(仮)

 誓う。青い月が、みている。赤い部屋にいて、黄色い夢をみているあいだだけ、しあわせな気がして。あとはもう、とにかく、無垢に。浮遊する。きたないものなんて、しらないんだ。
 おおかみのこどもが、わたしを、おかあさんだと思っているのが、せつないよ。バウムクーヘンを、四つに切り分けて、ふたつずつ食べた。ほんとうのおかあさんも、おとうさんも、おおかみのこどもはしらないのだと、こどもを保護した田中さんは言っていた。ほんとうのおかあさんとおとうさんをしらないからって、わたしを、おかあさんとするのはどうかと思うと思ったけれど、田中さんはけっこう、がんこな大家さんである。ペット禁止を謳っているアパートなのに、おおかみのこどもがゆるされるのも、田中さんが大家さんであり、田中さんのお子さんがおおかみの研究をしているからで。拒否権がないわけではないけれど、おおかみのこどもは、まだ、どうしようもなくちいさくて、かわいいので。拒めるはずがない。
 大学にも、ほんとうのおかあさんとおとうさんをしらないひとは、多い。そういう時代なのねと、田中さんはしみじみと感じ入っていて、でも、わたしたちの世代はうまれたときから、そういう時代だったので、田中さんの心情は、よくわからない。友だちも、サークルの先輩も、二日前までつきあっていた恋人も、みんな、仮のおかあさんとおとうさんがいた。わたしには、どちらもほんものが存在しているので、めずらしがられる。だいたい、この世界のものが、さいきん、ほとんど、レプリカであるのだし。代替品はいくつでも製造できますと宣伝する、テレビのコマーシャルに対して、田中さんは露骨に、嫌悪感をあらわにするのだ。
 おおかみのこどもが、バウムクーヘンをもっとくれと訴えている。
 言葉はわからないけれど、なんとなくわかる。
 外は、ゆうれいも凍るほどに、寒いけれど。
 わたしはダウンジャケットをはおり、スニーカーをはいて、玄関のドアを開ける。
 おおかみのこどもは、ホットカーペットのうえに丸まり、うう、と吠える。
 いってらっしゃい、と言ったのだと思う。

(仮)

(仮)

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-01-28

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