ジューデの冒険譚

 第一章 ガイア

 僕は長いこと暗闇の世界にいた。魔王の支配する世界……。娑婆世界に。そこに住む人々は自分自身も含めて皆、煩悩にまみれ、幸福への道を固く鎖されていた。魔王の力は巨大で、果てしがなかった。人々は煩悩の苦しみの中で生きていくしかなかったのだ。

 マサラ王国の兵士だった僕は国を護るため、毎日剣術の稽古に励んでいた。マサラ王国は緑の多い国で農耕の技術が発達していて、林業なども盛んだ。国のほとんどの収益は農業と林業で賄われている。そのため兵士の僕もしばしば農耕や林業の手伝いをするときがあった。領土は他の諸国と比べても大きな方だが、人口はそんなに多くはない。僕の家は五人家族。父は王国でも数少ない鍛冶屋の店主で、癇癪持ちの技術肌。母はそんな父を上手くサポートする良妻賢母。姉は小さい頃から横笛の虜となり我が国屈指の芸術学園を卒業して、各国を飛び回っている。弟は父の鍛冶屋を受け継ぎ、見習い中だ。

 僕はいつものように剣術の稽古を終えて家へ帰る道の途中で、長い白髪を結わえた小柄な爺さんがいるのに目が止まった。その目は暗い陰影をつけつつ異様な雰囲気をもってこちらを凝視していたのだ。
「お主、名前は何というのじゃ?」
 爺さんは唐突に聞いてきた。
「僕の名前はジューデ、マサラ王国の兵士を勤めています……何か私に用ですか?」
「そうか……ジューデか……ジューデ……」
 爺さんは急に思い詰めたような表情になり、こっちの目をよーく凝視してから
「お前さんだから話すが」
 と前置きして訥々と語りだした。
「お前さんは、この世界は誰が支配しておると思うか?」
「それはそれぞれの国の王でしょう」
 僕はそう答えた。
「それは表面的な話じゃ。本当にこの世界を牛耳っておるのは『魔王』なのじゃ!この世界は煩悩という魔王の力によって支配された荒れきった娑婆世界なのじゃ」
「何の話ですか?私には理解できませんし、そんな話信じることはできません。今やっと今日の修行が終わって一息ついたところなのです。先を急ぐので、それでは失敬」
 そう言って爺さんを振り切ったが、最後に爺さんは後ろから大声で
「三日じゃ!三日もあればわしのゆっとった事が嘘ではないことに気がつくぞ!」
 と私に叫んでいた。

 家についた。もちろん僕は、爺さんの言うことに耳も貸さなかった訳だが、『三日』という言葉が気味悪く私の頭の中をめぐっていた。

 一日目と二日目は何の異変も起こらなかった。私は剣術と林業の手伝いをしてその両日を過ごした。しかしその日は訪れた。母が急死したのである。しかも全身が焼け爛れたようになっていた。僕は爺さんの言葉が的中して鳥肌が立つと同時に泣きに泣いた。姉さんと弟も数日の間涙が止まらなかった。いつも優しく決して激することの無かった母。いつも皆の為に手の込んだ弁当を作ってくれた母。どんな悩みも静かに耳を傾けてくれた母。誰かが病気にかかった時だけは取り乱していたっけ……。そんなことを考えて、僕はいたたまれなくなった。そして、何故あんなにいい人間が、あんなにむごい死にかたをしなければならなかったのか、腑に落ちないにも程がある!

「母さん! 母さん! 何でだよ! 何でなんだよ!」

僕は狂人になったように、ベッドの上で叫ぶ日がしばらく続いた。

 二週間が経ち気持ちもなんとか落ち着きかけたころ、兵隊長にしばらくの休みを請い僕は半信半疑でもう一度あの爺さんに会おうと決め爺さんに会った場所に行ってみた。

 もちろんそんなに上手く同じ場所で爺さんに会えるわけもなかった。それで僕は周辺の民家の人達に聞き込みを始めた。十件ぐらいは回っただろうか、やっと爺さんへの足がかりを突き止めることができた。そのある民家のおじさん曰く
「あぁ、二週間ぐらい前に道に佇んでいた怪しげな爺さんね。ここから東の方にものすごい速さで飛ぶようにして移動していくのを見かけたよ。あれには本当に驚かされたよ」
(ここから東と言うと、ナザールの滝の方か……)
「ありがとうございます。助かりました。お礼にこれを」
 僕はおじさんにマサラ王国の名産品の野菜を渡した。そして急いでナザールの滝の方へと向かった。その滝はマサラ王国の隠れた名所で上下長さ約20mで水面に叩きつけられる激流は見る人を恍惚の思いにさせた。よく見ると滝の裏側に小さな洞穴があった。(こんな所に洞穴なんてあったけ? 怪しい……)しかも何となく人の気配がするのだ。(もしかして?)私は岩づたいに洞穴に近づき
「すいません! 誰かいらっしゃるのですか?」
 と洞穴に向かって大声で呼びかけた。
「なにか用かのう?」
 か細い声が洞穴から微かに聞こえてきた。
(多分あの爺さんの声だな?)
「お主はえ~っと、ジューデくんと言ったかな? その様子だとようやく私の言っていたことを少しは信じる気になったかな?」
「爺さん、僕の母が死んだのです。爺さんの言っている『魔王』とやらと関係があるのでしょうか?」
「わしにはな三日後に魔王がお主に異変を起こさせるという、お告げがあったのじゃ」
「お告げ? ますます分からなくなってきた。爺さんは一体誰なんですか?」
「わしの名はガイア。まぁ俗に言うところの仙人じゃな。色々と術も使える。お前さんの国でも魔法の研究と実用化に成功しておるじゃろ? それと同じようなもんじゃ。そしてお告げとは、大地の声を聞くことのできる術じゃ。魔王はあの手この手を使って民を不幸のどん底へと送る事に腐心しておる怪物の中の怪物だ。そしてその魔王の使う最大の武器は、人々の『心の目』を閉ざして真実のへ眼力を奪い、民に自由を与えないのじゃ。そしてわしがこの話をお主にしたのは、お主の目が美しく澄んでいるブルーサファイアみたいだったからじゃ。」
「では、僕の母を殺したのは?」
「それは恐らく魔王の手下の所為じゃろうな……もしくは魔王自身が……」
「その話が真実なら、僕は魔王を許すことはできない、敵討ちに行きます!」
 そしてまた僕は踵を返して洞穴を抜け出そうとした。
「ちょっと待てぃ! どこに行くというのじゃ?」
「ええっと……」
「まずは、魔王を倒すための武器が必要じゃ。天王山という山に行って勇者の宝剣を手に入れることじゃな」
「わかりました。包み隠さず私に話して下さって本当に感謝します、ガイア仙人」



 第二章 バビオン

 孤独な旅が始まった。天王山の頂上にあるというその宝剣を探しにその山に向かった。天王山はマサラ王国から西へ行くとあるプリズム王国の北端にある山で、鬱蒼と茂る草木そして茨が僕のゆく道を邪魔した。僕はいつも携帯している短剣で茨の道dを切り裂きながら、前へ前へ進んでいった。そして道らしき道に着くことが出来たが、そこに
「ここは通さん」
 と道を遮る者ががいた。多分ハンマー族の名のある兵士か隊長だろう、ガタイが僕の一回り大きく全身が毛むくじゃらでこっちを睨みつける目はオオカミのようだった。
「あなたに用はありません。僕を通してくれませんか」
 僕は冷ややかに言い放った。
「我はハンマー族の副隊長、バビオンだ。ここで勇者の宝剣を守護しておる。定めしお前も金銭に目が眩んで宝剣を探しに来たのだろう! お前も名を名乗れぃ!」
「私の名前はジューデ、この世界を支配する魔王に母を殺されそしてその魔王を倒すために勇者の剣を手に入れなければならないのです」
「魔王だと?そんな見え透いた嘘で俺を欺けるとでも思ったか! 下賤の者め! いざ覚悟!」

 するとバビオンは右手に持っていた斧で、僕に切りかかってきた。斧の刃と短剣の刃がぶつかりギリギリと耳を塞ぎたくなるような音をたてる。
「待ってください! 僕はどうしても魔王を倒したいんです!」
「うるさい! それは誰もが言う常套文句なんだ!」
 と言うやいなやバビオンは横から思いっきり斧を切りつけてきた。僕は剣術には自信があったが、王国専用の剣だけで稽古をしてきて、それを持ち歩くことはご法度となっているので、間合いの取りづらいこの短剣でこの猛者と戦わなければならなかったのだ。武器の優劣で言うと完全に向こうに歩があった。しかし僕も善戦した。切り結ぶこと三十余合。二人とも全力で戦った。汗は辺りに飛沫となって散っていった。
「お前、なかなかやるな。何処の国の者だ?」
「マサラ王国で一兵士を務めている」
「そ、それを早く言わんかぃ! マサラ王国と我がハンマー族とは古くからの良縁!平服だったからてっきり商人か山賊の一味かと思ったぞ! ……そうか、申し訳なかった。本当か?」
「本当です」
 僕は即答してしっかとバビオンの目を見据えた。バビオンは構えを解いた。それを見て僕も構えを解いた。汗だくのお互いを見て両者とも苦笑した。そしてハンマー族とマサラ王国は多年の間、経済的、文化的な交流があったことを聞いた。
「すいません。兵士の正装は出陣の時以外は王国外で着用してはいけないことになっているんです。それに今回のことは僕の勉強不足のせいでした。ハンマー族とマサラ王国がそんなに密接な付き合いをしていたとは知りませんでした。日常の雑務に終われ、他国との交流すら知らないとは、マサラ王国兵士の恥です。本当に申し訳ありませんでした」
 僕は深々と頭を下げた。
「まあいいってことよ! そうと分かりゃ一献酌み交わそうじゃないか!」
「ご好意は有難いのですが、僕の気持ちは無き母上の元、霊鷲山まで飛んでいっているのです。それゆえ先を急ぎますのでここで……」
「そう堅いこと言うなよ少しぐらい付き合ったっていいじゃないか。それにいくらマサラ王国の者でも、簡単にここを通す訳にはいかんのでな」
「分かりました、折角のお誘いですし、そういうことならこれ以上断ることもないですね」
「その通り!まあ仲良くやろうじゃないか!」
 そして僕は言われるがままにハンマー族の詰所のような所に案内された。そこでわたしを囲んで円になり、色んなことを聞かれた。僕が勇者の宝剣を探すことになった経緯から、マサラ王国での風習、食べ物、踊り、魔法、兵士の日常、男女の話等、話は尽きなかった。そうしているうちに暗くなってきたのでその晩はハンマー族の仲間と一緒に夜を過ごすことになった。
 ハンマー族の馬鹿でかいテントの中の寝床は、嫌な臭いがした。汗と斧の鉄と独特の体臭の混ざった臭いだと思う。周りには脂ぎった男たちが、ごちゃごちゃに布団を引いて寝ている。僕は臭いに耐えられなくなり、焦る気も紛らわしたかったのでテントの外に気づかれないようにそーっと出た。その日は晴天だったので空にはパノラマの満天の星のテントが張っている。その美しさに見とれながら僕は眠気が襲って来るまで天空のショーに身をゆだねた。それは亀より遅く、件の仙人より早かった。あの星たちのどれが母さんの星なのだろう?そうして一つ一つ嘗めるように星を凝視しているうちに、僕は深い眠りに落ちていった。

 昔の夢を見た。

 家族五人で、なんとか流星群の時に流れ星を探してはしゃいだ。母は流れ星が出るたびに手を合わせて何かを祈っていた。姉弟兄弟三人は流れ星を探すことを競った。父さんは何も言わずに手を頭の後ろに回して星々を見つめていた。

 「おーい! ジューデ君! こんな所で寝てどうするんだい? 風邪ひいちまうぜ」
 バビオンの馬鹿でかい声で僕は跳び起きた。
「バ、バビオンでしたか。いや、あんまり大きな声だったんでビックリしましたよ……」
「悪ぃ悪ぃ。でも何でこんな所に寝とるんだ? 気分はどうだ?」
「大丈夫です。そういえば、昨日の話し……」
 そうだ。昨日僕が宝剣を手に入れようとした経緯を話した事だ……。
「いきなり本題か……。まあいい。お前さんがあの剣を欲しいのは分かるが、あれはハンマー族の中で一番重要だとされる宝の中の宝でな、流石に昨日会った者にそう簡単にやるわけにはいかんのだよ。ただ……」
「ただ?」
「勇者の試練といってな。魔物の巣窟となっておるベーラと呼ばれておる塔の最上階にある金塊100kgを持ってくることができたら勇者と認められ、その剣を明け渡すことができるのだ。もちろん、いままで帰ってきた者はいない」
(ハンマー族も現金な種族だな)正直僕は思った。
「分かりました。やりましょう。母の敵を討つまではこの身はないものと思っています。しかし分け前の五パーセントは頂きますが、宜しいですか?」
 僕は相手の出方を見るためにワザとこんな言葉をつけ加えた。
「お前もしっかり者だな。大したもんだ……。よし気に入った! 俺が管理している、ハンマー族に伝わるベーラの地図を渡してやろう。あと、お前さん一人だろう? 一人で金塊100kgを運ぶのはいくら兵士とはいえ至難の技だ。俺も助っ人してやろう! 一人までは仲間を連れていくことが許されておるのでな。俺も一度行ってみたいと思っていたのだ。しかし試練挑戦には族長の許しがいる……そうだな、まぁ、それについては俺から後でよく話しておく。族長もあの試練については無理だとたかをくくっておるのでな」
「それは心強いです! 行きましょう! あと分け前などは要りませんよ。あれは戯れごとです。忘れてください。昨日の歓迎で十分です」
「そうか! それでこそ紳士の国マサラ王国の兵士だ! よし、そうと決まれば早速出発だ!」



 第四章 ベーラ

 そして僕とバビオンは天王山からさらに北にある辺境の地にあるベーラの塔を目指して歩いていった。まず山を降り、平坦な道を十里ほど歩いていった。
「いやーよく歩いたな。塔まではあと一息だ。ここいらで休憩しよう」
 とバビオン。
「そうですね。そうしましょう」
 二人は簡単なテントを張り、白米を炊いた。そしてハンマー族特製のスパイスでカレーを作った。
「ハンマー族のカレーは初めて食べましたが、いけますね!」
「だろ? このスパイスはうちの特製スパイスでな。いろんな物が入っている。コウモリの内臓や豚の脳味噌、それにカモシカの〇〇なども入っておる」
 それを聞いた僕は胃に拒否反応が起きそのままそこに吐いてしまった。
 それはさて置き二人はまた歩きだした。さっきの事が気に障ったのか、バビオンは少々不機嫌だ。
 さて、ベーラの塔に着いた僕たちは、扉を開けた。その日も晴天だったのもあって薄暗い塔の中は一際不気味に見えた。すると左の方から黒い影が横切った。
「コウモリでしょうか?」
 僕はバビオンの顔を覗き見た。
「違うな、あれは下等モンスターの一種、カジモだ。コウモリの様にも見えるが、その牙は鋭く、運悪く喉を刺されると命がパァだ」
「そういう事は塔に入る前に言って下さい!」
「そうだったな、悪かった悪かった! はははっ!」
(何が面白いんだか)
 僕は持っていた短剣でマサラ王国兵士の基本の構えをした。するとバビオンもほぼ同時にハンマー族特有らしい構えをした。そして二人が頷き合ったその時!大型のコウモリのようなカジモが飛んできて私の腹部を強く打った。
「グフッ! この野郎! これでもくらえ!」
 私は持っていた短剣でカジモの腹部を狙い突いた。が、素早く上にかわされ何処かへ見えなくなってしまった。
「くそぅ!」
 僕は悔しさを木霊する塔へぶつけていた。
 暗闇にも等しいベーラ塔の中を二人は歩いて行くと途中で階段にぶつかった。ロウソクでうっすらと見える踊り場で階段が左右に分かれている。
「地図では右が先に進む道ですね。行きましょう」
 右に階段を曲がり前に見えた扉を開けた。するとさっきのと思われるカジモが右から襲ってきた。僕は素早く身をかわすと後ろにいたバビオンが一刀両断、否、一斧両断にした。カジモは内臓が丸見えのまま階段の端にぐったりと逝った。僕はあまりそれを見ないようにして扉の先を進んでいった。そこは広々とした居間のようになっていて長く馬鹿でかいテーブルに椅子が十個整然と並べられている。そして奥には鉄兜を被った明らかにモンスターと思われる体が血だらけの兵士がさらに上へ行く階段を通さじと守っていた。その周りには数々の骨が散在している。
「あれは人ですか?」
「違う、あれは『ダラス』というモンスターだよ……殆どの挑戦者はここで息絶えると言われている」
「行ったことない割には詳しいですね」
「ああ、噂だけは多くハンマー族で囁かれておるからな」
 二人は構えながら少しずつそいつに近づいていった。
「よし、せーので切るぞ!」
「はい!」
 後3m位まで近づいた。もう少し近づいたところで、
「せーの!」

 ドン!

 短剣と斧は宙と床を斬った。ものすごい早いスピードでそいつは僕たちの攻撃を左にかわした。バビオンは木の床に刺さった斧を抜き、僕もすぐに体勢を整え直しもう一度ダラスに切りかかった。が、僕の攻撃はまたかわされた。
「すばしっこい奴だな」
 すると奴は槍を持って物凄いスピードで突進してきた。寸でのところで僕は攻撃をかわしたが左腕に切り傷を負った。
「ちっ!」
 今度は二人で右と左に挟み撃ちにし二人で呼吸を合わせてそれぞれ一文字に斬り付けた。
「やった!」
 僕の短剣は奴の胸の辺りを斬り付けた。そして敵は倒れて動かなくなった。
「やりましたね!先を急ぎましょう!」
「おう!」
 階段を上がって行くと、そこはベッドルームだった。。二つの箪笥に綺麗に整えられた調度品。蝋燭に淡いピンクのカーテン。絹の覆いがしてあるベッド。その時、バサバサ!っという音が聞こえてきた。突然ベッドの奥からカジモが二匹現れた。二人は斬り付けてはよけ、一人に敵が集中しないように立ち回り、すばしっこいカジモに苦戦したが、最後は斧で斜めに、短剣で突き刺しカジモ二匹を倒した。
「はぁ、はぁ……」
「ぜぇ、ぜぇ……」
 二人はベッドに腰かけほんの少し休んだ。地図を見るとこの先の扉の向こうが金塊のありかになっている。二人は立ち上がり大きい扉をそーっと開けた。

「何ですかあれは?」
「何じゃありゃ!?」

 僕とバビオンは仰天した。大きな広間に三メートルはありそうなドデカい狼がいた。毛は紺色で目は赤く、逆立った体毛は今にも僕たちを襲ってきそうだった。
「ガァァァァァ!」
 床が明らかに揺れる程の鳴き声に、僕らは耳を塞いだ。
「まさかこいつが例の……」
 バビオンは言った。
「例のなんですか?」
「今は話してる時ではない! いくぞ!」
 バビオンは勇敢にも大きくジャンプして斧で斬りかかった。斧の刃は狼の毛を斬っただけだった。狼はそのデカさに相応しくない素早さでよけたのだ。狼の床に着地する音がバカデカく辺りに響いた。僕は大勢を崩した狼にすかさず短剣で突きかかった。刃は狼の腹部に命中し血が滴り落ちる、が狼は何事もなかったかのようにそこに立っている。僕は何か他に武器になるものは無いかと辺りを見渡したが無駄だった。
(そうだ!)名案が浮かんだ。
「バビオン! 一時、狼の注意を引いて下さい!」
「何か策があるのだな、分かった!」
 僕はバビオンが狼を誘導している間に下の階に降りていって、さっき倒したダラスの持っていた槍を手にした。そして急いで上に戻るとバビオンの斧が狼に噛まれてそれを必死で取られまいと握るバビオンがいた。
「早く!」
 僕は全速力で狼の喉をめがけて槍を突き刺した。
「キャィィィィィ!」
 狼は奇声を上げて倒れた。

「やったぁぁぁ!!」
「よっしゃぁぁ!!」

 怪物を倒した。そして奥にはもう一つ小さな扉があった。そこを恐る恐る開けると金塊があった。
「これだ!」
 僕は言った。
 二人は金塊を抱きかかえてぜぇぜぇ言いながら塔を降りた。
 下には馬車が止まっていた。
「この馬車は?」
「俺が兵士の一人に頼んで用意してもらったものだ。いいタイミングで到着したな」
 二人は見つめ合い笑いあった。
 馬車の中で僕は、
「狼見たとき例のなんとかって言ってましたけど、例の何だったんですか?」
「いやな、あいつを倒せる奴がいなかったから、金塊は眠ったままだったってことよ」
「ああ、そういうことですか」
 馬車はゆったりと僕たちをハンマー族の詰所まで送ってくれた。



 第五章 勇者の宝剣

「族長! この若者が金塊を手に入れました!」
 とバビオン。
「そうかよくやってくれた。あの金塊はもともとハンマー族の物だったんじゃ。それが魔王の手先であるダラスにぶんどられ、あの塔の奥に隠してしまってから、取り戻せなかったんじゃ。若者……ジューデくんといったかな?」
「はい、そうです」
「本当にありがとう。そなたに勇者の宝剣を手に入れる権利をさずけよう!」
「ありがとうございます! それでは頂上に行って参ります!」
 するとバビオンが、
「頂上までは俺が案内してやろう。付いてこい」
「何から何まで本当にありがとう、バビオン」
 そして二人は険しい山道を登っていった。草も生えていない断崖をつたっての登山だった。

「まだ辿りつかないのですか?」
「もうちょっとの辛抱だ、若者、頑張れ!」

「よしここが頂上だ」
 見渡す限りの山々は美しく、そこには綺麗な草花が繁殖している。そして前を見ると岩に勇者の宝剣と思われる剣が刺さっている。
「あれですよね?」
「そうだお前さんに抜けるかな?」
 僕は宝剣の柄を掴んで思いっきり引っ張ると、あっさり抜けた。
「何!? お前さんまさか! いや、何でもない」
「何でもないって、気になるじゃないですか! 何なんです?」
「実はな、その剣は勇者と認められた者にしか抜けないんだ。二千年前に伝説の勇者が魔王を倒した暁に刺したものでな。だから族長も金塊であっさり承諾したのだが……まさかあなたが勇者様の生まれ変わりでしたか」
「ゆ、勇者様なんて、滅相もない。『ジューデくん』とか『お前さん』で結構です」
「そ、そうか? しかしそりゃ強いわけだな。正直あんな短剣で俺の斧に立ち向かった時のお前は最強に見えたぞ」
「お願いしますから、そんなに褒めないで下さい。照れくさいじゃないですか……」
 僕は何やら嬉しくなって、剣を振り回した。
「おいおい止めろ、大切な剣だぞ。意外とお調子者なんだなお前さん」
「そうですねすいません。僕はこれからナザールの滝に行って、魔王に詳しい仙人のところへ行くことにします」
「そうか……俺も連れて行ってくれ! 勇者と行動を共にできるなんて、滅多にないことだからな!」
「有難うございます! 一緒に戦いましょう!」
 そうして僕たち二人は族長の許可の元、ナザールの滝へ向かった。
 例の洞穴まで来た。
「ガイア仙人~! いらっしゃいますか?」
「おお、もう戻って来たか、やはりお主が伝説の勇者の血を継ぐ者じゃったか」
「知っていたのですか?」
「ああ、お告によってとっくの昔にな……黙っていてすまんかったのぅ。ただこの目で証拠を見届けたくてのぅ。おお! お主の持っているその七色に刃が光るまさにその剣だ! わしにもよく見せてくれ」
 僕は仙人に言われるまま剣を見やすいように持った。
「あぁ、これじゃこれじゃ、これでこの世にも平安の時が訪れる日も近い!」
 ガイアは狂喜乱舞した。しかしすぐに畏まって、
「次はだが、一人魔法が使える者がおらんと魔王はバリアを張ってその剣の効力を抑えてしまうのじゃ。かなり強い魔法の使える者じゃないといけないのだが、わしにはそこまで心当たりがない。もしその者を見つけられたら、決戦じゃ! よろしいか?」
「わかりました」
「わくわくするぜ爺さん!」
 バビオンが大きな声を出した。



 第六章 フラン村

「しかし何の手掛かりも無しでどうするんだ?」
 とバビオン。
「大丈夫です。昔魔法に大変興味を持っていて、それで呼んだ本の中にマサラ王国の遥か東、海を超えたところの島国、『魔法都市フラスコ』という国があるそうです。そこではマサラ王国など歯牙にもかけない魔法研究・実用化が行われているそうです。そこならきっと魔王に対抗できる程の強い魔法使いがいるはずです」
「ハンマー族とのことはあんまり知らないのにそういうことは詳しいんだな」
 そして二人は東へ東へと歩を進めた。あまりの遠さに二人は休息をしっかり取りながら進んで行ったので、食料が尽きてしまった。そこでたまたま寄った風光明媚で有名な観光地・ガンダ王国のフラン村で食料探しをすることにした。僕らはまず、馬を飼っている家を見つけた。
「これからは馬が必要ですね。一度掛け合ってみますか」
「だな」
「すいませーん! 誰かいらっしゃいますか?」
 ガラガラ。オバさんが出てきた。
「どなた様ですか?」
「僕はマサラ王国で兵士を務めさせて頂いている、ジューデと申します」
 オバさんはとても驚いたようで。
「へ、兵士さんが何かご用ですか?」
「実は僕は訳あって東の魔法都市・フラスコまで旅をしているのです」
「フラスコ! あんな遠いところまで?」
「ご存知でしたか?」
「もちろんですこの辺ではフラスコの魔法使いさんもチラホラ見かけますよ」
「そうですか! 教えていただいて有難うございます! そこでなんですが、馬を二頭頂けないでしょうか?」
「そうして差し上げたいのですが、あれが家の唯一の売り物でして……」
 僕はバビオンが旅の資金として族長から貰ってきた金塊の一つを渡した。
「こ、こんなに頂けるならどうぞどうぞ!」
 あっさりと交渉成立した。二人は馬に乗って市場へ行った。そこで色んな野菜や肉そして薬などを手に入れた。そこで明らかに場違いのきらびやかな服を着た女性がいた。
「バビオン、あの人がフラスコの人かもしれませんね」
「そうだな、一声かけてみるか……」
 バビオンはその女性に近づいて、
「すいませんが、あんた、フラスコのもんかい?」
「は、はい何ですか?急に」
「お前さんは強い魔法は使えるかい?」
「いや私はまだ中級者です。中の下といったところです」
「そうかい、それじゃあ強い魔法使い知らないかい?」
「有名なのはマギナさんですね、あの人は本当にすごい魔法使いです。炎なんて天をも焦がすほど出せます。ただ……あの人はお屋敷から一歩も外に出ずに、修行ばかりしています。なので周りからは敬遠されています」
「そうかい。あんたが親切な人で良かった。ありがとう」
 バビオンはそっと銀貨を彼女に手渡すと話の内容を僕に告げた。
「そうと分かれば前進あるのみですね。先を急ぎましょう」
 二人は茶色の馬にまたがり、さっそうとさらに東へと進んでいった。すると顔は人間、体は鉤爪を持った鳥の化け物が、行く手を阻んだ。
「何だあれは?」
 と僕。
「突破するぞ!」
 とバビオン。
 僕とバビオンは武器を振り回しながら突破するが、かわされまた追いかけてくる。勇者の剣を使ってみます!
「分かった! 一匹一匹やるぞ! まずは右のから!」
「せーの!」

「おりゃ!」
「であ!」

 バビオンの斧はかわされたが、勇者の剣から細い一本のかまいたちが起こり、難なく首を落としたが、もう一匹がバビオンの肩に鉤爪を立て、傷を負わせる。
「ぐはっ!」
「大丈夫ですか!」
「何とか落馬は免れた! すごいなその剣! 次行くぞ!」
「せーの!」

「はっ!」
「おら!」

 もう一匹もかまいたちと斧の一部が当たって、羽を削ぎ落として付いて来れなくなった。
 少し走ってから、バビオンの肩ににさっき買った薬をつけ、包帯を巻いた。
「俺もあんな化け物がいるとは知らなかった。魔王とやらに俺らの動き、気づかれたか!?」
「さぁ?……」
 少しバビオンの傷の痛みが癒えてから、僕たちはまた馬に乗って走り出した。



 第七章 魔法都市フラスコ

 二人はやっと船着場に着いた。馬を船場に預け、船のチケットを買い、船に乗り込んだ。フラスコまでは後は時を待つだけだ。マサラ王国の港がどんどん遠ざかり、辺り一面がスカイブルーの海一色になった。バビオンは船酔いで海に向かって吐いている。僕は船に『ご自由にお使いください』と書かれた竿で、釣りをしていた。全く魚も釣れないまま、三時間ほど経ったころ、前には不思議な形をした建物が並ぶ都市が見えた。
「あそこでしょうね、フラスコ……」
「だろうな……」
 船は予想通り、その島の港に着いた。僕らは簡素な赤と白のその船から虹色に輝くばかりのその都市に降り立った。そこで街の案内をしていると思われる女の人にお金を少しばかり渡して案内を頼んだ。名はササラという。そこで市場、住宅街、魔法研究施設のあらましを一つ一つ案内してくれた。中でも二人が驚いたのは、街の人殆どが簡単な魔術を使えるということだ。ある人はマジックに、ある人は薪に火を灯すために、ある人は喉を潤すために魔法を使っていた。
「凄いですね。ササラさんもも魔法使えるのですか?」
 ササラは少し恥ずかしそうに手から花びらを出してみせた。
「お前さんもなかなかやるんだな」
 バビオンは始終感心しているが船酔いの余韻のせいで顔色は悪い。
「そういえばフラン村で薬買いましたよね。あれに船酔いのための薬もありましたっけ。すっかり忘れてました」
「そ、そうだな、何でもっと早く気付かなかったか……」
 とバビオン。
「船酔いぐらいでしたら、私がなんとかできますよ」
 とササラは言って、人差し指をバビオンに向けた。
「あれ? もう平気だ」
 バビオンは顔色までよくなっている。
「これくらいの事ならおやすい御用ですよ」
「すまねぇ、ありがとな」
「突然なんですが、マギナさんという方をご存知ですか?」
 僕は唐突に聞いた。
「ええ、この都市一番の大魔導士と言っても過言ではありません。マギナさんに会いに来られたんですか?」
「そうなんです。でも中々気難しい方だとは聞いていますが……」
「ええ、そうなんです。あまり人との関わりをもとうとしない方で……多分会うのは無理なのではないかと……」
「分かりました。しかしお屋敷までは案内して頂けますか?」
「ええ、構いませんよ」
「もちろん女だよな?」
 バビオンはさも心配そうに聞くのでササラは笑って、
「ええ、綺麗な御方ですよ」
 と答えた。



 第八章 マギナ

 僕たち三人は、彼女のお屋敷に着いた。余りの荘厳さと大きさに二人は目を丸くした。龍をあしらった彫刻が、庇(ひさし)を飾っている。ササラさんとはそこで別れた。
「ちょ、ちょっとすごくないですか?」
「やばいなこれは。どんだけ金持ってんだ?」
(ハンマー族らしい発想だな、いや皆そんなもんか)
「バビオンから先にどうぞ」
「いや、ジューデから先に行ってくれどうもこういう所は苦手だ」
「分かりました。」
 バビオンは笑をたたえながら頷く。
 馬鹿でかい玄関の扉に向かって叫ぶようにして僕は言った。
「すいませーん! マギナさんいらっしゃいませんかぁ!」
 反応がない。
「すいませーん!」
 とその時、どこからともなく年配の男の声で、
「どなた様ですか?」
 と辺りに響く低音が聞こえた。
「僕はマサラ王国の兵士のジューデという者ですが……」
「何かご用かね?」
「マギナさんにお会いして是非お話したい事があるのです」
 僕は真情を込めて声を発した。
「マギナ様は今修行中です。お帰り下さい」
(この声はどこから聞こえるのだろう? これも魔法の力か……)
「分かりました。いつお伺いすればいいでしょうか?」
「後半年は他人とは会えません」
「そんなに待てないです! 急な重大時なのです! 少しでもいいので、お会いできないでしょうか? 魔法を最高に使える絶好のチャンスでもあるのです!」
「少し待って下さい。いまマギナ様にお伝えしてきますゆえ……」
 そこで三十分位待つと、
「お入りください」
 と執事と思われるまた同じ男の声がして、不思議なことに自動的に扉が開いた。そこは豪華絢爛なシャンデリアに広々としたホールがあり、赤い高級な椅子や机、また観葉植物などが整然と並べられている。奥のほうからは轟音から始まり、ただならぬ音の数々が聞こえてくる。
「どうもこんにちは。執事のケーダです」
 おそらく執事だ。
「今日のご要件を詳しく教えて頂けますか? マギナ様もそれによってはお会いになられるそうです。貴方達ラッキーですよ。マギナ様は今日新しい術をお覚えになって気分がとてもいいのです」
 僕たちは今までの経緯を詳しく語った。
「そうですか、魔王にお母様を……。それはさぞ悔しかったでしょうね。お悔やみ申し上げます。勇者の剣といのも初めて聞きました。ここまでの道中も大変だったのですね。その旨、マギナ様にお伝えしてまいりますので、少々お待ちください」
 執事は奥の部屋に行ってしまった。
「いつまで待たせるんだ、この屋敷は!」
 バビオンが痺れを切らして言った。
「聞こえていますよ」
 さっきの執事の声がどこからともなく聞こえてくる。
「一体どこから?」
「ここは魔法でどんなお客様の私語なども筒抜けなのです」
「すまんすまん。さっき言ったことは忘れてくれぃ!」
「かしこまりました」
 そして僕らは可愛らしいメイドさんから出されたコーヒーを注意深くすすり、たわいのないこれまでの旅の雑談などをしていた。
「しかしササラさんは良い人でしたね。あんなに丁寧に街の中を案内してくれて」
「まあ、金も払ったしな……でも本当に分かりやすいガイドだったな」
「あの魔法研究所は一度覗いてみたいですね」
「ああ。不思議な形の建物だったな。屋根は丸いし建物は三角形だし……まあこの国の建物全部面白い形しとるけどな」
「どんな研究してるんでしょうね」
「それにしても、俺らの動向は何となく魔王に監視されているように思うんだが……」
「あの顔面が人間の鳥の事ですか」
「ああ」
 そんなことを言ってるうちに奥の扉から小柄な女の子が入ってきた。
「こんにちは、私がマギナと申します」
 僕ら二人はすっと立って、それぞれの流儀のおじぎをした。
「話は奥で全部聞いておりましたわ。その怪鳥の名はレリトスですね。魔王の手下の中でも強い方ですのよ。それを倒したんですか?」
「ええ」
「ああ」
「私、強いお方は好きよ。今日はもう修行は終わりにして貴方達とお話したいわね」
 そこへ執事が、
「いいのですか? いつもこの時間は修行以外しておりませんでしたのに」
「いいわ。私、お告げが聞こえるの。今日は大切なお客様がくるって……滅多に無いことだわ」
 執事は下がり、三人になった。
「お母様は焼け爛れてお亡くなりになったのでしたね?」
「そうなんです。弟が見ていたのですが、急に体の中から炎があがったとかいうことでした」
「それはマドーナという体を人から見えないようにして炎を吐くことができる、最上級の魔王の手下よ」
「やけに詳しいな」
 バビオンは疑い深く聞いた。
「私はお告も聞きますし、書物も何万冊も読みましたもの。過去二千年前、魔王は今とは比較にならない程の魔物を遣わして、世界を支配していた。その時、ダイオスという若い勇者が、強大な力を持っていた魔王を倒した。『勇者の剣は勇者の涙によって強くなり、魔王を倒すほどの力を持つ』とは書物で読んだけど、その『涙』の意味はよく調べても分からないの。さて、それで貴方のその剣、見せて」
 僕は言われるがままに彼女に剣を渡した。
「本当に貴方が勇者の資格を持つ者なのね。ちょっと信じられないけど」
「マギナさん、魔王を倒すのを手伝って頂けないでしょうか? 魔王のバリアを突破できるのはあなたの力が必要なのです」
「そうね、このフラスコでも私ぐらいしかそれはできないでしょうね」
「是非協力してください!」
「いいわよでも貴方達の持っている金塊、一つ頂戴」
「なんで僕たちが金塊持ってるの分かったんですか」
「私、透視もできるの」
「わかりました」
「でも私もお父さんをマドーナに殺されているのよ。敵討ちは今しかないわね、お互い」
 彼女はとてつもなく悲しい顔をした。
(それで魔法の練習ばかりしていたのか……)
 こうして僕たちは三人になった。



 第九章 サタンキャッスル

「ここよ」
「ここって、マサラ王国の辺境じゃないですか! こんなところに魔王なんていませんて!」
 僕たちはマサラ王国に戻ってきていた、何もない平原だ。すると彼女は急に両手お上げ何か呪文を唱えた。すると、

 ゴゴゴゴゴ!!

 今まで何も無かった所に馬鹿でかい城が現れた。辺は急に暗くなる。
「ここが魔王の住みか、『サタンキャッスル』よ」
「『魔王城』でいいんじゃないの?」
「うるさい!情緒が無いわね」
 すると急に門番らしき怪物が三ツ又の槍を持って、二匹襲ってきた。太ったその怪物は見た目に寄らず物凄い勢いと素早さでマギナに向かって槍を振り下ろしてきた。
「斬られた!」
 僕は叫んだ。
 すると斬られたはずのマギナ消えて敵二人の後ろにいる。そして持っていた杖を振ると、天を焦がさんばかりの炎が敵を包み、丸焦げにした。
「すごいなマギナ!」
 バビオンも僕も感心しきりだ。
「だらしないわね二人とも。男ならもっとスキのない動きをしなければ魔王なんて倒せないわよ」
「はい……」
 二人は応えた。
 大きな扉を三人で押して開いた。
 中は真っ直ぐな道に赤い絨毯、左右にはロウソクが不気味に燃えている。三人とも身構えながら先へ進むと、天井いっぱいの大きさのある巨人が、兜と鎧を着けて現れた。
「やるしかないわね、私、バビオンさんの斧、強くしてあげるわ」
 また彼女は何か魔法をかけると、斧に電気がはしった。
「ありがとさん! じゃあ俺様がやっつけてやろう!」
 バビオンは物凄いジャンプ力を発揮して巨人の頭に一撃をくらわせた。
「がぁぁぁ!」
 叫んだ巨人の頭には電撃がはしり、地を揺るがさんばかりの轟音とともに倒れた。
「よし、何もさせなかったぞ。魔法をかけられてから体も軽い」
 と得意顔のバビオン。そうしてバビオンの斧は『いなずまの斧』になった。
 三人は螺旋階段に着いた。階段を上がって行って、ぐるぐると目が回りそうになっていると、上から緑色のドラゴンが現れた。螺旋階段の中心部で襲って来たのだ。まずは炎を僕に吐いてきた。勇者の剣を振りかざすと炎は二つに分かれ、僕の体を守ったが、炎が強くなるにつれ、皮膚が少しやけてきた。
「ジューデ!」
 マギナは氷の槍を召喚し、ドラゴンに投げつけた。槍はドラゴンの尻尾に当たり、尻尾が少し切れた。

 「ギャオォォ!」

 ドラゴンは炎を吐くのをやめ、また上にあがって行ってしまった。
「くそぅ! 逃がした! マギナ、ありがとう」
「どういたしまして」
 そして僕らは上へ上へと上がって行った。すると空の見える屋上に着いた。さらに奥の方にも建物が続いている。そこへ行って小さなドアを開けると、廊下があったが進んでいくうちにここが迷路であることに気がついた。
「マギナ、透視をしてくれないか?」
 僕は言った。
「うん、今試しているんだけどダメなの。邪気が強すぎて……」
 仕方なく僕らはグルグルグルグル進んでいくが、一向に先にたどり着けない。
「このまま行っても先は無さそうだぞ!」
 バビオンが言う。
「ちょっと待って! そうだ、昔本で読んだわ。勇者の冒険譚の中で、『迷えるもの、剣を振りかざして、先を乞え!』ってね」
「そうか!」
 僕は勇者の剣を高く振りかざした。すると剣が光り、道を案内し始めた。
「よし! 進もう!」
 僕たちは光の指す方へ注意深く進んでいった。するとやっと階段を見つけた。だがその先も迷路になっていて、もう剣も光らなくなっていた。
「どうすればいいんだろう?」
「私に考えがあるわ」
 そう言ってマギナは大きなマジックペンを召喚し、来た道に印を付けながら進んでいった。しばらく進むと印にぶち当たり、こっちじゃないあっちじゃないと言いながら進んでいった。長い長い挑戦だった。するといきなり大きな広間に出た。
「やった……!?」
 前には件のドラゴンがいた。尻尾が少し切れている。

 ギャォォォ!

 地面が揺れた。
「僕が先に行きます! 援護お願いします!」
 僕は先のお返しとばかり、ドラゴンの腹部を狙った。ドラゴンはよけたが、勇者の宝剣より放たれるかまいたちで、下腹部に傷を負わすことができた。赤い血が流れた。ドラゴンは叫んでそこで尻尾を振り、僕に攻撃してきた。僕は右の方に六メートルくらい吹っ飛んだ。
「くっ!」
 すかさずバビオンがドラゴンの首めがけていかずちの斧を振り下ろした。

 ザクッ!

 首に命中した!
「やったわね!」
 大量の血がドラゴンから流れる。喉には電流がはしっている。しかしドラゴンは倒れない。今度は冷気を口から発してきた!
「冷たいものも扱えるのか!」
 僕らは仰天した。三人は一瞬で凍え死にそうになったが、すかさずマギナがバリアを張って僕らを守った。そして冷気を倍返しする呪文を唱えた。
「アンチコールド!」
 ドラゴンは氷と一体化し、息絶えた。

「やった!」
「よっしゃ!」
「やったわね!」

「ん?何か広間の隅に湧き水がある」
 僕は軽率にも近づいて飲もうとした。
「罠かもしれん! 止めとけ!」
「大丈夫よ。この水はおごった魔王がここまで来れたものを褒めるつもりで回復させる水よ。本で読んだわ。皆で飲みましょう」

 ゴクッ! ゴクッ!

 皆からだが軽くなり、傷も無くなっていた。
「でしょ?」
 そして広間の奥には、横に大きな階段があった。僕らは迷わず登っていった。



 第十章 決戦

 余りにも邪悪な雰囲気に空間が歪むようなところに石畳の道があり、その先に全身が真っ黒で、顔はいかにもサタン。異様な翼。後ろは断崖絶壁。そのギリギリのところで魔王は腰掛けていた。
「よくぞここまでたどり着いたな。それは褒めてやろうしかし、命というものは一度しかないのだぞ? 分かっておるか?」
 完全に僕らを侮辱し切ったその態度に母の顔が不意に浮かんできた。
「お前か! 母さんを殺した張本人は!」
 僕は叫んだ。
「まあ正確に言えば私の左右にいる者だがな」
 すると魔王の左右から何もいないのに炎が出てきた!
「ジューデ気を付けて! そいつがマドーナよ!」
 僕は剣で炎を防いだ。一瞬だけマドーナの禍々(まがまが)しい姿が見えた。僕は炎の出ている先に剣を振り斬った。一匹のマドーナの翼に当たったらしく、そのマドーナは姿を消すことが出来なくなった。しかしそのあまりに素早い動きについていけない。二匹目はバビオンの胸に体当たりしてバビオンの胸からは血が出ている。
「くそう!」
 そう言ってバビオンは斧を振り切るが、全く見えないマドーナに、効果はない。マギナは大きなかまいたちを出して、バビオンの周りを守った。僕は見えているマドーナに止めを刺した。まるで脳みそと翼からできているような魔物だ。緑の血飛沫が上がる。僕はもう一匹のマドーナが何処にいるのかよく見ていたがその時魔王が立ち上がり爆発を辺り一面に起こした。

「うわ!」
「ぬお!」
「キャッ!」

 僕ら三人は血だらけになったが、マギナがすかさず呪文を唱えて少し出血を抑えた。そこへマドーナが火を吹きかけてきた三人は地獄の苦しみを耐えなければならなかったが、バビオンが勇敢にも炎の先に例の斧で雷を起こし、マドーナに命中させた。マドーナは電流を浴び、本体が見えるようになり、倒れ、動かなくなった。
「よくも私の可愛いしもべたちを傷つけてくれたな!」
 魔王は怒髪天を突き、黒い風に包まれた。そして目から赤い光をたたえた。僕は勇者の宝剣で攻撃したが、黒い風で魔王に攻撃がとどかない。そこでマギナが、
「私の最新の魔法よ! アンチバリア!」
 魔王の周りから黒い風が消え、魔王の姿がよく見えるようになった。そこへバビオンが思い切りジャンプして魔王の肩に斧を突き刺した。
「うぁ! 小癪な!」
 魔王はそう言うと、その赤い目で僕をカッと睨(にら)んだ。僕は意識が無くなり僕の目も赤く光った。

「ジューデ?」
「ジューデ?」

 僕はくるりと仲間の方を向いて、勇者の剣を、振り回し始めた。

「止めろ!」
「止めて!」

 僕はバビオンに突進していた……らしい。そしてついにバビオンの脳天に勇者の宝剣を突き刺してしまった。バビオンの血で僕は全身真っ赤になると共に、意識を取り戻した。その時、僕は叫んだ。

「バビオン! バビオン! バビオン!!!」

 僕の涙が剣のつばに当たると、剣は輝き出した。僕の目は白目も黒目も青いスカイブルーの色に変わった。
「許さん!」
 僕は魔王の片手をいとも容易く切り落としていた。魔王はまた爆発を起こそうと、残った左手を天にかざしたが、僕は剣を魔王の右目に突き刺していた。僕の動きはもうなに者もついて来れない速さになっていた。
「ぐぁ!」
 魔王は叫ぶ。
 僕はもう片方の目を潰した。魔王は左手で目を抑えながらもがき苦しんでいた。僕は、
「これは母の分!」
 といい左手を斬り落とした。
「これはマギナの父君の分!」
 といい右足を斬り落とした。
「これはバビオンの分!」
 といい左足を斬り落とした。
「これは苦しむ民の分!」
 といい魔王を真っ二つにした。

 魔王は何もするすべも無くバラバラになって息絶えた。



 終章

 僕は天王山の頂上にマギナと来ていた。そこでもと剣の刺してあった岩に剣を戻し突き刺した。岩には勇者バビオンと名を刻んで……。

ジューデの冒険譚

ジューデの冒険譚

魔王と主人公ジューデとその仲間たちの話です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-12-13

Copyrighted
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