マジ卍

 みーちゃん先生、そんなに改まってどうしたの? ……まあ、先生の言う通りだし、家族のことは色々あるんだけどね。……でもパパが頑張ってくれてるから、あーしはそんなに困ってないんだ。むしろ変に心配かけちゃって、こっちこそごめんって感じ。確かに、この学校はガリ勉って感じだし、あーしみたいな子は他にいないから目立っちゃってるところあるけど、別にふつーに楽しいよ。あ、でも、あーしにだけ校則うるさく言ってくるのはマヂで勘弁。言っても校則はきちんと守ってるんよ⁉ なのにみんな目くじら立てちゃってさ。マヂむかつく!
 ごめんごめん、話がずれちゃったね。……先生も知ってるだろうけど、うちって片親だし、それにちょっと複雑だからさ・・・…。でも、心配しないでね⁉ 本当にパパとは仲いいし、ほんと親であり友達って感じなの。こうやって言うとファザコンかって言われるんだけど、そうじゃないんだよね。パパって仕事も忙しいのに家事をほとんど全部してくれてるし、親がしてくれること基本全部やってくれるんだ。でも何一つ辛そうな感じ見せないから、逆にあーしも手伝うよって感じでさ。だから家庭科とか超得意! ……そんな感じ。だから安心してよね。
 でもなんかさ……一人語りって感じだけど、みーちゃん先生が気になるなら話してもいいかなあって。なんかそんな気分だし、先生さえよければ……いいかな?
 てかどこから話そうかなあ……。うーん……親が離婚したきっかけはあーしの中学校の入学式だったんだ。今でも覚えてるんだけど、珍しくあーしの記念日に帰ってきたお母さんが浮気相手を連れてきてね。それにパパがついに我慢できずに離婚ってことになったんだ。パパとしては、あーしが高校生になってから離婚するつもりだったらしいんだけど、あの時はもう限界だったらしい。あーしもあの人のことは嫌いだったし、お相手さんも大っ嫌いだったから、むしろ清々したんだ。だから、これでよかったと思ってる。ってか、パパすごくない⁉ あーしのために、浮気性のお母さんと十二年間も生活続けてたんだよ。それに……。うんうん、なんでもない。
それまで、そのお母さんの浮気相手さんとは何度か会ったことはあるんだけど、ってか、お母さんに無理やり合わされたんだけどね、どこかの会社の社長さんらしくて、お母さんはパパと別れてこの人と再婚するって言ってた。その人は結構イケメンだったんだけど、目つきがいやらしくてキモかった。だから、全然かっこよくなかったし、こんな人がパパの代わりだなんて信じられない! パパは言う程イケメンって訳じゃないんだけど、清潔感あるし、一緒にいて落ち着くって感じなんよ。浮気相手はその逆で、ブランドものとかアクセとか一杯でごちゃついてる感じ。娘になるかもしれない人と会うって感じじゃないよね、ほんと。話し方も、まるであーしをナンパするみたいな口調だし、ほんとに最悪! 
でも、こんなことは一度だけじゃないの。むしろ二年に一度ぐらいは来るんだよね。そういうお母さんだったんだ。お母さんはほとんど家事もしないし、家にいることの方が珍しいって感じ。部屋は汚かったし、話し方はきつかったし……でも浮気相手の前では声が変わるの。その変わり具合がとっても怖くって、家に帰っていつものように怒鳴ってると、なんだか安心したんだ。……それに、あーしはお母さんの前だと萎縮しちゃって何も言えなかったなぁ。
最悪なお母さんだったけど、でも、今はその気持ちがちょっぴり分かるんだ。浮気は絶対に理解できないけど、男の人にちやほやされるのは確かに嬉しいし、自由な生き方って悪いだけじゃないと思う。でも、それだけじゃ駄目なのは母親なら当然じゃん? お母さんは幼いまま大人になって、バカなまま成長してないんだよ。ほんとに子供みたいな人なんだ。だから、お母さんにとってあーしはオモチャみたいな存在なんだろうなって思う。それか、鏡に映った若いころの自分って感じ? あーしってお母さんにそっくりだからさ、あの人にとってはやっぱりお腹で繋がってた身体の一部で、自分の理想の生き写しって感じなのかな。ほら、メイクみたいにさ、お母さんにとっての「なりたい自分」があーしなのかなって思うんよ。だから思った通りになれば嬉しいけど、ちょっとでもズレたらムカつくんだと思うんだ。…………まぁ、かわいそうな人なんよ。今はそう思う。
 離婚してお母さんが家にいなくなっても、たまに会ったりもしてるんだ。不思議に思われるかもしれないけど、パパが許してくれてるの。なんやかんやあるけど、やっぱり世界でたった一人しかいない実の母親だからって。……確かにそうだけど、あーしとしては正直どっちでもいいんだよね。どちらかと言うと、会いたくはないかな。それでも会うのは、それでパパが喜んでくれると思うからなんよ。みーちゃん先生もおかしいと思うよね⁉ 実はあーしもそう思う。パパって変な人なんだ。多分、パパはまだお母さんのことを愛していて、お母さんにやり直すチャンスをあげたいのかなって……。絶対に無駄なのにね。先生もそう思うでしょ? 
 でも、あーしにできることなら、できる限りパパのお願いは叶えてあげたいんだ。パパは純粋な人だから人を疑うってことが苦手で、だからお母さんを信じ続けてるし、お母さんに騙され続けてるから、せめてあーしだけはパパの味方でいたいんだ。……うちら家族、あーし含めてみんなバカだからさ。でも、あーしはパパがいてくれるから幸せだし、パパも今は幸せだと思う。わかんないけどね!
 ……でも、離婚したすぐは辛かったなぁ。あんなに嫌いなお母さんがいなくなって静かになった家は、なんだかとっても寂しかったし……。……そういえば、お母さんがいた頃の休日は決まってお母さんに連れられてどこかに出かけてたんよ。だけど、離婚後はそれがめっきり無くなったんだよね。だから、離婚が成立して割とすぐゴールデンウイークが来たんだけど、それが私にとって初めてのずっと家にいた休日だったかもしれない(すっごく小さい頃とかは知らんよ笑)。あーしはいつもみたいに外に出かけたかったんだけど、そこら辺パパは鈍いし、パパも今回のことですっかり疲れてたから言い出せなかったんだ。だから仕方なく宿題をしてたんだけど……離婚のことでバタバタしてたからさ、全く理解不能なわけ。そんなあーしを見て、パパが勉強教えてくれたの。パパって恋愛だとあんなお母さんに騙されたポンコツなのに、勉強はやたらできるんよ。それに、勉強を教えてくれてる時のパパってすっごく嬉しそうなんよ。だからあーしも勉強が楽しくなって、割と早く離婚のショックからは立ち直ったかも。こんなこと言うとガリ勉っぽくて嫌だけど、このおかげで勉強は嫌いじゃないんだ。むしろ好きっつーか、そんな感じ。
 だから高校選ぶ時も、ふつーに進学校のここを選んだし、別に入試は楽だったなー。中学の友達はほとんど別のところに行っちゃったけど、今でも連絡取ってたまに遊ぶし。こっちでも結構性格合う子がいるからふつーにいい感じ。ただ受験でウケたのは、勉強教えたパパ自身があーしの進学先聞いて驚いてたことかな。パパはあーしが勉強できないバカだって思ってたらしくて、自分が通ってた高校と同じところに行くってことでびっくりしてたんよ。そりゃあ、大学院まで行ってエリートなパパから見ればあーしが教えてもらってた勉強なんて簡単なんだろうけど、それでも中学生にしては難しい方のやつばっかだったんよ⁉ ひどくない? それに進学校だと友達ができるか心配だって言うのよ? そんなことある⁉ 高校受験の年齢にもなって、親にそんなこと心配されるとは思わなかったわ。……この時ばかりはちょっぴり反抗期だったなぁ。でもまあ、ふつーに応援してくれたし、今となってはパパらしいなって思うだけかな。
 パパ的には、あーしには勉強とかはあんまり期待してなかったんだって。期待してないって言うと変だけど、まあ、ふつーに恋愛とかオシャレとか他の好きなことを伸ばして欲しいって感じ? パパが結婚で失敗したから、あーしにはそうならず幸せになってくれれば、それだけでよかったらしいんだわ。あーし的には勉強しながらでもそーゆーのって両立できると思うから、今でもこうしてギャルしてるんよ。……生指のみーちゃん先生としては、勉強の方を重視する系なん? ………………ま、何にしても校則破ってパパを呼び出されるのは勘弁だし、そこら辺は守るし安心していいよ。
 あ、時間大丈夫? ………………うーん、実はここからは悩み相談っていうか、ちょっと現在進行形の重い話って感じなんだけど……この際話しちゃっても良さそ?
 じゃあ話すんだけど、別に面白い話じゃないし、私としても考えがまとまってて結論の出てる話だから、アドバイスが欲しいとかじゃないんだよね。……独り言みたいな感じで聞いてくれると助かる、かな。
 先月ぐらいに、お母さんから久しぶりに連絡があったんよ。高校生になってから全く連絡は来てなかったから、すっかり忘れられてると思ってたんだけどね。それに、中学の頃はまだスマホを持ってなかったから、連絡はパパを介してたんだけど、今回初めて直接に連絡が来て、ちょっと嬉しかった。あ、電話番号は高校受験が終わった時に交換したんだ。パパが受験の翌日にスマホをプレゼントしてくれたから。連絡自体は久しぶりに会わないかーって感じで、別に断る理由もなかったから会いに行ったんだ。
 そんで、待ち合わせの喫茶店に行ったんだけど、いつもなら遠目から見てもすぐ分かる派手な格好をしたお母さんがどこにも見つからないの。時間早かったかなーって思ってたら、見たことない感じの女の人が明らかにあーしの方に手を振ってるんよ。なんと、それがお母さん! 昔から染めてた髪(色はちょくちょく変えてたんだけど、決まってかなり派手めなの)は黒になってて、服の露出は少ないし、年相応にロングスカートなんか履いちゃってて、ほんと別人! でも、その理由はすぐ分かったわ。
 お母さんの隣には例のごとく男の人が座っていたんだけど、その人はいつもと違ってすごく真面目そうだった。アクセサリーもほとんどないし、匂いのきつい香水もしてなかった。例えるなら、パパみたいに清潔感があって、落ち着きもあって……まあ、パパよりもイケメンだった。お母さんもそんなお相手さんに相応しく、落ち着きが出ていていつもと違った。
 あーし、なんだか度肝抜かれちゃって何も言えなかった。その間、お母さんの近況を一方的に話されたんだけど、聞いてる限りほんと幸せそうで、これまたビックリして何も言えなかった。だって、お腹の中に赤ちゃんがいるって言うんだもん。なんか、それまで子供っぽい人だったのに、たった一、二年ぐらいでこんなに変わるとは思わないじゃん⁉ だってあのお母さんが、それまであーしを放置してたことを反省して、謝罪までしてるのよ⁉ マヂ信じられないって感じ。
 それで、今回もパパを捨ててこっちで暮らさないかって話になった。まあ会いに行く以上は覚悟してたし、断ることは前もって決めてたから、このぐらいじゃ揺らがなかったよ。パパにはこれまでのことでほんとに感謝してるから、今更お母さんのところに行くのはあり得なかったし、それに、これ以上パパを不幸にさせることなんて、あり得ないから。
 そーゆーと、お母さんは深刻そうな顔になって、ちょっとだけ昔みたいに怖かった。今回はお母さんにとって、マヂのマヂだったらしい。どうしても、あーしとやり直したかったんだって。
 ……あーしは、パパと血がつながって無かったらしいんだ。
 なんか、もう。何も分かんなくなっちゃってさ。お母さんがパパのことをなんで好きになれなかったのかとか、本当は秘密にしておくべきかもしれなかったとか、どうしてもあーしと暮らしたいとか聞かされたけど、ほんと意味分かんなくてさ………あーし、バカだからさ。逃げちゃったの。
 それでさ、一人ですっごく悩んだの。何よりもまず、パパのことを考えたの。パパはこのこと知ってるのかって思って。お母さんは昔から堂々と浮気してたから、多分考えたことはあるだろうなって思った。でも、パパはそれでもあーしのことを育ててくれた人だし、パパのおかげで今があるんだって思ったら、悲しさよりも感謝が勝ったんよ。次に考えたのはママとその再婚相手のこと。きっと二人は幸せになるんだろうなって思う。そこにあーしがいなくてもその幸せは成立するだろうし、多分わざわざあーしに声をかけたのはお母さんの自己満足に過ぎないんだと思う。でも、お母さんは昔から自己中心的な人だったから、怒りというよりも諦めって感情かな。
 それで、最後にあーし自身のことを考えたんだ。あーしはパパにとって何なんだろうって。血はつながってない、浮気症だった元妻が残した重いお荷物で、あーしはパパにとっての鎖で、足枷なんだって思った。それまでパパと過ごした時間は、パパにとっては地獄だったんじゃないかなって。だったら、もうお母さんのところに行って、パパを解放してあげなきゃいけないと思ったんよ。
 これが何週間も考えて出た結論だった。でもその間、パパは当然あーしの異変に気づいてて、ちょうど結論が出た頃になって話しかけてきたんだ。あーし、もうどうしていいか分からなくって泣くだけでさ。でも、パパは日を空けて何度も聞いてきてくれたんだ。だから、あーしはちゃんと考えたことをパパに言ったんだ。そん時のあーしは本気で、それを聞いたパパは喜んでくれると思ってた。でも、パパは違った。パパはそれまでのあーし以上に泣きじゃくって、血のつながりなんて無くても、パパはパパだし、あーしは娘だって言ってくれたんよ。
 これで終われば良かったんだけど、その後あーしは口を滑らせて、お母さんの現在と再婚相手のことを言っちゃったんだよね。それがパパに刺さったらしくて、その日からちょっと寝込んじゃったんだ。あーしが原因を作っちゃったって思って、これはほんとに後悔してる。
 パパは寝込んでる間、結構熱も出ててヤバかったんだけど、そん時にやたらお母さんの名前を呼んでて死ぬのかと思ったわ。んで一番テンパったのは、パパがたまに少し目が覚めると、あーしのことをお母さんと見間違えて、お母さんの名前であーしを呼ぶの。これはさすがに怖かった。でも、それまでのことを考えると、パパの中で抑え込んでた何かが一時的に解放されちゃった系なのかなって思って、まあ何とか看病したんよね。
 問題はその後で、この熱が収まったのがちょうど先週だったんだけど、熱が収まった今でも、たまにあーしのことをお母さんの名前で呼ぶことがあるんだよね。昔からちょっと頭のネジが緩い人だったけど、今度はネジがぶっ飛んでるって感じ。ただ、言い間違えたってことはパパ自身も自覚して言い直してるし、別に生活に支障が出てるって訳でもないから、このままでもいいかなって思うんよ。それに、これぐらいはなんてことないって程、育ててもらってお世話になってるわけだかんね。これぐらい全然平気なんだわ。ただ、心配なのは最近お酒の量が増えてるってぐらい。んで、酔ってるとお母さんの名前を呼ぶ回数が増えるんよね、ちょい不気味。でも、人間弱みの一つぐらいあるだろってことで割り切れるし、ふつーに平気かな。
 これぐらいかな。またなんかあったらみーちゃん先生んとこに話ししにきてもいい? …………ありがと、じゃあね。

マジ卍

ふざけたタイトルですが、結構真面目なお話のつもりです
シチュエーションと生き生きとした登場人物のセリフ運びは、谷崎潤一郎の『卍』をパロディしています
パパの立ち位置に注目して読んでいただければ、面白いかもしれません

マジ卍

ギャルの女子高校生が生徒指導の先生と話す作品。お母さんが浮気性のため、小さいころからパパに育てられました。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-02-22

Copyrighted
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