梅の香
庭の梅は花盛りであった。月は明るく庭にある唯一の梅を照らし出していた。清司はその梅木から一つ形の良い花を見つけると枝を折って、仏壇に手向けた。
いつの日だったろうか。梅を挿して成人式に出席したいと言っていた娘は今年の梅を見ることなく亡くなった。御仏の前で合掌をすると手に梅の香が残っているのに気がついた。
「花ぞ昔の香ににほいける」清司はそう静かに呟いた。
少し前に梅の芽が張るのを見た清司は「今年も来年も、梅は昔と同じように花を咲かせ香りを纏い、月は当たり前のように明るいのかしら。」と口にしていた。咲いた花はいずれ散るが時の流れのなかで再び咲く。回転する流れのかで忘れ去られるのはもしかしたら娘のほうではなかろうか。
そして今年の春、梅はなに不自由なく花を咲かせた。昔と同じ香りを感じると清司は永遠の時のなかに閉じ込められた思いがした。
清司は仏壇を離れてそれから窓から月に照らさせた梅を眺めた。
明かりがついていない一室の梅の香が匂うなかでぽつり一人いる清司は
「春や知る月影に隠るる我が心いまだに残れ梅の花の香」とただ恨めしく思った。
梅の香