かもの野ざらし 第三号 令和四年二月
三ヶ月ぶりとなってしまいました。ほとんどは昨年のうちに書いたものですが、途中で作業は泊まってしまいました。そんな事情なので「今年」を「昨年」に書き換えた箇所があったり、自分の中でもまだ整理しきれてないところもあるけれど、ここで一区切りとしました。
今月の詩
冬の陽本当は包み込みたかった
想い出を降ろしたい雪が降る前に
新しい道にハモる鼻歌
ジャスミンティーいつまで秘めたままのつもり
訣別してこの町の雀で
クリスマスツリーも所詮は渦
待つ者の強さいつも同じ歌
真っ暗な午後四時ここから立ち上がる
今を精一杯釜揚うどん
ストーブにだけ見せる顔がある
車掌に飾られるふたりの関係
あの日のしゃっくりアニメ化するらしい
地震速報やがて我にかえる
特急列車
JR北海道の特急オホーツクは、キハ183系と呼ばれる国鉄時代に生まれたディーゼル車輌が使用されている。30年以上使われているわけだから古さを感じるし、最高速度も他の特急用車輌と比べて若干遅いようだ。
特急オホーツクは上川-白滝間で北海道の背骨とも言うべき峠を越えることとなるが、この間を走行する車輌ではエンジンがかなり辛そうな音を立てている。そしてその影響かわからないけれど、その区間は車内温度が2度以上も上昇する。真冬だと外は氷点下10度程度なのに汗が止まらない。普通に走ってくれればまだ良いけれど、この冬も峠を登ることが出来ず運休になったことがあったらしい。それに乗っていなくて本当に良かったと思う。
過酷な環境を満身創痍の老体で走っていると考えれば、同情の気持ちもわいてくる。そうはいっても、札幌-網走間を5時間30分、まともに乗っているとさすがに腰にくる。さらに言えば、この数ヶ月間4往復したが時間どおりに到着したことはない。鉄道趣味の素質があれば余計に長い時間乗車できた喜びを感じられたかもしれないが、自分には「鉄」の素質はないように思う。
札幌-網走間を往復の割引切符を使って一万五千円ちょっと。高速バスはそれより安いし、飛行機(新千歳-女満別)だって片道七千円台の便があったりする。積極的に鉄道を選ぶ動機はあまり見当たらない。
でも、もし鉄道がなくなったら、寂しいという気持ちは生じるだろう。他の交通機関と比較しても、より強く郷愁に近い位置にある交通手段であると思われる。
個人的には鉄道の車輌よりも、地方の小さい駅の駅舎に惹かれるものがある。雪の降る夜、小さな駅に停まった列車からひとり乗客が降りて歩き出す光景を見ると、脳内に音楽が流れてきそうになる。そしてその音楽は多くの場合、冨田勲の作品である。
ちなみに、冨田勲の生前最後に発売されたCDのタイトルは「オホーツク幻想」だった。ジャケットには機関車が描かれている。
七対子
80年代にNHK教育で放送されていた「趣味講座 ベストサウンド」という番組が某動画サイトに上がっていたのを観た。講師が松岡直也、アシスタントが谷村有美、ゲスト講師が和田アキラというキャスティングだった。当時も観ていたはずで、ぼんやり覚えている。今考えると豪華な組み合わせだと思う。
松岡直也さんは数年前、和田アキラさんは昨年鬼籍入りされてしまった。あの頃よく聴いていた音楽の担い手が亡くなってゆく。昨年はT-SQUAREのキーボーディストだった和泉宏隆さんも亡くなっている。スクエアもカシオペアも良く聴いていたが、80年代後半に多く聴いたのはプリズムだったと思う。
谷村有美さんは昨年、報道で久々に名前を見た。喜ばしいニュースではなかったけど、きれいな歌声だったなぁと思い出す。そして麻雀がしたくなる。
彼女はデビュー当時、早朝の情報番組のレギュラーだった。僕はその頃しばしば徹夜で麻雀をして、終わった後テレビで彼女を見ることが多かった。なので、あのハイトーンの歌声を聴くと頭の中に麻雀牌が並ぶのだ。
麻雀で好きな役は七対子だった。変な達成感があった。今考えるとその当時から七の組み合わせが好きだったようだ。
かもの野ざらし 第三号 令和四年二月
2012年2月4日、記憶が間違っていなければ、はじめてTwitterに自由律俳句を書いたのはこの日でした。
それから10年、興味はいろいろ揺れ動いているけれど、自分の表現を今も探し続けています。