傷口
澄んでいる。骨が、ひしゃげる音がして。亡霊がみえる。午後八時の、空想劇の閉幕に、つくられたひとびとの拍手喝采に、だれにもゆるされない恋愛に、夜ごと現れる片脚のない獣の鋭い爪が、ぷつり、と、くいこむ。
知らないでいたかった。なにも。
とくに、感情。厄介なものを内蔵させたものだと、ときどき、神さまをうらむ。
すこし冷めたパンケーキのうえで、バターのかけらはむなしく、すべる。いちごジャムを、これでもかというほどのせて、ナイフではなく、フォークで切り分けるために、がたがたの断面になるのも厭わない。ノエルが、星のいけにえになった朝のことを思い出してみても、どこかフィクションめいていて、あれはやっぱり夢だったのではと疑いたくなる日もある。風船が割れるみたいに、かんたんに、こわれるのだ。透明な水のなかで、長い年月をかけて、熱を失いかけている太陽が、切なく揺らめいて。ゆらめいて。
星の使者に手をひかれて、星の体内にとりこまれた、ノエルの代わりに、きみはやってきた。
言語も、常識も、理性も、きみにはなく。けれども、おなじ、生きている同士、命は平等であると、ぼくは思うので、きみをうけいれて、きみの血と、肉をつくり、きみはぼくの、なによりもたいせつなひとになったね。
だいじょうぶ。
ぼくと、きみの、ふたりならば。
すべてが破裂して、中身があふれだしても。
傷口