ルルシィ・エイプリル

一ノ瀬まち

未完結。随時章追加します。

森の魔女

この街から程近い所にある、小さな森。
そこには怖い魔女が住んでいて、森に入ってきた人間に、なにか恐ろしいことをするんだとか――。
もうずいぶん長い間、街の人々の間では、そんな言い伝えがまことしやかに囁かれています。

「もう、失礼しちゃう。私、そんなに怖い顔してないわ!」

その森の、一番深いところ。街の人間は誰も立ち入らない奥の方に、ひっそりと小さな家が建っていました。
ルルシィ・エイプリルは、そんな家にたった1人で住んでいる、魔女の子です。

「全部お師匠様のせいなんだから! あの人の人間嫌いは本当に酷かったわ」

マシュマロのように頬を膨らませ、ルルシィは懐かしい記憶に思いを馳せました。彼女のお師匠様は何年か前に亡くなっていましたが、その魔女らしい性格のせいか、息を引き取る直前まで意地の悪い顔で笑っていたせいか、ルルシィはあまり寂しいとは感じていません。寂しさよりも先に、お小言が出てきてしまいますから。
お師匠様は人間を毛嫌いしていましたが、ルルシィはむしろ人間を好ましく思っていました。価値観も、なにもかもが違う彼らの行動には、いつも興味津々なのです。
ルルシィは鏡の前に立つと、スカートのシワをはたいて伸ばしました。淡いピンク色の髪の毛はいつも通りクリンとカールして決まっていますし、目はぱちりと大きく、快活なルルシィの性格をよく表しています。宇宙のような幻想的な青い瞳は、ルルシィの自慢の1つです。
紺一色の服は少し地味ですが、ふわりとしたスカートのラインは、とっても気に入っていました。同じ色のとんがり帽子をかぶれば、どこからどう見ても可愛らしい魔女の子です。

「よし、完璧」

鏡の中の自分に1つウインクをして、ルルシィは扉を開けました。一面の木々と、きらきらと美しい星空が目に飛び込んできます。街からはこんなに美しい夜空は見られませんから、ルルシィは人間と同じくらい、この森も大好きでした。

「さて、今日は何をしようかな」

空をスキップしながら、ルルシィは上機嫌に鼻唄を歌いました。今から向かうのは人間が住む街です。
ルルシィは、人間が大好きです。価値観も、なにもかもが違う彼らの行動には、いつも興味津々なのです。そしてなにより、彼らが驚いたときの反応は、ルルシィをうんと楽しくさせてくれます。
だからつまり。
魔女の子ルルシィ・エイプリルは――人間にいたずらを仕掛けるのがとびきり大好きな、女の子なのでした。
最初のうちは、人間と関わりを持ちたくて始めたことでした。ですから時々いたずらをして、時々は人助けをして、毎日を過ごしていました。けれどルルシィは、人から感謝されることよりも楽しくて面白いことの方が好きでしたので、今となってはすっかりいたずらばかりするようになっています。もちろん、本当に困っている人がいれば助けるつもりはありますが。
嘘をついてみたり、他人に化けて騙してみたり、あるいは単に背後から忍び寄ってビックリさせてみたり。ルルシィのいたずらは多岐にわたります。特にルルシィは嘘をつくのが上手で、この街に何人かいる人間の知り合いには、時々「嘘つきルルシィ」と揶揄されるほどです。嘘をつくのが上手なのは認めますが、その呼び方がルルシィはあまり好きではありません。

「どのへんがいいかなあ」

ルルシィは上空から、眼下の街を見回しました。いつもこうして人間を探しながら、一体どんないたずらを仕掛けてやろうかと考えを巡らせるのです。
普段ならば道を歩いている人や適当な民家に目星をつけるのですが、この日ルルシィの目に留まったのは、少しだけ違う建物でした。白くて、他の家よりもずっと大きな建物です。実のところルルシィはこの建物が苦手で、今まで避けていました。時々とっても悲しい気配が、この建物からするのです。
けれども今日は、その建物の中に人影を見つけました。いつもはこの時間になるとしいんと静まっているその建物で、眠りもせずに佇んでいるその人間が、ルルシィはとっても気にかかりました。
いたずらを仕掛けに来たのだということも忘れ、ルルシィはその人影にふわふわと近づきました。ルルシィと同じ年ほどの、華奢な男の子が窓辺に立っています。その男の子はルルシィの存在に気が付くと、それはもう驚いたような顔をしました。
コンコン、と窓ガラスをノックすると、男の子は慌てたように窓を開きます。

「こんばんは。ねえ、あなた、ここで何をしているの?」
「なにって、なにも。眠れなくて、ボーッとしていたんだ。君こそ、何をしているの?そ、その……空に浮いて」
「ちょっと遊びに来たのよ。それに魔女だもの、空くらい浮くわ」

男の子は、へえ、と感心したような声をあげます。ルルシィはそれで、すっかり得意気になってしまいました。

「僕、魔女って初めて見たなあ」
「そりゃそうよ。森には私とお師匠様しか、魔女はいなかったもの」
「君、森から来たの!」

男の子はうんとビックリした様子でしたので、ルルシィは戸惑いました。何にそんなに驚いているのか、分からなかったのです。しかし次の男の子の言葉で、ルルシィはすっかり、分かってしまいました。

「森には怖い魔女がいるって、みんな言うよ。パパもママも、看護師さんも」

この誤解を解かなくてはいけないと、ルルシィは思います。窓の縁に手をつくと、ずい、と身を乗り出しました。ビックリした男の子は、少しだけ後ずさります。

「それね、全部嘘よ。確かにお師匠様は人間が好きじゃなかったから、少し怖いこともしたかもしれないけど。私は怖い魔女なんかじゃないわ!」

ルルシィのすることと言えば、せいぜい後腐れのない嘘を言うことと、可愛らしいいたずらくらいです。それだけで怖い魔女と称されるのは、納得がいきませんでした。
それになにより、大好きな人間に恐れられることが、ルルシィはたまらなく嫌だったのです。

「ご、ごめんね。みんなが言うようなのと違って、ちょっとビックリしただけなんだ。君を見て怖い魔女だと思った訳じゃないよ。だって、こんなに可愛いもの」

男の子は困ったように笑うと、数歩下がってベッドに腰掛けました。それから、ルルシィに向かって手を差し出します。

「僕はアビー。アビー・ウィルビー。もしよかったら、中で僕とお話ししない?そこに浮いてたら寒いでしょ、もう葉っぱが落ちる季節だもの」
「ううん、確かに……」

ルルシィはぶるりと震えました。そろそろコートを着てくるべきだったかしら、と少し反省します。けれどあのコートを着ると、ふんわりとしたスカートが見えなくなってしまうので、なるべく着たくなかったのです。

「そうねえ、じゃあ、お邪魔しようかしら」
「うん、是非そうして。僕、ちょうど話し相手が欲しかったんだ」
「それは確かにちょうどいいわね……ああそうだわ、言い忘れてた!」

窓の枠を乗り越える途中、ルルシィが突然声をあげるものですから、アビーはぴくりと肩を震わせました。一体なにを言い忘れていたのでしょう。

「私の名前、ルルシィよ。ルルシィ・エイプリル。よろしくね」


それから二人はいろいろな話をしました。ルルシィが今までしてきたいたずらの数々や、お師匠様の話、アビーのパパとママの話、隣の部屋にいるお兄さんの話――。
森以外の暮らしを知らないルルシィにとって、アビーの話はどれも新しく、面白いものでした。それはアビーにとっても同じだったようで、ルルシィの話を、目を輝かせながら聞いてくれます。ルルシィは、とっても嬉しくなりました。

「ねえ、アビー。あなたどうしてこんな所にいるの? パパもママもいるのに、一緒に暮らしていないの?」

ふと気になったので、ルルシィはそう尋ねます。するとアビーは悲しそうな顔をしました。どうしてそんな顔をするのか、ルルシィには分かりません。

「……僕、酷い病気なんだ。心臓が悪いんだって。だから入院してるんだ」
「入院?」
「この建物――病院で暮らすことだよ。なにかあっても、すぐに治療ができるようにって」
「そうなの……」
「僕、外にもあんまり出られないから、友達もいなくて。だからルルシィが来てくれて、本当に嬉しいんだ」
「その病気、治るの?」
「……分からない。でも今までに治った人はいないって」

アビーはやっぱり、悲しそうな顔で笑っています。ルルシィはようやく、この建物から時々とても悲しい気配がする理由が分かりました。ルルシィ自身も今、とっても悲しい気持ちでしたから。

「決めたわ!」
「え?」
「アビーの病気、私が治してあげる!」

ルルシィは勢いよくベッドから立ち上がると、アビーを見下ろして宣言しました。アビーはぽかんとした顔をしています。

「魔法にできないことなんて、ないんだから!」

これはお師匠様の受け売りです。けれどルルシィもそう思っていました。それに今日アビーに出会ったのは偶然などではないと、ルルシィは思うのです。
だからルルシィがそう言ったのは、魔女としての意地のようなものでした。

「……うん。楽しみにしてるね」

けれどもアビーは、やっぱり悲しそうに笑うだけだったのです。

ルルシィ・エイプリル

ルルシィ・エイプリル

魔法にできないことなんて、何ひとつだってないんだから!

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-01-15

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