の中に、5人の親友と共に学園祭の準備のための写真撮影に、出かけた日の事を思い出していた。
1人の男子が、単車で撮影現場に来た。
私以外の友人は、ピカピカに磨かれた単車の周りを囲んで、男子と話していたが…
しばらくして、私が呼ばれた。
「明奈!乗せてくれるって、鞄は私達が学校に届けるから、乗せてもらえば?」
私は、決して可愛い訳でもなく、美系でも無い。
自分でも、不美人の自覚があったので
「あっ!私は最後でいいです。みんな先に乗せてもらってよ。」
別に何かを断りたかった訳では無い。
けれど、男子は誰も載せる事なく、単車で走り去った。
(あの時、単車に乗せてもらったら、あの男子と付き合っていたのかな?)
だけど、私のアンテナは何も感知しなかった。
そう……
小さな愛の欠片の暖かな感じを、男子からは感じる事が出来なかったのだ。
アンテナ
私のアンテナが感知したのは、それから1年後の冬休み、就職が決まり就職先での研修が行われた時の事だった。
貴方が、アルバイトとして最終日も近くなった日に、私が研修初日にぶつかり貴方を見つけた時だったわ。
なんとも言えない感情が押し寄せて、貴方の顔を見る事も出来なかったのだ。
私は、右も左も分からないままうろたえていたよね。貴方が、1つ1つ仕事を教えてくれた3日間の事は、今も忘れた事が無いわ…
私のアンテナは、貴方の暖かな心に反応してしまったの。
心の欠片
貴方が私に残した…
欠片は、突き刺さったまま抜けることは無かったの。
だからね、私も自分に素直になって貴方に連絡出来たのだと思うわ。
貴方の暖かな心は、私の頑なになっていた心をほぐしてくれたのよ。
貴方は、私の知らない世界を沢山知っていて、共に過ごすようになってから、世界の彩りを知ったのよ。私の世界は急速に広がって行ったの。
大きな図書館や美術館、山の彩り、川の色。
道端の小さなお花さえ、色鮮やかに見えたもの。
距離感
貴方は、決して私が嫌だ!と思っている事はしなかったね。距離感をとりながら、小さな旅のような日帰りデートを繰り返しながら、私の心が貴方を信頼出来るようになるのを、待ってくれたの。
大切にされていると、感じられてとても嬉しかったわ。
私のような、不美人で取り柄の無い女性を、大切に出来るなんて、そんな人が現れるなんて…
奇跡としか言えないと思うの。
今でも、感謝してるのよ!
ちゃんと、伝わっているかしら……
積み重ねた心
私は、貴方のただいまの声が好きだわ。
待っている間も、貴方の声を聞きたくて待つのだもの。貴方が大切な物は、私にとっても大切で、お互いにその事には、共感できるよね。
こんなに永く時間を共にするとは、思わなかったけれど、積み重ねた心はだんだんミルフィーユなように、沢山の層になって味わい深くなったわね。
私のアンテナが貴方を見つけてくれて、本当に良かったわ。
次に産まれ変わっても、私のアンテナは貴方を探してくれるかしら?
小さな愛の欠片