デリート

 他者。依存と、滅びとが、横並びで。刺してくるの、容赦はなく。無慈悲。
 夏のけはいをのこして、きえたあのひと。冬のさなかに、きみを思い出せなくて叫んだ。夜があった。百舌鳥(もず)が、コーヒーを淹れているあいだにも、ひとつ、ひとつと、おわっていくものの、有機体が無機物に変わる瞬間の、無音。嗤っているのは、すべてを知っているかのようにふるまう、神さま気取りのひと。俯瞰して、なんか、預言者めいたことをのたまう、テレビのなかのひと。ベランダで、たばこを吸いながら見やる、遠くの、眠らない都市の、静かな光。
 むかしの歌を、口遊んでいて、おだやかなきもちがうまれたときの、昨日まで許せなかったものを、みんな、やさしくそっと、包んであげたい感覚も、きっと、不遜だと、きみは云うだろう。わたしの記憶は、ブツ切りに、たぶん、たのしかったできごとだけが、削除されていて。もう。そのうち、きみのことも忘れてしまうのだろう。百舌鳥のことも。一夜だけ、なりゆきで添い寝をした、あの石膏像のことも。釣り堀に棲むワニと仲のよかった男と、お酒を飲んだ日の、月のあかるさも。

デリート

デリート

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-01-27

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