コロナ禍の夜に

コロナ禍の夜に

 僕は酒が弱い。が、そのくせ酒に弱い。
 下戸だった僕が呑み助に至ったその訳は、
東京にいた頃、約八年間片思いしていた女友達が酒豪だったため。
結局彼女には振られてしまい、僕のなかに残ったのは、
忘れられない楽しかった思い出と覚えた別れの苦い味。
 加えて酒の味も忘れられずに覚えてしまい、
帰郷後は飲酒が習慣となってしまった。

 そんなアルコールとの付き合い方も、コロナ禍をきっかけに一変した。
 月に二、三度出かけていた外飲みは絶ち、代わりに毎晩の宅飲みを始めた。
更に加齢と健康を考慮し、最近は飲酒を週に週一、二回に抑え、
残りの夜は口に合ったノンアルビールを箱買いし、埋めている。
 おかげで中々作れなかった休肝日が生まれた。

 ここから先語られるのは、酒を飲める時間が一日で一番楽しみだった頃のお話。

 地方都市の宿命か、最寄りのコンビニに行くにも車でなければならない環境下。
 早めに風呂に入った日、または気分が乗った日は小売価格がだいぶ安く、
また種類も多い二十四時間営業のスーパーまで遠出をしていた。

 ある日のこと。
 ドライブでの気分転換を兼ねて、スーパーに向かいマイカーを走らせていた。
 目的地まであと半分の距離まできた時、あることに気づいた、
とっても大事なこと。
 このご時世、これがなければ店に入れぬどころか外を歩くことができない,
車から降りることすらアウトとなってしまう。
 そう、僕はマスクを忘れたのだった。
 極度の心配性の割に、焦ると凡ミスを連発してしまう性格。
またタイミング悪く、普段は車内に常備しているスペアを切らしていた。

 買い出しは程よい暗さが心地好い、二十二時以降が多かった。
その日も然り、夜の帳が辺りを覆っている。
通り沿いの薬局は閉店時間を過ぎており、
道すがら、マスクを購入できるのはコンビニのみ。

 不幸中の幸い、スーパーまでの道程に煌々と眩しき明かり。
一軒のコンビニが見つかった。
文字通りコンビニエンス、ありがたかった。

 駐車場に車を止めると、駆け足で店内へと向かう。
お目当てのマスクは果たしてどこ?
幸い中の不幸、とでも言おうか。その店は最寄りのコンビニとは系列が違った。

 頻繁に来店するおかげで、
遅番のスタッフから顔を覚えてもらえているため、
レジでの会計がスムーズに進むことから、
コンビニに酒を買いに行く際は行きつけである近所がほとんど。
 また系列の違いと同じくらい、いやそれ以上に店が新しめか否か、
売り場面積の大小でコーナーは意外と変わってくる。

以上の事情と軽いパニックにあった僕は、店内で迷子になってしまった。
こういった混乱状態にあれば、落ち着くために一旦動きを止め、
息をゆっくり吸って吐きたいところ。
 なのだが、マスクを付けていないことを意識し過ぎていた僕は、
口を手で覆ったうえ、呼吸の回数を抑えていた。
今考えればそこまで過敏になる必要はなかったとそう思えるのだが、
当時は公共の場に全裸でいるようで、早くここから出なければと必死だった。

 何とかマスク売り場を発見し、三枚入りを手に取ると足早にレジへと向かう。
片手で口を押え、空いた左手で商品を差し出す。
 びくびく怯えた様子の自分を見て、スタッフは訝しげに思うだろう、
それどころか万引き犯に視えているかも。
 そんな想像がポンポンと頭に浮かび、一刻も早くこの場から離れたくて仕方ない。
まるで犯罪者にでもなったかのような気分。

 カウンターを挟んだ相手の動作、
そのひとつひとつが遅く長く感じられ、恐怖心が要らぬ焦りを煽る。早く、早く。
 ようやく会計が済んだ。
が、安心するにはまだ早い、身に付けなければ意味はない。
 走る心を抑え、僕は店外へと急ぐのだった。

コロナ禍の夜に

コロナ禍の夜に

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-03-02

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