冬にある夏

 ほら、踏み潰しちゃった音がする。こびりついている。鼓膜はあの日と変わらない。こころのほうは、すこしずつ変わっていくのに。
 靴の裏を、どうしても確かめることはできなかった。ぐしゃり、きっとだれかが捨て置いたスナック菓子の袋だと思い込んで、思い込みながら、暗闇のなかで靴を洗った。おかしたかもしれないなにかを、そのことを、確かめないままで。蝉の鳴く二十時の頃。朝になってまっさらになった靴をみて、洗い流せないものの存在を知った。
 ほら、また音がした。きまって思い出す、冬の、静かな午後。つめたい空気で満たされた肺。繰り返す呼吸でだって、まだ、こびりついたままのそれ。囚われ続けていることに、正しさも、償いも、崇高さもなにも、ないってわかってても。まだ。

冬にある夏

冬にある夏

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-01-25

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND