モグラのステーキ
「私のオススメのお店、最近見つけたの。レストランだけどお昼に食べに行こうよ」
女は言った。
「君が奢ってくれるなら行くよ」
僕は答えた。
「ええ? 私は今日、金欠だよ」
「なら我慢するんだな」
「レポート、手伝ってやんないよ」
女は意地悪な目で言う。
僕はため息を吐き「分かったよ。奢らせてください」と返答した。
僕と女は或る大学の学生だった。時刻は平日の10時。人影のない建物の二階の階段を昇っていた。そして担当教員が待つ研究室の扉を開いて中に入った。続いて白衣を身に付けた。担当教員は既に広い机の上で作業をしていた。
「来るのが遅い」
担当教員は振り向かずに僕と女に言った。
「こいつが寝坊したんです」
僕は女に指を指した。
「こやつが昨日遅くまで飲み会で酒を飲むからです」
女は僕に指を指した。
「お前ら、ワタシも二日酔いなのに時間通りに出勤しているんだぞ! 社会人舐めんな!」
担当教員は吐きそうな表情で僕と女を見て言った。
「はいはい、すいませんでした」
女は平謝りをして担当教員が作業している机に手を置き「今日は緑色の赤ちゃんですか?」と困惑した顔で言った。
「ああ」
担当教員は口に手を押さえて返答した。
「どこで拾ったんですか?」
「D地区の公園だ。朝、ジョギングしていた男性から連絡があったらしい」
机の上にはガラスの箱に入れられ、白い布で包まれた緑色の赤ちゃんが親指を加えて寝ていた。
「これでカラー赤ちゃんが386体。緑色が24体目。うーん。それで、今回はどうするんですか?」
「染色体をいじくる」
担当教員は答えた。
「またですか? 前回も同じことして溶けちゃったじゃないですか」
「うるさい。人間が絶滅して600年経つんだぞ。『そろそろ』まともな色の赤ちゃんを製作しないと、どんどん、サンプルから遠ざかるだろうが」
ブルブルと机の上に置いてある携帯電話が鳴る。担当教員は素早く携帯電話を取って耳にあてた。
「はいはい、あー、なるほど、わかりました」
担当教員は携帯電話を切ってから「B地区の歩道橋の横に黄色い赤ちゃんが生えているそうだ。受け取ってきてくれないか?」と僕と女に言った。
「黄色ですか? 結構、珍しいですね」
「だろ、だからさっさと取ってこい」
「人使いが荒い奴ね」
女はそう言って僕の服の裾を掴んで研究室から出た。すると女は「先に私のオススメのレストランに行ってから、受け取りに行きましょうよ」と言った。
「どうして?」
「ダメかしら? かしら?」
女は僕の髪の毛を手のひらでわけながら喋った。女は陶器のような頬を僕の頬にゆっくりと触って「私、混むの嫌いなの」と言った。
日当たりが悪そうなお店の前で女は立ち止まる。
「ここが君のオススメのお店?」
「うん」
「なんだか、今日の君っていつもと違う感じだね」
「うん……。どんなふうに違う?」
「冷たくて優しい」
「なにそれ」
女は笑う。そうして地下に潜る気球の風が一瞬吹いた。女は僕に抱きついて「もう貴方を離さない」と言った。
「やっぱり、今日の君は変だ」
僕は指で頬を擦って述べた。
「そうだね。変だと思う。貴方がいない125年の間に私さ、見つけちゃったんだ。美味しいレストラン。ここ、結構オススメなんだ」
女は透明の涙を浮かべる。
僕は目の前に建つレストランを見上げた。頭の奥がボンヤリとしていた。それから。
「モグラのステーキ」
ポツリ、言葉を『戻した』。
「そうだね。そのメニュー、まだあるかな?」
女は僕の手を引いて中に入る。指は長くまとわりついていた。
モグラのステーキ