ブレード・オブ・ナイツ five
第五章 四聖獣 白虎
俺の目の前でまた一人大切な人を死なせてしまった。
俺の背中にもたれ掛かるように死んでいる美香をおんぶして街に戻りながら俺は後悔という名の怪物と黙々と戦っていた。
その間綺羅とは話はしなかった。
やがて街につき盗賊たちをキングに受け渡し、俺は自室に戻ることにした。
それから何分がたっただろう。気づくと外は暗くなり夜を迎えていた。
ドアをノックされた音がしたので返事を返す。
「開いてるぞ」
入って来たのは綺羅だった。
「洞窟内での話はどうなりましたか?」
洞窟内での話とは綺羅が美香を生き返らせる方法のことだ。
「ああ、白虎のことだろ? 確率的にはどうなんだ?」
この世界には四匹の聖獣の名を持った者がいる。その中の一人が白虎なのだ。俺は何かとその四聖獣たちと仲がいいがそれはまた別のお話だ。
「確率的といいますと?」
「美香が蘇る確率と白虎に会える確率だ」
白虎は一つの場所に長くいない。本人曰くすぐに飽きるんだそうだ。
「会える確率はほぼ百パーセントです。あの方はあなたが好きですから会いたいと言えばあの方から会いに来るでしょう。……ですが、蘇生の方は……」
綺羅が口ごもる。その状態は蘇生させるのはかなり低い確率だというのを示していた。
「そうか。……まあ、会ってみないことには何も始まらないか。綺羅、あいつに会いたいと伝えてくれ」
「はい」
言うと綺羅は俺の前から消えた。能力を使って白虎の元へと向かったのだろう。
初めと同じ一人になったので、
「俺は……起きていても何もないから寝るか」
と独り言を言ってベットで横になった。
「ここは、どこだろう」
そこは真っ白な世界だった。
私は確か慎二を庇って銃に撃たれ死んだはずだ。
ならここは死後の世界なのだろうか。いや、たぶんそうだろう。
何もない。まるでまだ作られていない世界にいるみたいだった。
「あなたも選ばれたのね」
急に声をかけられてびっくりしながらも声の方向を見るとそこには綺麗な女性が立っていた。
長くはなく短くもないふわふわとした髪で笑った顔はまるで天使だ。背は平均より少し高めだがちゃんと女の体になっている。日本で言う小野小町という言葉はこの人のためにあるのではないかと思ってしまう。
私はしばしその女性に見とれてしまった。
「ごめんなさいね、いきなり声をかけてしまって。私は荒貝舞美よ。よろしくね」
荒貝舞美、今女性は透き通る声でそう言った。
「わ、私は心菜美香、です」
「心菜さんて言うの、可愛い名前ね」
再び笑った。馬鹿にしている笑いではない。純粋に私の名前が可愛いということに笑っているのだ。
「あの、ここはどこですか?」
「ここは『スタートワールド』。私はそう呼んでるわ」
スタートワールド。確かにそう呼ぶのが正解かもしれない。私の周りには塵ひとつない真っ白が広がっている。
「あなたはやっぱりあの世界から来たのでしょう?」
あの世界とはたぶん慎二たちがいる世界だろう。
「はい。……そういえば選ばれたって何にですか?」
最初に舞美さんは私に選ばれたと言った。それはなんなのだろうと思い聞いてみた。
「そこからの説明からね。いいわ付いて来て、私の家に送るわ」
美香が死んでから約一日が経った。
美香が死んでも眠いと人は寝てしまう。俺も大切な人が目の前で死んだというのにぐっすりと寝てしまった。
「最低だな、俺は」
俺は自分で自分を否定した。
「何が最低なんだニャ?」
子供っぽい声が俺の後ろから聞こえる。
「び、白虎、いつからそこへ」
振り向くと白い耳、白い尻尾を付け、白い肌に銀の髪をした子供が寝ていた。
「ん、ニャー。昨日から、かにゃ?」
き、昨日からだって? まさか、俺は白虎が俺の部屋に入ったのに気づかなかったのか?
「そんなことはどうでもいい! お、おま、服! 服は!?」
そう、今俺の目の前にいる少女もとい白虎は一糸まとわぬ格好で寝ているのだ。
白虎は自分の体を見て少し考えこう言った。
「んーっと、確か着ていたはずニャ」
だから着てないって言ってるじゃん!
「今現在のことを聞いているんだけどな!」
子供とはいえ相手は女の子なのだ裸を見るのは純粋な男としては何かと考えものなのだ。
「んー、どうして服は消えたのニャ? まったく、この世界は不思議だニャー」
不思議なのは裸を隠さないお前の方だ。
「それよりも慎二、私に会いたいと言ったそうだニャー? どうしたのニャ? 遊んでくれるのかニャ?」
と言って俺に抱きついてくる白虎。
「うわー! バカ、お前服着ろって! 頼むから服を着てくれぇぇぇぇええええ!!」
「何を朝から叫んでいるのですか、あなたは」
綺羅は気配もなく俺の部屋に入ってきていた。
「おお、綺羅いいところに来た。白虎に何か着せてやってくれ」
まったくと言って自分が羽織っていたパーカーを白虎にかけた。
そして、白虎を抱っこして俺から離れさせた。
「いいですか、白虎様。いついかなる時も服は着ていてくださいとあれほど言いましたよね?」
綺羅は四聖獣の名を持つ白虎にお説教をし始めた。
「ち、違うんだニャ! 気づいたら服がなくなっていたんだニャ! これは私のせいじゃないんだニャー!」
自分のせいじゃないと必死になって議論する白虎。
「嘘をつかないでください。白虎様は昨日お風呂に入ったあと何も纏わず慎二さんのお部屋に入ったでしょう?」
「うっ、それは……だ、ニャー」
まるで兄弟ゲンカならぬ姉妹ゲンカだ。だが、俺はそんなケンカを見て笑いがこみ上げて来た。
「ふ、ふふ、ふはははは」
「何を笑っているのですか!」
「おお、慎二が笑ったニャー!」
綺羅は怒り、白虎は笑い、俺は喜ぶ。俺は不思議と心が温かくなってきた。
「すまんすまん、さて白虎。お前に聞きたいことがあるんだ」
舞美さんに連れられて来たところは決して大きくはないが立派な家だった。
「あのー」
「何かしら?」
舞美さんの受け答えは実に自然的だった。
「ここが、舞美さんの家なんですか?」
「そうなるわね」
淡々と答える舞美さんはとても綺麗だった。
この家も外から見ても立派だったが中もなかなかに立派だった。
「どれくらいここに居るんですか?」
舞美さんは一瞬顔をしかめたがすぐにいつもの表情に戻り言った。
「そうね、とりあえず数えられないくらいいたはずよ」
「出られる方法はないんですか?」
「今からその話もするからちょっと待ってて」
舞美さんは奥の方に行って、数分くらいで帰って来た。
帰って来た舞美さんの手には大きく分厚い一冊の本があった。
「何ですか、それは?」
舞美さんはその本をテーブルの上に置くと本の一ページ目を開いた。
そこにはたくさんの文字や絵があった。
「こ、これは……」
「これは私がここで集めた情報の塊よ」
情報の塊、これほどの量を集めるために一体どれほどの時間と労力が必要なことか。
「今からこれを元に話すわ、よく聞いていてね。私がここに来たとき既に誰もいなかったわ。この家も存在はしなかった。まず私はこの世界で何ができるのか調べたの。わかったのはこの世界で考えたことが現実化するってこと。それと一定の条件をクリアすると外の世界が見えるってことだけだったわ。あ、言い忘れてたけど現実化するのは生きていないものだけよ」
つまり、人間関係以外はなんでも手に入れられる世界ということだと私は認識した。
生きているもの以外全部が手に入る世界。それは誰もが一度は夢見た世界だろう。だが……
「あの……」
「何かしら?」
「わ、私、元の世界に帰らなきゃならないんです。どうすればいいですか?」
さっきまで笑っていた舞美さんの顔が暗くなる。嫌な予感がした。
「……それは、できないわ」
答えは私の思った通りになっていく。
「そう、ですか」
やはり死んだものは生き返りはしないのか。もう、慎二の顔は見られないのか。
「で、でも、この世界にはまだ解明しきれてないことがあるから絶対ってわけではないのよ? だから、そんな顔をしないで解明しに行きましょう?」
舞美さんが励ましてくる。そうだ、まだ出られないとは限らないそれなら足掻いてもがいて出口を見つけて必ず慎二の元へと帰ればいいではないか。
「そう、ですよね。まだ決まったことじゃないんだから諦めたらいけませんよね」
また、慎二に会えるその日まで私はあきらめないよ。だから、慎二。早まったことはしないでよね。
そう私は心に決め、明日へと足を進めた。
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