魔物

魔物

 俺はいつからか魔物になっちまったみたいだ。もちろん鏡で見ても、外見はちっとも他の人間と変わらない。角なんて生えていないし、大きな牙だってない。だけど、他の人間から見たら気の狂った魔物に見えるみたいなんだよ。
 だから俺には、誰も近寄ってきてくれないんだ。どこへ行っても、煙たがられちまう。そして俺は独りだ。いつもそう。
 がっかりだよなあ。俺だって、みんなと同じまともな人間なのに。どうしてみんな、俺のことが魔物に見えるんだろう。姿も形も、何も変わりやしないよ。

 俺はね、仲間が欲しいんだよ。魔物に見える人間じゃない、普通の人間として、同じ人間の仲間が欲しい。世の中は広い、だから必ず、俺のことを魔物としてではなく人間として解ってくれる人間が、どこかに一人はいるはずだろ? だからこうして街から街へと歩いているんだ。そんな仲間を探して歩いているんだ。
 それなのにだよ。俺がただ歩いているのを、魔物だ魔物だってわざとらしくやかましく騒いで、指を指して笑ったり、近付かなかったり、あからさまに馬鹿にしたりもする。酷すぎやしないか? 俺が何したって言うんだ? 俺の姿が嫌なら、目を塞いで見なきゃいいんだ。ほんと、呆れちゃうね。

 きっと本当は、俺のことを魔物だって言っている奴らの方こそ魔物なんだよ。俺が魔物じゃないことが一番の証拠だ。俺は人間。人間の俺が魔物に見えるのなら、そいつらが本当の魔物だ。俺が魔物なんじゃない。俺はまともな人間だ。
 まあ誰が魔物であろうが、そんなのはどうでもいいんだ。ただ俺は歌う。俺の声で、俺の歌いたいように、俺は歌う。犬が吠えるように、猫が鳴くように、鳥がさえずるように。俺が例え他の奴らにとっての魔物だったとしても、自由に歌うことは許されてもいいはずだろ? だから、俺は好きなように好きなだけ歌う。
 歌が上手かろうがそうでなかろうが、関係ない。大切なのは、歌うことなんだ。自由が許されている限り、俺には自由に歌う権利がある。そして誰にも俺の歌うのを邪魔する権利はない。ましてや俺の歌を聴こうともしない奴、自分で歌いもしない奴には、ね。

 さあ、一緒に歌おう! 誰か、俺と一緒に歌おうぜ!


「ねえお兄さん、お兄さん」
「おお、お嬢さん、一緒に歌いたいのかい? いいとも、さあ、一緒に歌おう!」
「歌うのが自由なのは構わないけれど、公共の福祉って御存知かしら? その歌声、うるさくって。それはまるで、魔物のうめき声。気味が悪い。近所迷惑なの」


 ああそっか。このクソガキも、所詮他の奴と変わらない、俺のことが魔物に見える奴だってことだな。あんたらの方が魔物なんだろうが、とでも喚き倒してやりたいが、俺も分別のある人間だ。解らないなら解らないで結構結構。俺の歌に興味もないガキは家へ帰って、おっぱいでもしゃぶってろって言うの。
 俺はクソガキに一発ピンタをお見舞いすると、走ってその場を後にした。泣き喚く声が後ろから聞こえたが、そんなの知ったこっちゃない。こんなチンケな場所じゃダメなんだ。もっと、もっと人がいる場所に行かないと。


 きっとそこには、俺の仲間がいる。俺自身を、俺の歌を、解ってくれる仲間がいる。

魔物

魔物

俺は歌う。誰かのためじゃなく、俺のために歌い続ける。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-12-12

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