春の短歌
英雄の着物を着せて飾り立て死地に追いやる医者も兵士も
石仏の見守る里や春近し日も高幡のみ寺照らせり
ランナーもゐる立春の山道に昨日の豆を消化しかねる
春立てど日はまだ低く傾きて山の鳥居にそっと注げり
父さんは凡人ですよ僕を見てアーサーミラー忌父に言ひたし
赤ん坊がママにスマホを向けられて絶望的な顔をしている
居心地の良い希死念慮に身を浸しまた日が暮れてゆくのを見送る
二十九で死ぬこともなくいたづらに体を壊しただけの青春
終わらない夢は世界を駆け巡るマッキンリーからあの星を経て
閉ざされた公園の中で花たちは誰にも見られず咲いているのか
たむしばのつぼみ朝呼ぶにわとりのくちばしのごとく春を呼びをり
大師なら拝島にだってあるけれど飴切る音は楽しかりけり
多摩川に沿うて走ればこの世にもあらぬ気のする止め天神
梅の香も色も小さきお社に添うてめでたき止め天神
伊勢
かむなきの卑弥呼のみやこかくもあらむ神楽祭りの太鼓轟く
早咲きの桜咲きけり初花見いともめでたき神の庭かな
いにしへの神のみやこを退きて仲間と浴びる潮風強し
行く先は真夏でしょうか遙かなる外国へゆく船を見送る
あなうれし国の行く末にほふごとく天長節に花盛りなり
若き日の夢を叶えた友の夢見た朝寝るも起きるも憂鬱
あの頃のシンジはいまやオジサンになり新しい若者がいる
久々に友と会ひたり少年は神話ではなく大人になりけり
花曇り重さうにゐる自動車は雨に打たれて私は眠る
お花見はおあずけだけど青空にあふれるような淡いピンクの
この五年楽しいばかりじゃないけれど仲間と過ごした日々散らすまじ
少年のように無邪気なおじさんと昼から飲んだ花見なつかし
空までは高すぎるから道端に憩へる星を花といふらし
若き日の君と見し花君はいま幸せですか僕と居ずとも
この街は君が住む街もし君があのままここに住んでいるなら
春の日の胸の痛みはさやさやと若人たちの笑みに吹かれて
若き日の君と見し花あったかもしれない明日は風に揺られて
この先の線路で人が死んでいるそれすら想像しない善人
手を伸ばし雨に触るればひさかたの雲とつながる何をか祈らむ
横顔のやうに素知らぬふりをして宵闇秘める夕暮れの藤
俗界の欲にまみれた境内のぺんぺん草の裏にゐる蟻
今さらになって母校のお社に学問上達祈ってもダメ
新緑と苔のみどりに降り注ぐ滝はかがやく汗一つ落つ
月よりも優しく虹より儚げに手の中にある絵を撫でてみる
閉鎖した公園の中鳥は鳴く見る人のために生きるんじゃない
この窓のひとつひとつに生活があって無数の星を見ている
春の短歌