ペストマスクの男。
歩く度、泥濘んだ地面にスニーカーが沈む。
纏わり付く湿気と額に浮かぶ汗を拭いながら、薄暗い路地裏を進んでいく。
両側の側溝を流れる汚水からは、どぶの臭いが耐えず漂ってくる。
曇った夜空、絡み合う電線、配管、切れなかった街路灯、室外機、壊れた電飾看板……。どこを見ても、爽やかになれるものなんてない。
薄汚く、退廃的で、不衛生。
年中湿度の高いこの街にいると、巨大で粘着質な憂鬱が伸しかかってくるような感覚になる。
狂うことも出来ず、爽やかにもなれない。
ただただ何にも変わることが出来ない大きくもない絶望に、気分が暗くなるだけ。
ふと顔を上げる。
配管や電飾看板に、背筋が凍り付いてしまう程に大量の縄が吊るされていることに気が付いた。縄の先には輪が作られている。
憂鬱に負けた街の住人が行き着く先が、これだ。
前方から視線を感じた。
妖しく光る自動販売機に照らされて、濃紺色のペストマスクを被った男が立っていた。じっと、こちらを見ている。
何故、1人で、そんなところに。
「救ってあげるよ」
ペストマスクの男の低い声が、路地裏に響いた。
ペストマスクの男。