まつご茸

まつご茸

茸村の伝承話、縦書きでお読みください。、

 この話は、東北の祝衣(いわい)村の村長が話してくれたことである。祝衣村は長寿の村と知られている、山に囲まれた小さな集落から始まった村である。山々から集まった水が流れとなり、村の真ん中を、小さな川として流れ、その周りに、田畑、人々の家が集まっている。町から村を通る国道も整備されている。
 寒村かというと、そうではなく、小学校から、なんと農業高校まである。ということは若い世代もかなり住んでいて、人口は三千人と言うから、ちょっと町の賑わいみせている。村としては大きいところである。
 いったん就職するために東京にでた村の若者も、子供を携えてもどってくる。特にIT関係や、芸術家、それに園芸家などは、この村で十分仕事をやっていくことができるからである。
 もともといた村人たちの生活はやはり田畑であるが、豊富な茸が大事な収入源であった。村人たちは村のルールを守りながら、茸を採り、もちろん自分たちで食べもしたが、農協を通じて販売をしていた。
 茸の特産品は、独特の食べ方から生まれた。茸の糠味噌漬けはこの村しかやっていなかった。糠付け茸である。
 一方、天然茸の販売に拍車をかけたのは、戻ってきた若者の中で、村の農協と共同で通信販売をする者がでてきたからだ。それが日本中に広まり、評判になり、茸の割烹旅館が繁盛するようにもなったという。採れたて天然茸である。
 村では山林の手入れを怠らず、おかげで茸はよく生える。この村で生まれた子供たちは、茸の味が忘れられず、戻るのだという評判すら聞こえてきた。
 一般の人に解放されている茸山は限られており、観光客には茸税をかけ、案内人を雇わなければ入山できないことになっている。採っていいのは、決められた背負いかご一つにはいる量である。かなりの量だ。食毒の鑑定は責任をもって、案内人がやってくれる。
 そういったことで、村役場のある村の中心街には、飲み屋もあれば映画館、遊戯施設もある。宿屋も何軒かあり、JRの駅のある大きな市から遊びに来る人も多く、離れたところから、農業高校に通う生徒や、下宿をする生徒もいるといった、珍しい村になった。
 祝衣村には、日本でも珍しい、過疎にならない村の記事を書く為に訪れた。私は雑誌社の記者である。
 村長の岩衣室竹氏に会って話をきいた。白髪頭で四角い顔のにこやかな好々爺である。
 「この村は農業というか、自然の恵みでもっているところで、村人だれもが、自然の恵みをくださる山と川をあがめておるんです。決して宗教ではありません。今は特に茸が有名になりましたが、昔から村民は山菜を糧にしていました、明治になってからは、山の手入れを村民全員でやるようになり、いい茸がたくさん生えるようになりました」
 「祝衣村はいつ頃できたのですか」
 「戦国時代でしょう」
 「とすると平家の落人ですか」
 「いや、周りにはそういうところがたくさんありますが、違うんです、戦が嫌いな人間が自然に集まったところです」
 「どういうことでしょう」
 「あるところで戦が始まって、百姓もかり出され、だけど数家族は夜逃げをしてここに住んだそうです、またほかの所で戦があると、そこの戦をしたくない者がこの集落のことを聞いて、逃げてきて住みつき、そうやって、戦のいやな人々の集まりができたといわれております」
 「珍しい村ですね」
 「そのころは密かに名無し村と言われていたそうです、名前が付くと、侍たちがはいってきちまいますから」
 「いつから祝衣村になったのです」
 「江戸時代から、戦が無くなったので、誰かが祭りをしようと言うことから、祝祭りと呼ばれる祭りが始まり、特別の赤い衣装をきた神主が執り行ったことから、祝衣村と呼ばれるようになりましてな、明治中頃の市制制度で正式に祝衣村となりました、ここの住所、ご存知でしょう、字祝衣です、字は自然にできた村を示しているんですよ」
 「ああそうなんですね」
 雑誌記者と行っても自分の出身は農学部でそういうことに疎い。
 「今でも祝祭りはあるのですか」
 「ええ、今では、山と川への感謝祭です、豊穣の祭りでもあります、茸の解禁日、九月九日です」
 「菊の節句ですね」
 「この村では茸の節句といっています」
 「その前に茸を採っては行けないのですか」
 「いや、農協の管理のもの、村人が食べるために採るものはいつでもいいんですけどな、個人的に売る茸の採取や茸狩り観光の開始の日ですな」
 「なるほど、祭りは観光として見に来る人がいるのですか」
 「いえ、宣伝しておりません、じゃが、誰でも自由に参加できます、屋台もでて楽しいものですが、神事は特に珍しいものでもないので、観光客はいません、というか、あまりきていただきたくないところもあります、あ、こんなことをいってはいけませんな」
 「いえ、余計なことは書きません」
 「村人たちの楽しみとしてやってます、村費をかけてまして、経済活動とは切り離しています」
 「わかります、ところで、村長さんは選挙で選ばれるのですね」
 「ということなのですが、ほとんど無選挙ですね、候補者は私だけです、おそらく次は息子です、村になったときの村長は、わたしの五代前です」
 「世襲ですか」
 「まあそうですね、形はきちんと選挙制度でやっていますが、村長というのは持ち出しのほうが多いし、なりてはおらんでしょうな」
 「明治半ばからだと、だいたい百三十年か百四十年というところですか」
 「そうですね、初代が村をまとめ、そのときからの村史があります、初代は岩衣三郎助といいましたが、祝衣村になる前のこともたくさん書き残しています。先ほど話した、戦を嫌った人が集まったことなどはそこに記されていました」
 「特記するようなことがかかれていましたでしょうか」
 「この村は、平々凡々な村で、雑誌に載せるような事件などはなかったのですが、村史をみると、茸に対する村民の並々ならぬ思い入れはあります、今でも小学校で、茸のことをよく教えます、というのも、茸が多いので、毒かそうでないか子供の頃から知らないと、危ないことがあるからです、そのようなことで、農業高校があるのですが、菌類を勉強する時間が多く、茸だけではなく、酵母菌などにくわしくなるので、大学に行って研究者になる者もたくさんいますし、高校卒業生は、お酒、納豆、薬品の会社から引く手あまたです。大学レベルのことを教えていますからな」
 「それはすばらしい村の特徴ですね、だから若い人が戻ってくるのが多いのですね」
 「そうですね、茸の研究所を建てたいというある会社からの申し出もあります、まだ村議や村の有力者たちとどうするか審議中です」
 「いい話ではないのですか」
 「研究ならいいのですが、栽培の工場などはここには建ててほしくないのです、あくまでも自然に生える茸、よりいい茸がはえるように、山を川を養生することを大事にしているのがこの村です」
 「それもいい話です」
 「茸にまつわるちょっと不思議な話が、初代の書き残したものにあります、お聞きになりたいですか」
 「ええ」
 「ざっとお話ししますが、話の書かれた冊子をコピーして差し上げますので、読んでみてください」
 そういって、岩衣村長は話をしてくれた。これから書くことは村長の話と、初代が書き残した冊子から、大筋をわかりやすく書いたものである。



 死の茸

 その年はとても茸が豊作で、どの家でも総出で山に茸を採りに行き、食事の友とし、茸の塩漬けをつくって、冬や夏の為の蓄えとした。秋には秋の野菜、キュウリやナスと一緒に茸も丸ごと漬けた。それはとても美味いもので、一番よくとれるイグチの仲間が特に味が良く、白い飯によくあった。
 名無しのこの村には塩山と呼ばれる山が、村の真ん中を流れる塩川の上流にあって、そこから幸いなことに上質の岩塩がとれた。だから塩は豊富にあった。茸と塩には不足をしなかった。
 村の子供たちは仲間と一緒に山にはいり、茸を二十種類採ってくる。それを親に食べられるかどうか見てもらって、誰が一番食べることのできる茸が多いか、そんな競う遊びが秋の楽しみでもあった。
 ある日、山から帰ってきた子供たちが、村の長老のところに行って、森の中に髭を生やした、見たこともないおじいさんが、籠にいっぱいの茸をとっていたと報告しにきた。
 茸は誰がとってもいいので、かまわないのだが、この村のじいさんではないと子供たちはいった。
 「髭はぼうぼうでよう、背が高くてひょろひょろなんだ、ありゃなんにも食ってねえじいさんだ、ぼろぼろの着物をひきずって、茸をじっと見て、引っこ抜くと、また傘をみたり、傘の裏を見たりして、籠にいれていた」
 「ほかの村からも茸取りにくっから、どこか近くの村の人だべ」
 「うん、そうかもしんねえ、だけんどよう、かごの中の茸がみんな毒のばっかじゃった、あれ食ったら死んじまう」
 「そうか、心配していいにきたのか、えらいぞ、わかった、わしらが調べるから、もう家にかえんなさい」
 子供たちに、干してあった芋をあたえると家に返した。
 「きっと、どこかの村のあぶれもんじゃろう」
 長老の塩作は独り言を言った。よくあることだ、ほうっておこうと思った。
 子供たちが言いにきて二、三日たったとき、村の中でも茸取りの名人といわれている三造が、塩作じいさんのところに、採った茸を持ってきてくれた。
 「おお、ええ茸がたんととれたな」
 「うんにゃ、この白舞茸は大きくはないがどれも上向いて、まとまった元気のいいやつやった」
 「そうだな、三造はいい茸みつけてくるな」
 「塩じい、半分やるわ」
 三造は十年連れ添ったかみさんを二年前になくして一人暮らしだ、塩じいにいい嫁がいないか声をかけている。
 「そういえばな、舞茸を採ったところよりもっと奥に行ったらよ、背の高い痩せたじいさまが、よれよれの着物ひきずって、茸を探しておったな、きっとどこかの村からきたのだろうと思うて、
 『いいの採れましたかな』と挨拶したんだがな、
 『なかなかみつからんでのう』、と以外と若い声で返事をしましたな、
 『どんな、茸を探してるんじゃ』、ときくとな、
 『名はまだないのでな、まつご茸とでもいいますかな』
 ずいぶん物知りのような言い方をしよりましたで、それでな、
 『村の塩作じいさんは茸のこと詳しいで、きいてみなさるといい』と言うと、
 『そりゃあいい話を聞ききましたな、ありがとうございます』とそのまま、もっと奥の方に向かっていっちまった。そっちの方は山は険しくなって、じめじめしたところが多くて、食える茸はあまり生えるようなとこじゃないんだがの」
 「せんだって、子供らが、そのじいさんを見たと言ってきたが、まだ山の中にいるんじゃな」
 「子どもたちも見たんですかい、悪さはしないようだから、いいでしょうな、ずいぶん丁寧な話しっぷりだったな」
 「そうじゃ、おおそうじゃ、松助の四女がもどってきておるが、どうじゃ」
 「確かとなり村に嫁にいった娘じゃな、わしより二十も若いがな」
 「旦那が山で死んでな、もどってきた、子供もおらんし、どうじゃ」
 「わしゃいいが、もっと若い男世話してやってくだせえよ」
 「三造はまじめじゃな、むこうがいいと言ったらいいじゃろう」
 「へえ、そりゃあ」
 三造は恥ずかしそうに家にもどっていった。
 塩爺さんは三造のことで松助のところにいったり、三造のところに報告に行ったり、珍しく忙しい思いをしたのだが、それでも松助の娘は三造のところに嫁ぐことに決まり、喜ばれて一段落した。ところが今度は、茸採りに行った梅ばあさんが、背の高い痩せたじいさんに、紅葉山の中で出会ったことを言いにきた。
 朝早く、塩じいさんが縁側で、猫と一緒に、庭の木を見ながら茶を飲んでるところに、採れたての茸を持ってきた。梅ばあさんは縁側に腰掛けて、三毛猫の頭をなでた。
 「変な、じいさんでね、わしゃ、木陰からみていたら、林の中の切り株の上に月夜茸をどっさり積み上げてね、ムシャムシャ食ってるのさ、あの毒茸をだよ、さらにさね、毒笹子を、生のまま食ったじゃないか、すぐ死んじまうと思ってね、どうしたらいいかと思って、塩爺さんのところにきたんだよ」
 「いま食ってるのかい」
 「ああ、食っていたよ」
 「なぜ止めなかったのだい」
 「なんかされるとやだからよ」
 「もうおかしくなってるだろうに」
 「きっと死んでるよ」
 そう話をしているところに、庭にのっそり入ってきた黒い陰があった。
 梅ばあさんが振り返ると、「ありゃー来ちまった」
 と声を上げた。
 入ってきたのはひょろっとした髪を伸ばし放題伸ばした男だった。
 「塩作さんでございますか」
 ずいぶん丁寧なもののいいようで、塩爺を見た。
 「お、さっき食っているところを見られた、媼さんもおられたか」
 梅ばあさんはオウナってなんだと顔を上げた。
 「すこし前、三造さんという方に会いましてな、茸このことは塩作翁に聞くようにと申されてな」
 「きいておりますな」
 そこで梅ばあさんは「わしゃ帰るで、また来るで」と、縁側から腰を上げた。
 「ああ、すまんな、ありがとよ」
 ばあさんが帰った後、塩爺はその男に縁側に腰掛けるようにいった。猫が寄っていった。男が猫のあごをなでると、猫は気持ちよさそうに顔を上げた。 
 片手に赤い茸を持っている。
 塩爺は奥から茶をいれた急須と茶碗を持ってきた。一人暮らしなので、みんな自分でやる。
 「話を聞きましょうかのう」
 茶をついで相手に渡した。
 「すまんですの、茶を口にするのは百年ぶりです」
 ずいぶん大仰なものの言いようである。もしかすると、武士ではないかと塩作は思った。
 「まつご茸とやらをさがしてなさるとか」
 「いや、まだ見ぬ草片でしてな、見つかったら、そうでも名付けようと思うております」
 「そうでしたかな、で、どのような茸で」
 「死ぬ茸でございましてな」
 「それは毒茸ですな」
 「さーそれはわからぬのです、私には毒茸でも、みなさんには食えるかもしれない」
 「それで、なぜそんな怖い茸を探しているのかきいてもいいですかな」
 「もちろんかまいませんが、信じなさるかどうか、それはご自由でございますよ」
 そこから男は話し始めた。
 「わしは京の都、きらびやかな世界に、皇帝の外腹として産まれました。跡を継ぐには縁は遠いもの、それでも皇帝の子供として、なに不自由なく育ったのですが、十五になったとき、皇帝になれぬのなら、不死を手に入れ、皇帝より神に近くなってみせると意気込み、手当たり次第に書物を読みました。
 大陸には仙薬というものがあると聞き及んだとき、それを探そうと思ったのです。いったいどこにいったらそういった薬を見つけることができるのか、都には著名な薬師もたくさんおります、皇帝に仕える何人もの薬師に話を聞いても、それは絵空事、その前に、どのような病にも効く薬を作らねばなりません。と言われ、納得しましてな、みな病で人生を終えるときでしたから、薬師のいうことはもっともだったわけです。しかし、わしは探したかった、そのためには霊験あらたかなところで、暮らすのが必要だと思い、京都の鞍馬の山奥に居を建ててもらい、暮らし始めたのです。といっても修験者のような生活ではなく、じつに今思うと、甘っちょろい暮らしだった。たくさんの仕え人をおき、好みの女に身の回りの世話をさせていたのです。
 しかし鞍馬に居を構えたのは正しかった。そのあたりは、茸がよく生えるところ、茸の味の良さ、茸の形のおもしろさ、虜になっておりました。滋養もある、そこで、茸から不老不死の薬が生まれるのではないかと、薬師に考案させました。しかし、そのようなものは作れるわけはなく、年を重ね、四十を超えるまでだらだらしておりました。
 ある時、鞍馬の山の中でいつものように供を連れて、茸を探して歩いておりますと、倒木の上に腰掛けた白く長い髪で顔を隠した老女がおりました。その木には見慣れない茸がいろいろと生えており、なにやら不思議な雰囲気をかもしだしておりました。
 わしは老女に、木に生えている茸を採らせてくれないか、と申しましたところ、その老女は白い髪の毛を手で書き上げ、私を見たのです。天狗にも女が居るのを知りました。鼻の長い目の大きな女でした。
 女天狗はどのような茸がほしいと聞いたので、不老不死の薬を作りたい、そのような茸はないかとたずねました。すると、何だそのようなことか、ほれこの木の上に生えているのはどれも、不老不死の薬になる茸だ、と言われました。
 私はくれるのか、ともう一度たずねると、一つだけだぞと、言って、そのあとに、お主は不老不死とはどのようなことか知っているのか、ときくので、もちろん、死ぬことがないことだ、と答えると、死ぬことがないと言うことはどういうことか知ってるか、女天狗はわしを見ましてな。
 わしは不老不死になれば、皇帝より偉くなるもの、と答えたら、馬鹿ものめ、よいか皇帝は不老不死を願ったりするものではない、潔い一生がもっとも高貴じゃ、百姓だろうが、だれだろうが、それは同じ、それが尊い者たちだ、とちょっとがっかりしたようだった。
 それでも、その女天狗は、まあ、よい、自分で決めたことだ、一つやる、どれでも採れ、と言いましてな、それで、わしは珍しい緑色の茸をもらった。
 女天狗は、生と死は自分で決められるものではない、それを、自分で決めようとすると、一生涯悔やむことになるぞ、と言って、倒木に腰掛けたまま空のかなたに飛んでいってしまった。
 さて、わしは、もらった緑の茸をどうしたらいいのか思案に暮れた。
 食べたらいいのであろうか、と供のものに聞いた。一緒に茸を探していた薬師は、中国の不老不死は仙薬という薬、やはり薬になさったほうがよいかと存じます、というので、そのものに任せて、緑の茸を乾燥させ、粉にさせた。そこにもろもろの薬をまぜ、私は毎日飲み、飲み終わったのはそれからおよそ月が満月から満月、三十日ほどかかった。
 しかし、本当に不老不死になったのかどうかわからなかった。毎日毎日、同じような暮らしが続いた。
 今から考えると、不老不死を得たのなら、そういう人間しかできないようなことをしなければいけなかったのだ」
 塩じいは「それはどんなことか」ときいた。
 その男は、「私は、千百歳、その間見聞きしたことを書き記しておけば、この国の歴史の大きな遺産になったものをと思う、ただ、浮かれて生きておった」
 「不老不死だとわかったのはどうしてですかな」
 「まず、病気には一度もならなかった、周りのものがどんどん死んでいくうち、自分は百を越していた。おそらく、この国の中で一番の長寿の者になっていただろう」
 「しかし、あぶないめにはあわなかったのですか」
 「そうなんじゃ、弓矢が目の前に飛んできても、よけて後ろにいる者にあたる、山から大きな石が頭に落ちてくると、突然頭の上で粉々になって、周りに落ちていく、熊や猪は私を見ると逃げていってしまう。
 一度、追い剥ぎが刀で切りつけてきたが、私に当たる前に刃がかけてしまった」
 「今でもですかな」
 「そうです」
 「それで、なぜ、死ぬ茸を探しているのですじゃ」
 「三百年生きたときに、もう朝廷は私を養ってはくれず、ただ野山のものを食べて生きておったのです、何でも食べることができた、だから死ぬことはない、しかし、人は食べるだけでは生きていけないことがわかりました。興味のあることもなし、何かを作り出す知識や技術もなし、ただ、食べ物と、時に女子もとめ、生きていく、寿命の無くなった動物です、人間とは、興味を持ち、それを解決し、満足し、それを繰り返して、生き甲斐ができる。それがないと、どうしょうもなくなる、五百をこえたとき、やっと鞍馬の女天狗の言ったことがわかり、もう一度鞍馬の山を彷徨いました。彷徨って百年、やっと女天狗に会うことができました。今度は切り株の上で、茸に囲まれてたたずんでいました。
 若い女の天狗でした。天狗は言いました。
 「そちか、不老不死の茸を持って行ったのは」
 「はい」
 「先祖がそういう人間が居たと言い伝えておった」
 「あの天狗様はどうされましたか」
 「天狗の寿命は人よりすこし長いだけじゃ、今の寿命は百八歳じゃ」
 「どこから産まれるのでしょうか」
 「茸たちじゃ」
 「生きている間のお仕事は、天狗様の生き甲斐はなにでしょう」
 「人間を悪い方向に行かぬように、助けたり、脅かしたりする役割じゃ、山や川が気持ちよくこの星の上で生きてくれるのが生き甲斐じゃ」
 「私は、天狗様がおっしゃったことが今頃わかりました。寿命を戻していただきたいと存じます」
 「すぐは無理じゃ、どこかにおまえの寿命をもとにもどす茸が生えているはずじゃ、それを見つけて、食せば、自分の寿命に戻る、ということは、千年前に戻って、何かで死ぬのだ」
 「そう言ってくれましてな、きっと食べれば死ぬ茸が生えているのだと思い、今も探しているわけです、塩作殿が茸に詳しいと聞き、もしやかわった茸を知っておられるのではないかと来た次第です」
 「いや、私はそんなに大それた茸通ではありませんでな、すこしはおかしな茸を知っておりますが、果たして、それがお宅さんが探しているものかどうかわかりません」
 「それを教えてください」
 「塩川を上流に向かっていくと、いくつかの川の源流にいきあたりますで、その山の中に、橙色の茸がありましてな、それはこのあたりでは採れません」
 「ほう、それはどのような形をしているのですか」
 「お宅様が老女の天狗にもらった、緑色の茸とは違って、土から生え、白いツボから橙色の尖った形のものが二本でておりまして、そうじゃ、蟹のはさみのようじゃな、巡り会えば、それが探しておられるまつご茸かもしれませんなあ」
 「おお、それは今までで一番いい情報でございますな、ありがとうございます、私はその茸を探してまいります」
 そう言って、その男は庭から出て行こうとした。それで塩じいは忘れたと思って尋ねた。
 「名前をきいておらんでしたな」
 男は振り返って、「おお、こりゃ失礼、本名はないが、生まれたときから、糸糸羅(ししら)皇子とよばれておりました、今考えると、死しらぬ皇子とも読め、また志知らぬ皇子とも読める、わたしそのものでございましたな」
 老人はそう言うと笑った。笑い顔にはさすがに千年の渋いしわが深くよった。
 男は塩川に向かって行ってしまった。
 塩じいさんは、脇にいる猫に向かっていった。
 「あの男はあわれじゃな、人間は生き物、死が無くなったら化け物じゃ、教えた茸が生えているわけはない、嘘をいったのじゃよ、天狗と同じようにな、不死になって、なにも目的がないとかわいそうだと察した天狗は、不死になっても死ぬ為の茸を探す生き甲斐をあたえてやったんだ、わしも、それがわかったので、天狗さんのお手伝いをしただけじゃ、ほんとの天狗は寿命などないわな」
 猫はわかったのかどうかわからないが、なんとなくこっくりした。

 「こういう話なんですよ、他愛ないものですけどね」
 村長の岩衣さんはそういった。
 「いや、ご存じかもしれないが、西洋や中国の大昔には、不老不死にあこがれた国の指導者がたくさんいました、メソポタミアの話には、不老不死をみつけることができなかったギルガメッシュが、ギリシャ神話ではティーターン、タイタンがいた、北欧の神話に不老不死のアース神族、インドのリグヴェータには、不老不死の飲み物、アムリタがあり、中国では仙人街流、仙薬ですね、ところが、日本の神話に死なない神がいましたでしょうか、もしかすると、祝衣村の伝承が唯一かもしれません」
 「おお、そうですか、是非、雑誌に載せていただきたい、祝衣村に、また一つ観光材料ができます」
 村長さんはなかなかやり手のようだ、だから、過疎にならずにすんでいるのだろう。
 「実を言いますとな、私が茸採りに塩川の上流の山にはいったとき、乞食のような格好をした男にであったことがありましてな、山の中に浮浪者が入るのはよくあることなので、誰にもいっていないのですが、そういえばこの話に出てきた、糸糸羅皇子だったのかもしれませんな、まだ生きている、千五百歳はこしていますな」
 私は岩衣村長の顔を見た。大きな目をぎょろっとさせて、いかにも真剣な顔だ。
 心の中で、やりすぎだよ、岩衣さん、と声をかけていた。

まつご茸

まつご茸

茸の豊富な小さな村、そこには死にまつわる茸の話が残っていた。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-02-25

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