小さな重要性のなにか
1、あの時もはやどうやって立っているのかわからないくらい弱っていたタキ君の愚痴をちゃんと聞くべきだった!とミユはベッドの中で閃いたように後悔した。気分の変調と野心のせいで彼女は色んなものを見捨てなくてはならないが、嫌いなものを見捨てるのはまだいいとして、愛せる可能性が僅かでもあるものまで見捨てるのはどうか?結局私というやつは非情なのよ、とミユは考える。彼女の結論はいつもここに行き着く。
2、よしえは市役所の自動ドアを通過し順番発券機からナンバーの印刷された紙を引き抜く。背もたれの無い合皮張りの椅子に座って待つ。真向かいは壁だった。その壁の表面は米菓の雪の宿を連想させた。斜め右前に座っている白いセーターを着た髪の長い小太りの女は三年前に辞めた会社の同期に似ている。こういった愛嬌のある小太りの女と喋ったりするのは大抵自分を惨めにするからできるだけ避けなければならない。数分後よしえは自分のナンバーを呼ばれる。その時の自分の反応の俊敏さときたら堪らなく惨めったらしい。自分の名前を呼ばれて疑う余地もなく主人の方を振り返る、犬。自分のナンバーを呼んだ役員を主人と認識しているわけでもないのにまるで犬。これは私の体の咄嗟の反応であって私の意志とは関係ない、とよしえは周囲に弁護したい気持ちではち切れそうだった。
3、休憩中。中庭にて。行き交う幾つかの会話の中から「鳥になりたい」と誰かが言ったのをやよいの耳はとらえる。やよいが常々考えてきたのは鳥は、特に野生の鳥は、人間が思う以上にシビアだという事だ。ニューイヤーカウントダウンの花火のせいで、木に止まって休んでいた何万羽もの渡り鳥が心臓発作で死んだという記事をやよいは思い出す。その無防備な皮膚を想像する。
4、あさくらは不要品を処分する為に売却店を訪れた。色々詰まったキャリーケースをカウンターに置く。店員に査定の間は店内でお待ち下さいと言い渡されたが他人の不要品に興味など持てない。あさくらは五分足らずで店内を一周した。ゆっくりと引き伸ばした練り消しみたいなぼそぼそとした気分だった。すっかりあさくらは退屈に打ちのめされていた。今にも細胞が分化への意欲をなくしてしまいそうだ。もはやこの退屈が一つの忠告のように思わずにはいられない。「私はこの退屈に慣れねばならない」
5、けんたろうはこの二階の床は抜けたりしないだろうか、とかここに置きっぱなしのスプレー缶は暴発しないだろうか、とかこのトイレは逆流しないだろうか、とかを案じていた。これが杞憂かどうか判明するのは彼が死ぬときである。
小さな重要性のなにか