Pieces



 雨の匂いは消えて
 その痕跡が、
 端の皺にはまだ認められて。
 喧騒に紛れて
 手を取り逃げた、
 あの夏の日を知らない、
 この
 室内の紙。



 花火の束は処分されるしかなかったから、
 綺麗な
 終わりを迎えることは出来なくて
 汚い文字と
 整った形で
 一曲目とプレイリストが、
 叶えた夢と
 小さなコメントに
 好きだった気持ちを、託したり。
 素早く消したり、
 悩んだり。



 開きっぱなしの辞書とページは
 借りて来た猫で
 机の上にある万年筆の重みからは
 走らない言葉が
 僕と思いの先を阻む。
 ただ好きということと、その理由を
 そのまま書けない、
 その理由を
 歌う彼女が知っている。
 だから、僕は考える。



 破られた銀紙を丸めて
 口の中で広げて
 一節に甘い、
 失われて、痛い。
 唱えて知る
 見上げて溢れる。
 追えない星。
 目の前の
 白色灯に消えて、
 リピートのタッチ設定。
 サビに向かう彼女に
 勇気と、希望を拙く繋ぎ
 今も聴いている、
 六角形の鉛筆。
 


 占いばかりの早朝には覚めない、
 僕は。
 




 いつも不思議なこの反転は、
 待つ人となる景色を変えて見せるから
 心を預ける曲に聴かせて、
 低く入る陽の、
 忙しない街の動きと流れを
 私の方に
 味方させる。



 ガラス張りの向こうに見えたから
 その後ろ姿は、
 春に咲く、出会いを散らし
 ベンチの上で捲れた、
 頁を押さえる。
 少し見えたらしいその述語が
 大事な告白の行方を示唆していて
 形の整った
 綺麗な眉根を寄せるも、
 睨み付けたい運命の悪戯はとうに過ぎ去って、次の人へ。
 物語を戻ろうとする、仕方がないというその仕草は
 けれど
 栞を指で挟んで、
 先を諦めることばを知らない。



 反射する、
 こちらのテーブルでメモした恋は
 空になったグラスから垂れる滴に濡れそうで
 不自然に長い電話番号を固く信じる、
 この指は
 一体何に掛けているというのだろう。
 いつもの自問自答は、いつでも始められる。
 けれど今回は、
 いつもみたいに自分の答えが暗い向こうから顔を出さないから、
 程よいぐらいでわざとらしく途切れる電話口のコール音から続く、機械みたいに整った優しい台詞が軽くて、赤い風船みたいに手放さない。
 そう誓うことが出来ないくらい、
 私は、



 もう賢くなった。



 観た映画の半券はすぐに捨てる。
 綺麗好きだから、とすぐに言い訳をする。
 ガラス張りのカフェテラスを横目に、卸したてのブーツで新しい人と二人、公園の芝生に足を踏み入れる前に叩く舗装されたこの道で、時間を過ごそうとするわたしは自分勝手に見上げることが出来ず、何度も聴いて大好きな『琥珀の月』を探せない。
 大人向けの絵本だってあるのだから簡単で分かりやすいのが絵本になる。そう単純には言えないと思うって、わたしがこの人に話すのはさっき観て大好きになった映画がそういう連想をさせるものだったから、出会ったばかりの二人としてお互いの事を知るために意見した。常々、現実を引き剥がすのは心を込めた寓意だって思っていたし、傷が癒えない恋を抱えて友人になろうとする、歌詞とあの子のことが大好きになっていたから。



 わたしは物に対して、沢山の事を託すのが苦手なんだと思うから、この思いを乗せて過不足を感じ取れる言葉の比喩とメロディに重きを置いている。だから綿に包まれて大切にされた羊は、電気的な夢を見るのだろうかなんて意味がありそうでなさそうな表現が好みになる。きっと正確さと現実味を同視してその隙間に入り込む忍者みたいな、その谷間に飛び込むトレジャーハンターの自画像をコスプレのように楽しんでいて、ベンチの前を通り過ぎて。
 そこに誰も座っていないことを、また横目で見て。



 合わない歩幅は、どちらかのペースをスローにする。あるいは二人とも。
 劇場に置かれていたパンフレットを裏返しにして、わたしはその人と無作為に指をぶつける。そこに書かれていた出演者の長くて短かい名前と共に、過去作品の良かったところと制作が決まっている次の物語に抱く期待と不安を混ぜ合わせる。好きと嫌いの基底に響く、似たような心情と共感は確かな種だと密かに思い、けど思っても見ないところに、知りたいって思ってしまったところにその矢印を向ける興味は脇役に徹したわたしの手に余る。公園の端、上がって見える花火。あの夏の日に戻らない、戻れない歩みを続けても。
 それでも、その先の道を、帰り道と感じる。
 あの子じゃないわたしとして。



 主役になろう。
 アンダンテ、という用語を知った一曲をイヤホンを外して歌うとき、静かな、そして深く潜るような歌詞と突き抜けるような高音にわたしはついていけない。だから声を隠して、心を開いてその思いに浸る。
 


 「まつ毛が触れるくらい、」



 思っても見ないところに、知りたいって思ってしまったところにその矢印を向ける興味はやっぱりわたしの手に余る。公園の端、上がって見える花火。あの夏の日に戻らない、戻れない歩み。
 その先の道を、それでも帰り道と感じるのなら。
 あの子じゃないわたしとして。
 やっぱり、



 踊ってみせよう。
 雨に唄わず、晴れた日に、いつか貸していた傘を返して貰えるように。


 

Pieces

Pieces

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-02-10

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted