ジョージ

 仕事を終え家に帰ると、ダイニングテーブルの上に夕食ではなく、一枚の紙があった。妻は別室に居るらしい。どこかで見た事があるような感じで、まさかとは思ったけどそれは離婚届だった。
 ん、ううん、でも、いや、何故、いやいや、そんな感情たちがからかうように次から次へと現れ楽しそうに肩を叩いた。
「ねぇこれ」
別室に居る妻へ言ったつもりが、実際言葉にはなっていなかった。

 静かにダイニングへ入ってきた妻は、リモコンを手にして一瞬だけ俺を睨んでからスイッチを入れた。離婚届にはもう半分ほど書き込まれていて押印もされている。急に画面が明るくなり、直後に薄暗い動画が始まった。車の後部座席でそれは行なわれていた。苦痛とも快感ともとれる女の表情と漏れ聞こえる声。そこに絡みつく男の背中が揺れていた。
 高性能な物を選んだ。家族の安全を第一に考えた結果だ。欠落していたのはモノではなくて俺だった。画面の中では男の息遣いが激しくなって、それと共に動きもそうなった。

 「前方の映像はよりクリアに録画されるようになっていますし、勿論後方に関しても問題はありません。更に両側、つまりは360°を撮影していますのであらゆる事故やトラブルに対応出来ると思います」
「360°ってすごいね」
「エンジンを作動させた瞬間から録画を始めます。データは蓄積されていきますが容量が一杯になると過去のデータから上書きされていく仕組みになっております」
「じゃ、消えるんだ?」
「ご心配なく。衝撃を伴った映像や故意に撮ったものに関してはちゃんと保存されています」
「エンジンを切ると止まるってこと?」
「そうですが、盗難防止機能も備わっておりまして、駐車中にお車に少しでも衝撃が感知されると録画を開始します」
「それは安心だ」

 様々な事に注意を払っていた。少しでも違和感を抱くようなことは悉く排除した。逢うのは車の中だった。場所を選択するにも相当の時間を費やした。しかしそれは呆気なく妻の知ることとなった。揺れを感知した最新鋭のドライブレコーダーは、その一部始終を録画しながら同時に家のレコーダーへも送信していた。その時間にリビングでくつろいでいた妻はライブ映像で俺の情事を知る羽目となった。

「そっか、室内もバッチリ録画されるんだね。安心安心」俺は咄嗟にそんなことを言いながら離婚届にペンを走らせた。

                        終

ジョージ

ジョージ

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2022-02-17

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