ひとりとひとり

 引きづられる。底に。戻ることができる程度の底だから、べつに深刻ってわけじゃない。大丈夫。這いあがれる程度に、引きづられるんだ。あそこに手をかけて、戻って、また規則正しい呼吸をする。吸う、吐く、また、不規則になるまで。ときどき、戻らなくてもいいんじゃないかって、足のつかないほうへ、行ってみたくなると、かならずきみの声がする。底にいるのに、明瞭なきみの声はずるい。ひとりではたしかめられないじぶんの輪郭。きみとの境界が、ここにきみがいて、ぼくがいることの証明。ひとりで底にいるとぼやけて溶けだす輪郭が、きみの声で、するする線を取り戻す。きみが証明するぼくを、ぼくを証明するきみを、だから、愛していける。

ひとりとひとり

ひとりとひとり

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-02-06

CC BY-NC-ND
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