ユウキ
ユウキ、という男の子がうちにやって来たのは、夏休みが始まって間もないころだった。
私は、こんにちは、と、ちゃんと挨拶したが、ユウキは申し訳程度に会釈しただけだった。そして、お皿に並べられたお寿司を、無言で食べていった。むっとしたが、お母さんの手前、私は唇を噛むだけにとどめた。
どうしてあんなやつを引きとったの。ユウキがお風呂に入っているとき、私はショウガをつまみながら、洗い物をするお母さんの背中に、怒鳴ってやった。
だってねえ、お父さんにもいろいろと事情があるのよ。お母さんはやんわりとお茶をにごす。
お父さん、と言ってしまえることに、私は開いた口がふさがらない。それもそのはず、父は、お母さんを捨て、十二歳も下の女性と結婚したのだ。少なくとも、父の去った日の記憶を鮮明に焼きつけている私は、心の底から、憎んでいる。
戸籍上は赤の他人でもねえ、と、お母さんは水の音にまぎらせて、ひとりごとのように言う。やっぱり、一度お父さんだった人だし、お母さんは、忘れられないなあ。
私は、それ以上の口答えができなくなる。そんなの、わかってる。お母さんがずっと、お父さんに片想いしていることなんて、充分わかってる。でも、わかりすぎるくらいわかってしまうから、つらいのだ。
ねえ、ユウキくんのこと、どう思う。お母さんに訊かれ、私は、氷水をすするように飲んでから、きらい。そう答えた。お母さんがくすくすと笑う。
デブだし、ふてぶてしいし、なーんにも言わないんだもん。
でも、ユウキくん、駅からここに来るまで、ずっと不安がっていたのよ。
あんな奴がぁ?
そうよ、誰でも知らない家に来るのは、緊張するでしょう?
信じらんない。私はきつく言い捨てて、コップの中の氷を頬張った。右の奥歯にじんと染みる。
ユウキくんには、知らない女の血が混ざっているけど、何だか、許してしまえるのよねえ。子どもって、周囲の事情なんて一切関係なく、愛される能力を持っているのよ。ふしぎねえ。お母さんは手をタオルで拭きながら、うっすらと微笑んだ。会うまでは、殺してやろうかとも、考えていたっていうのにねえ。
しばらくして、ユウキは無愛想な顔のまま、お風呂から上がってきた。お母さんが差し出した牛乳を、のんきにごくごく飲んでいる。私は、その後頭部をじいっと眺め、つむじが左巻きか右巻きか、観察した。
私は右巻きの頭を、げんこつで思いきり殴った。ユウキの口から白い液体がこぼれた。そしてユウキが振り向く前に、思いきり、後ろから抱きしめてやった。
ユウキ