ショートケーキ

ショートケーキ

   
「人生って八回有るらしいよ。」

 空の向こうのほう…下のあたりにだけ橙が残った夕方頃、帰り道に君がそう言った。

「やってられないね。」

 小石を蹴飛ばす爪先は、良く見れば少し削れ始めていた。大切に扱っているつもりでも、時間が経てば綺麗なままというわけにもいかない。

「嘘。でもさ、本当に人生が八回あったら、八回恋人同士になるのかな、俺たち。」

 そんな時思い出すのは、好きだと伝えたあの日でも、初めてキスをした日でも、最後に手を繋いだ君の体温でもなく、一緒に食べた安いショートケーキの味だった。

「さあ、どうでしょ。」

 丁寧に切り分けることもなく、無造作に切り崩して食べた白と赤の断面。その向こう側に、薄ぼんやりとあの日の君の笑顔を思い出した。

「まあ、八回とも、幸せになってよ。」

 そして、食べ終えたプラスチックの皿に残った生クリームが恨めしそうにこちらを見ていたことも。

 明日、君が切り分けるケーキは何色なのだろう。あの日のことなど綺麗さっぱり消え去ってしまうように、真っ直ぐ、それはそれは真っ直ぐに、綺麗で、美しいそのひとつを、たった二つに切り分けるのだろう。

「もちろん、自力で。」

 きっと百回あったって、わたしたちが辿り着くのは今日というこの結末で、君は明日、他の誰かと永遠を誓うのだから。

ショートケーキ

ショートケーキ

あの日君と食べた安物のショートケーキ

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-01-26

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