ショートケーキ
ショートケーキ
「人生って八回有るらしいよ。」
空の向こうのほう…下のあたりにだけ橙が残った夕方頃、帰り道に君がそう言った。
「やってられないね。」
小石を蹴飛ばす爪先は、良く見れば少し削れ始めていた。大切に扱っているつもりでも、時間が経てば綺麗なままというわけにもいかない。
「嘘。でもさ、本当に人生が八回あったら、八回恋人同士になるのかな、俺たち。」
そんな時思い出すのは、好きだと伝えたあの日でも、初めてキスをした日でも、最後に手を繋いだ君の体温でもなく、一緒に食べた安いショートケーキの味だった。
「さあ、どうでしょ。」
丁寧に切り分けることもなく、無造作に切り崩して食べた白と赤の断面。その向こう側に、薄ぼんやりとあの日の君の笑顔を思い出した。
「まあ、八回とも、幸せになってよ。」
そして、食べ終えたプラスチックの皿に残った生クリームが恨めしそうにこちらを見ていたことも。
明日、君が切り分けるケーキは何色なのだろう。あの日のことなど綺麗さっぱり消え去ってしまうように、真っ直ぐ、それはそれは真っ直ぐに、綺麗で、美しいそのひとつを、たった二つに切り分けるのだろう。
「もちろん、自力で。」
きっと百回あったって、わたしたちが辿り着くのは今日というこの結末で、君は明日、他の誰かと永遠を誓うのだから。
ショートケーキ