代表的大和撫子
もう、もう、もう、舌が、赤い舌が、噛み切ってもいいんだよね。ほら、さ、もう、こんなんになっちゃったんだからさあ。舌も君の匂いも香りも、肌もさ、全部噛み切っても良いと思うんだ。
「ダメだよ。でも良いよ。貴方が私の事をそんなふうにずっと覚えてくれるなら、ええよ」
僕は笑った。ケラケラ、ケララ、ケラケラ、ケララ、あははって。
「君は本当に真面目だなあ。どうして僕が君をカッターの刃で切るかのようにして優しく包むと心を開くんだい? それは遠の昔、そう、ゲームセンターでブラウン管の画面が永遠にピカピカと光るピカソの絵のように汚れた記憶を思い返すようで無駄で苦しくて苦くてつまらなくて濁っていて味かないものだ。どうして君はそれを受け入れることができるのか? それは誰にとっても意味のない、酷いものだ」
僕の問いに対して彼女はコクリと頷いた。こいつ、本当は理解していないくせに頷いたな。僕はそう思ってから手のヒラにあるクジラの形をした消しゴムを潰す。
「でも私のこと、ずっと忘れないんでしょ」
「忘れるさ」
「忘れない」
「忘れる」
「無理だよ。絶対に忘れない」彼女は陰険な瞳で僕をジッと見て言った。
「忘れるさ!!」
僕は彼女の濁った瞳を見て叫んだ。
で、彼女は最近、都会で流行っているレンタルの鞄からチューインガムを取り出す。レンタルのカバンは有名なブランド物で僕はバカだなあと思って「それダサいよ」と言うが彼女は「赤いブドウと、シロナガスクジラと、モンブラン、アンデルセンを混じった味がするよう」と言ってチューンガムを口を上下に動かしながら言い、紫色になった舌をベエッとして僕に見せつける。それから彼女は僕に抱き付いて「〇〇君はあ、キウイの匂いがするう、昔、カエルを踏みつけた時の匂いと一緒なんだあ」と言いながら大きなクシャミをした。
「うるさい。僕は君を忘れる。だって僕の人生に君は必要ではないんだから、スーパーの天井の柄を君は覚えているかい? それくらい記憶にないものなんだ」
「私はそんな貴方がずっとう、ずっとう、嫌いだった。本当に大っ嫌いだった。でもね。好きなる。嫌いになると二歩、五歩、五十五歩、百歩って貴方が好きなる。これってなんなんだろうね。私、貴方の一部になりタイの。なんで私の事を見つけたの? どうして私に声をかけたの? 私の網膜には貴方が焼き付いて剥がれない。それでも忘れるの?」
彼女から600年前のフランス製の人形の香りがフワリとした髪の毛から漂った。
「嫌いじゃないんだ。でもさ」
僕の瞳に映る視界の外は弧を描いて回転していた。おしまいって誰かに呟いて欲しい。消えてよって誰かに褒めて欲しい。諦めろって励まして欲しい。でも地球の公転が……。月のわがままによって、太陽の権力によって、星々の苛立ちによって遮られる。この反逆者が狂わせた序盤が僕の肉体の歯車を落下させた。
「私、貴方の目が好き」
彼女は僕の方に顔を向けて言った。とても、とてもブサイクで、彼岸花が似合う顔だった。化粧も昨日染めた髪の毛も全てが色あせて見える。
「私、貴方の視線が好き」彼女は僕を強く抱きしめる。
「私、貴方の瞬きが好き」彼女は僕を弱く抱きしめた。
「それから、いつも優しく撫でてくれて、おやすみって言ってくれる貴方の声が好き」
青い点が降る中で僕は「でも、嫌いなんだ」と言いたくなった。
ハチミツを舐めるクマ、ハチミツを舐めないクマ、それをぬいぐるみにして新古車のボンネットに飾った車が反対車線から突っ込んできましたとさ。パチパチの2回手拍子。
代表的大和撫子
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