無題Ⅱ
季節はずれの転校生
少し肌寒く感じる季節になってきた。
木々は枯葉さえもまとわず、横を横切る学生たちを見下す。
荒れ果てた中学校。
周りの中学はここのことをポン中と呼ぶ。
ポンコツしかいない中学校というなんとも幼稚なネーミングセンスだ。
しかし、その学校はその名前に劣らずポンコツの集まりであった。
校門には派手な落書きが目立ち、校舎にも多くの落書きがあしらわれていた。
教師たちが寒い中外に立って生徒にあいさつをしても誰も返事をしようとしない。
したとしてもほんの数名の生徒だけである。
その生徒の大半の服装が乱れていた。
男子は髪を染めているものがいたり、イヤホンをつけたまま校内に入ってくるものがいたり、周りを威嚇しながら登校してくるやつと様々であり、
女子も下着が見えそうなまで短くしたスカートに規定のものでないソックスを着用。もちろん頭髪は金や茶など様々であった。
そんな学校の3年B組に転校生がきた。
いつもならば生徒たちはホームルームなど出席しないのに今日は珍しくほとんどの人が教室にいた。
担任の向井は複雑な表情をしながら教卓にたった。
「・・・えっと、みなさんおはよう。」
誰も返事をするものはいない。
そもそも教室内が騒ぎ声で充満しており、ほとんどの人に声が届いていなかった。
向井はため息を吐くももの、それを咎めようとはせずに次へと話を進めた。
「えー、みなさんも知っている通りに今日このクラスに新しい仲間が増えることになった。」
そう言うと向井は扉の方へ何か合図をした。
クラスの誰かがそれにいち早く反応する。
「・・・すっげぇ美人・・・。」
教室に入ってきたのは黒髪ロングの清楚系の綺麗な女の子。
制服はここの女子生徒ほど崩してはいないものの堅苦しい印象も与えない綺麗な着こなし。
その姿に男子は目を奪われてしまっていた。
「・・・じゃあ、自己紹介を。」
担任が落書きされた黒板を消しながらそう女の子に言った。
女の子は少し戸惑っていたがシャンっと前を向き全員の顔を一度確認して話しだした。
「アメリカの学校から転校してきました本堂春姫(ホンドウルナ)です。・・・よろしくお願いします。」
春姫はそう言うとペコリをお辞儀をした。
その瞬間クラスの男子から奇声があがる。
「よっしゃああああああああああああああああああ!!!」
男子は流れるように春姫のところへ来る。
その勢いに圧倒されてしまった春姫はおどおどとした苦笑いを浮かべる。
「ねぇねぇ春姫ちゃんって今彼氏いるの?!」
「そんなことよりメアド交換しようぜ!」
「なぁなぁ俺とこれからどっか行かねぇ?!」
いきなりの質問攻撃のようなナンパのようなものを受けて本気で春姫は引いてしまっていた。
そのことに一人の向井が気づいて春姫と男子生徒のあいだに割って入った。
「はいはいお前らそこまでだ!転校そうそう本堂が困ってるだろう。」
春姫が本気で困っているので男子たちは珍しく向井のいうことを聞いて各々の場所へ戻っていった。
向井は春姫に大丈夫か?と尋ねると春姫は困ったような笑顔で大丈夫ですと答えた。
春姫の席は窓際の一番後ろとなった。
「はいじゃあホームルームはここまでだ。」
向井がそういうとタイミングよくチャイムがなる。
名簿
担任 向井
1阿野巧(アノタクミ) 2尾芦光(オアシコウ)
3岡本優子(オカモトユウコ) 4小野鎖那(オノサナ)
5神楽鈴華(カグラリンカ) 6風早忍(カザハヤシノブ)
7金元宮(カネモトミヤ) 8久坂仁(クサカジン)
9坂元未海(サカモトミミ) 10篠原亜美(シノハラアミ)
11柴田美羽(シバタミウ) 12清野聖人(セイノマサト)
13高丘数(タカオカカズ) 14田山優一(タヤマユウイチ)
15戸田蓮斗(トダレント) 16難波茉莉(ナンバマリ)
17新山大樹(ニイヤマタイキ) 18羽野悠(ハノユウ)
19藤岡梨奈子(フジオカリナコ) 20府本哲平(フモトテッペイ)
21別府もか(ベップモカ) 22宮野來夜(ミヤノライヤ)
23海山真希(ミヤママサキ) 24武鎗佑樹(ムヤリユウキ)
25矢野千明(ヤノチアキ) 25山ノ内智里(ヤマノウチチサト)
26湯原真歩(ユハラマホ) 27代永咲夜(ヨナガサクヤ)
28和田香菜(ワダカナ)
転校生 本堂春姫(ホンドウルナ)
番長
一時間目の授業は数学だった。
向井が数学の担当らしく黒板に何やら問題を書いたり説明をしているがほとんどの生徒たちが授業を聞いてない。
そんな中転校生の春姫は真面目に授業に取り組んでいた。
休み時間になると大勢の人間が押しおせて来て春姫はすでにクタクタだった。
「ねぇねぇ春姫ちゃん?」
「・・・何?」
隣の席に座ってた男子に話しかけられて春姫は少し警戒をする。
また質問攻めに合うかもしれないと思ったからだ。
そんな春姫の様子を察したのか男子はニコっと笑ってごめんと言った。
「警戒しないで。俺はただ自己紹介をしようと思っただけだよ。代永咲夜(ヨナガサクヤ)だ。そんでこっちが羽野悠(ハノユウ)。これからよろしくなぁー。」
茶色い髪に前髪をピンで留めてるいかにもちゃらそうな男が咲夜で、耳にピアスを開けまくっている黒髪の男が悠だ。
春姫はそれを確認すると控えめな声でよろしくと言った。
「てか、春姫ちゃんさー・・・もしかして真面目な子なの?」
「いや・・・君たちが不真面目すぎるんだと・・・。」
春姫は苦笑いしながらそう答えた。
その答えが咲夜のツボにはまったのかゲラゲラと笑い出した。
「何それぇー!マジでうけるんだけど!俺らが不真面目って・・・あっはっは!確かにそうだわ!」
何がツボいはまったのかイマイチ春姫には理解できなかったが苦笑いを浮かべたまま黒板に目を戻した。
春姫の席は一番後ろで自分より前で暴れられると黒板が見えなくなる。
しかし転校生が転校早々文句を言うのも気が引けるので春姫は我慢して言葉だけで授業に取り組んでいた。
授業もあと少しで終わりそうなとき、教室の扉が勢い良く開いた。
全員の視線が扉のほうへ行く。
そして騒がしかった教室が一気に静まり返った。
教室の出入り口にはまるで番長のような風格の鼻ピアスが印象的な男とその後ろに2人の男が仁王立ちしていた。
男たちは教室の中を見渡すと目当ての人を見つけたのかにやっと笑って真っ直ぐに歩き出した。
「お前が転校生の女か?」
隣の席の咲夜とその前の席の悠はすぐに席から離れた。
ここら辺の若い人間で知らない人はいない人間。
おそらくここら一帯の中学の中では一番恐れられている存在、それが番長のような風格を持った柏木零(カシワギゼロ)だ。
そしてその後ろにぴったりとくっついている子分がナンバー2の小坂井力斗(コザカイリキト)と真庭塁(マニワルイ)だ。
授業中に他クラスの人が入ってきたのにも関わらず先生の向井は見て見ぬふりをして授業を進めようとしていた。
春姫はその不穏な空気に気づいてまゆを潜めた。
「・・・何で」
「へぇーかわいいじゃん!」
春姫が言い終わる前に力斗が春姫の顎を掴んで顔を自分のほうへ向けさせた。
「やめてください。」
春姫はそう言って力斗の腕を払う。
払いのけられた腕を見て力斗は少し不満を覚えた。
「おいお前・・・っ!?」
力斗が手を出そうとした瞬間、零がそれを制した。
そして春姫の腕を掴んで強制的に立ち上がらせた。
「一体なんなんですかっ!!・・・?!」
春姫は振り払おうとしたが零の手は全く離れない。
離れさせられないのだ。
春姫は下唇を噛み締めて零を睨むように見上げた。
「俺はここら一帯では一番恐れられている存在なんだ。俺に逆らって病院送りになったやつは死ぬほどいる。・・・なぁ俺と一緒にちょっといいとこいこうぜ・・・?」
そう言うと零は春姫の肩に腕を回した。
春姫は下を向いたまま動かなかった。
零は得意げな顔をしながら春姫と共に歩きだそうとした。
「・・・おい。」
いっこうに動こうとしない春姫に零はイラついていた。
春姫はただじっと下を向いたままでピクリとも動かなかった。
「おいてめぇ!零さんに手間かけさせんじゃねぇよ!」
塁が春姫にガンを飛ばすが全く効果はなかった。
だんだんと空気が重たくなってくる。
そのときクラスメイトは転校生には申し訳ないけどさっさと教室から消えてもらいたいと思っていた。
怒り狂った零のとばっちりを受けるのは誰もが嫌がるからだ。
しかしそんなクラスメイトの思いとはうらはらに春姫は言ってはいけない言葉を発した。
「・・・触らないでくれる?」
「あ?」
「だから触らないでくれるって言ってんのよ!!」
春姫は拳を握りしめて肘を思いっきり零の腹部へ入れる。
そして前のめりになって離れた零の頭と腰を掴んで再び腹部に膝で蹴りをいれる。
春姫が離れたら零はその場に倒れてしまった。
「ぜ、零さん!?」
慌てて力斗と塁が零に駆け寄る。
しかし零は白目を向いて気を失っていた。
クラスメイトは驚愕した。
今まで零が倒れるところも、零が攻撃されるところも見たことがなかったからだ。
「て、てめぇ!零さんになんてことを!!」
力斗が春姫に向かって殴りかかった。
しかし春姫は呆れたような表情でその拳をヒョイっと交わしてその代わりに春姫の拳が力斗の腹部にめり込んだ。
そしてすかさずステップを踏むように華麗にスカートを翻して一回転してそのまま力斗の顔面に回し蹴りを食らわせた。
力斗はぶっ飛び机がバラバラに移動する。
春姫はため息を吐きながら残っている塁の顔を見た。
その表情は明らかに怯えきっていて何もする気もなさそうだった。
「・・・それとあれ持って帰って。そしてもう二度と私に構わないで。」
塁はびくっと震えて零と力斗を担ぐと一目散に教室から出て行った。
そしてそれと同時か否かに授業終了のチャイムが鳴り響いた。
喧嘩
「春姫ちゃんマジでかっけぇ!あの零を倒しちゃうなんてよ!」
興奮ぎみに春姫に話しかけるのは咲夜。
その隣で悠も頷いている。
「そんなことないって。」
春姫は困ったように笑った。
しかし咲夜の興奮は収まらないらしく春姫の手を取って握り締めた。
「俺!今日から春姫ちゃんのとこ師匠って呼ぶ!」
「ちょ、それはやめて。私はただ邪魔をされたくなかっただけなんだから。」
「何その謙虚さ!!さっすがだぜ!なぁ悠?!」
「まさか倒すとは思ってもなかったよ。転校早々すっごいことしてくれたな本堂。」
「え?倒しちゃダメだったの?」
「まさか!いやーもしかしたらあいつが喧嘩が強いっていうのはウソだったのかもしれねぇな!だって女子に負けちゃうなんてマジでありえねぇもん!こんなことになるんなら俺がもっと早く倒しておくんだったぜぇー!」
咲夜は拳を握りしめてシャドーボクシングを始めた。
その様子を悠と春姫は苦笑いしながら見た。
「そんなのじゃ無理だよ咲夜くん。あの人多分一般の中じゃあ強いほうだもん。咲夜くんじゃすぐにやられちゃう。」
春姫の言葉に咲夜の心に見えない槍が突き刺さった。
「本堂って毒舌なんだな・・・。」
「ん?いや、そんなことないよ。本当のこと言っただけだもの。」
ニコニコした綺麗な笑顔が余計咲夜の心を傷つける。
「でも本当に本堂ってすごいな。勉強もできるし喧嘩もできるし・・・前の学校でかなり人気者だったんじゃなかったのか?」
「え?・・・そんなことないよ。」
床に転がって泣いていた咲夜がその言葉に食いついてきた。
バッと起き上がって椅子に座って春姫に攻め寄る。
「そういえば帰国子女って言ってたのよな?!英語ペラペラなのか?!英語!!」
「え・・・あ、そりゃね。喋れないと意味ないでしょ。」
「すっげぇー!かっけー!やっべー!」
興奮が最高潮まで登った咲夜のテンションは誰にも抑えられなかった。
米国
――――――――――存在しない。
そう、それが私。
私が生きている意味はたった一つ。
あの方のために――――――――
米国――とある一軒家――――
目覚めが悪い。
体がだるくて仕方がない。
おもっ苦しい体を起こしてカーテンを開く。
朝日が眩しく体中に降り注ぐ。
そこで少女はけのびをする。
「あ、起きてたんだ。おはよう。」
扉が静かに開いて青年が入ってきた。
「・・・おはよう先生?」
少女はにやっとしながら青年に言った。
すると青年は苦笑いをしながら少女が入っていたベッドを整え始めた。
「“八神”は先生にベッドメイキングをさせるような子だったかなぁー。」
「・・・ほんっと似合わないわね。あんたが先生なんて。」
少女は鼻で笑って部屋を出て行った。
少女の名前は元・八神美麗。
本名は存在しない。
なぜなら少女は存在しないことになっているからだ。
だから少女にはコードネームというものが付けられている。
「そういえば20時に本部への収集がかかったぞクイーン。」
青年はクイーンと少女のことを呼んだ。
クイーンと呼ばれた少女は水を口に含んで飲み込んだ。
「帰ってきたのが今日だっていうのに・・・ねぇナイト?」
クイーンは青年のことをナイトと呼んだ。
ナイトは苦笑いしながらクイーンの目の前に出来たてのホットケーキを出した。
19:55。
クイーンとナイトはあるビルに来ていた。
二人共綺麗な服をまとい、クイーンは黒いドレス、ナイトは燕尾服を着用していた。
「こんな格好するのは久々ね。」
クイーンはスカートの裾を触りながら自分の身だしなみの確認をしている。
同じくナイトも堅苦しそうに首を動かしていた。
「まぁ仕方がねぇよ。半年以上日本のあの学校へいたんだ。」
「そうね。」
エレベーターはぐんぐん登っていき最上階で止まった。
二人は出て、まっすぐに廊下を歩いて行った。
最上階には部屋はひとつしかない。
クイーンもナイトもきりっとした表情で部屋を目指した。
「・・・ナイト時間は?」
「・・・20時だ。入ろう。」
胸ポケットに入れていた時計で時間を確認した。
クイーンは頷いて扉をノックする。
「失礼します。」
ビルには似合わない観音開きの扉を開いてクイーンとナイトは中へ入る。
中は会議室のようになっていて、両サイドに並んだ机にはテレビで見るような政治家や軍隊の人間が数人座っていた。
そして入ってすぐのところにクイーンと同じくらいの男の子が気だるそうな顔で立っていた。
「・・・すいません。遅くなりましたか?」
クイーンの言葉に一番前に座っている若そうな優男が反応した。
「いいんです。時間ぴったりです。」
あの顔はよくテレビとかで見たことがあるであろう。
そう、この国、アメリカの大統領だ。
まだ年端もいかないような優男が大統領の位まで上り詰めるとは一体どんな政策をとったのかクイーンには不思議でならなかった。
「さて・・・ビショップはまだ仕事が終わってないようだから以上のメンバーで始めよう。」
優男の隣に座っている中肉中背のいかにも性格の悪そうな親父が会議の開始を宣言した。
「では、まずはルークから報告を。」
「・・・はーい。」
ルークと呼ばれた少年は持っていた紙を見る。
「都内の第一中学3年1組に器らしき存在を確認したから俺はそこへ3ヶ月前から転校生として潜入した。しかしなかなか見極めがつかなかったから最終手段の最終マニュアルを施行した。その結果3年1組からは誰ひとりと器は見つからなかった。そして俺は偽装死体を用意し、米国へ帰還。・・・以上。」
少し完結すぎるような結果報告だった。
座っている人たちは手元の資料を見ながらルークの話に頷いていた。
「そうか。それでは次はクイーンとナイト、報告を。」
「はい。」
ナイトではなくクイーンが返事をして一歩前に出た。
「中部地方の私立驪山中学校へ器らしき存在を今年3月に発見しました。そこの学校にはクラス替えの制度がなく、私は4月からその学級の生徒として潜入捜査をしましたが、捜査は難航。やむおえなく我々も最終マニュアルを昨日決行。我々は行方不明扱いになっていますが、警察は死亡扱いとして捜査を終了すると思われます。そして今日未明、帰還しました。」
短調とした口調で淡々と説明をした。
クイーンは軽く頭を下げて一歩後ろに下がった。
「・・・つまり、二つの学級からは器・・・神の石の存在は確認できなかったと?」
「はい。」
クイーンとルークの声が重なる。
座っている人間たちはため息を吐いたり、とにかく残念そうな表情をした。
しかし大統領だけは違った。
にこかやな表情を崩さずにルークとクイーンを交互に見た。
「神の石はこの世で最高の賓客。その力を無駄にするほど我々は愚かなことはないと考えています。・・・クイーンにルーク、そしてナイト。君たちにはこの世界に永遠の平和を迎えるための仕事をしてもらっています。そのことをどうか忘れないでほしいのです。最終マニュアルは必要な犠牲ですから、君たちが罪悪感に苛まれることはあってはならないことです。」
「わかってるって。それに俺らは別に最終マニュアルに罪悪感なんて感じてねぇよ・・・。なぁ?」
ルークがクイーンとナイトに問いかける。
「ルークの言うとおりです。世界の平和・・・いえ、私たちを救ってくれた恩返しのために私たちはどんな汚れた仕事も引き受けましょう。それで貴方様が喜ぶのでしたら。」
クイーンの言葉に大統領は最上級の笑みをこぼした。
そこで大統領の隣に座っていた性格の悪そうな親父・・・副大統領が咳ばらいをした。
「ごほん。あ、あ、あー・・・えー、お前ら3人には帰還早々悪いんだが任務に行ってもらいたいと思っている。詳しい内容と場所は追って書類で送ろう。ではご苦労だったな。もう帰ってもいいぞ。」
副大統領の言葉に従い三人は一礼をして部屋を出た。
座っている人、米国の重鎮たちは今から駒には聞かれてはならない大切な話をするに違いない。
それを知る必要は駒にはない。
「・・・つーか、お前相変わらずかたっくるしいな。」
長い廊下を歩きながらルークがクイーンに話をかける。
「あんたは相変わらず礼儀がなってないわね。」
「だって仕事をしてんのは俺らだろ?俺らがいなけりゃなんにもできねぇ糞ジジイどもにペコペコするなんて俺の性にあわねぇんだよ。」
まるで汚いものを触ったかのように両手を振る。
その姿にクイーンは呆れたようにため息を吐いた。
「ったく・・・あんたには恩義ってもんはないわけ?」
「恩義?・・・んなもん忘れちまった。・・・ナイトは覚えてるか?恩義とか糞みてぇなもん。」
ルークはいきなりナイトに話を振った。
ナイトは一瞬驚いたような表情をしたがすぐに真顔に戻った。
「俺は別に・・・。」
「なんなんだよー!はっきりしろよ!」
「クイーンほど感謝してるわけでもねぇし、お前ほど恩義を感じてないこともねぇ。中間ってとこだな。」
「は!俺よりよっぽどビショップのほうが礼儀なってねぇだろ!あんの女仕事すっぽかして男と色恋沙汰してたらしいしな。」
「・・・ビショップらしいわね・・・。」
三人は呆れたように笑った。
そうこうしているうちに長い廊下を歩き終え、エレベータまでたどり着いた。
「・・・そういえばさ、お前ら二人で潜入捜査らしいじゃん。クイーンはひとりでもいけるくらいに実力つけてんのにどうしてだ?」
エレベータのなかでルークは端末をいじりながらクイーンに尋ねた。
「あそこは一番有力候補だったのよ。クライアントが必要以上に慎重にやれっていうもんだからナイトをつけたのよ。・・・まぁ星は発見できなかったけどね。」
「へー・・・。」
そこで一度会話が途切れてエレベーターが降りていく音だけになった。
そしてあっという間に一階につきエレベーターの扉が開いたと同時にルークが一言言った。
「俺は辛かったぞ。」
クイーンに有無を言わさずにルークはさっさと先にエレベーターを降りてしまった。
その背中はどこかさみしげであった。
「・・・今、あいつ辛いっていった?」
「・・・ああ。」
「ほんっと・・・仕事なのに何言ってんだか・・・。」
クイーンは今日何度目かわからないため息を吐いてエレベーターを降りた。
ナイトはそれに何も言い返すことはできなかった。
「・・・俺は・・・。」
それ以上は言葉にならなかった。
逆恨み
「おーい!」
咲夜の大きな声が悠の耳を突き抜けた。
朝から元気なやつだな・・・と心に思いながら悠は振り返る。
「るせーよ。」
「悠おはよ!」
悠の機嫌の悪そうな顔にはお構いにしに咲夜は挨拶をした。
「つーか、今日マジでさみぃなー・・・。」
両手をポケットに突っ込みながら咲夜はぶるっと身震いする。
季節はもう冬。
まだ11月だが、もう11月月末。
寒くても当たり前であろう。
「クラスの暖房は來夜が壊したらしいから教室もさみぃだろうよ。」
「えー?!嘘だろ・・・マジでありえねぇ・・・。」
悠の言葉に咲夜は全力のリアクションを取る。
それがおかしくて思わず悠は鼻で笑ってしまう。
そんなこんなしながら二人は学校へ向かった。
校門が見え出したころ、学校の周りは騒がしくなってきた。
「・・・なぁ悠。俺の目がおかしくなってなかったらさ・・・校門の前にすげぇ量のヤンキーがいねぇか・・・?」
引きつった笑顔で咲夜は悠に話しかける。
悠も顔をひくつかせながら
「ああ・・・お前の目にあることがまんま俺の目にもあるぜ。」
と答えた。
二人の中学校の正門に柄の悪そうな男どもが数十人集まっている。
今までなかったことに二人は驚きを隠せない。
二人は見た目は不良だが、喧嘩とかにはまるで興味がなかった。
むしろ平和な学校を望んでいたくらいだ。
しかしそういう希望を潰すのがああいう柄の悪い不良だ。
毎日学校ではけが人は耐えないし、強者の脅威に怯える学校生活だ。
正門の少し離れたところでは奴らが怖くて学校に入れない生徒で満ちていた。
その中に咲夜はクラスメイトを発見した。
「光!」
「あ、咲夜に悠・・・。おはよう。」
元気のなさそうな声の理由は聞かなくても分かった。
「一体なんなんだあいつら・・・。」
尾芦光(オアシコウ)はムードメーカーのような男であり、人を笑わせるのが好きなひょうきん者だ。
しかし暴力とかそういうのにはめっぽう臆病で、一目散に逃げていくような男である。
「さっき聞いた話なんだけど・・・なんだか春姫ちゃんを探してるみたい。」
「本堂を?・・・まさか。」
悠と咲夜は顔を見合わせてもう一度正門のほうへ顔を向ける。
それは遠目でもしっかりと確認できた。
二人の口から大きなため息が出る。
「・・・仕返しか・・・。」
「みたいだな。」
大群の真ん中には昨日やられていた零の姿があった。
その表情は今までに見た以上に迫力があり、遠目からも鳥肌が立ちそうなくらいだ。
「こりゃ春姫ちゃんやべぇな・・・。」
「だろ?あいつらここら辺の不良たちだぜ?しかも中には高校生も混じってやがる・・・。それで見ろよ、あの零の隣にいる人間を。」
光が指差す先を二人は見た。
そして驚愕する。
「うっげ!あれは今まで負けなしの最強の阿笠真那斗じゃねぇかよ!」
頭にバンダナを巻き左目には傷のようなタトゥーをしている長身の男、阿笠真那斗。
小学生のころからその喧嘩のセンスは飛び抜けており、わずか中1にしてこの地域のてっぺんを取った男。
警察にも何度かお世話になっているが、未だ逮捕されたことはない学生の中では憧れと脅威の存在なのだ。
「やべぇよ!春姫ちゃんが死んじゃうって!」
咲夜がそう言った瞬間咲夜たちの後ろに一つの影が止まった。
「誰が死ぬって?」
眠たそうな顔をしている春姫の姿だった。
三人はビクッと体を揺らして振り向く。
「や、やあ!春姫ちゃん・・・おはよう・・・。」
「おはよう。それでなんでこんなとこにいるの?早くしないと遅刻しちゃうよ?」
春姫は自分の端末を見ながらそう言う。
「あ、あはは!じゃ、じゃあ俺はこのへんで!元気でな!」
引きつった表情の光はそのまま学校とは正反対の方向へと走り出して行ってしまった。
「ん?何か忘れ物でもしたのかな、彼。」
「いや・・・そんなことねぇだろ。」
呆れ顔の悠に春姫は頭をかしげる。
「まぁいっか。じゃ、一緒に学校行こうよ。」
「え?!」
春姫の言葉に二人は思わず言葉が溢れる。
春姫は不満そうな表情になって端末をしまう。
「なによ!そんなに私と歩くのが嫌なわけ?!」
「い、いやそれは大歓迎なんですけど・・・春姫ちゃん・・・今日は学校休んで・・・どっか遊びに行かねぇ?!な?!そうしようぜ!!」
「はぁ?咲夜くん何言ってるの?ほらさっさと行くよ!」
咲夜の腕を掴んで春姫は強引に学校方面へと歩き出す。
その後ろを仕方なく悠はついていく。
当たり前のことなのだが歩いていくうちにどんどんと学校は迫り、不良立ちも迫ってくる。
咲夜は願っていた。
どうかあいつらが春姫の存在に気づかないことを。
しかしそんな咲夜の淡い期待は儚く散る。
何食わぬ顔で不良たちを通り過ぎようとした途端、春姫たちの前に不良たちが立ちはだかった。
「・・・本堂春姫か?」
「誰ですか?」
相手のガンに春姫は笑顔で答えた。
春姫にさっきまでガッツリ掴まれてしまっていた腕は解放されたがもう逃げたくても逃げれなくなっていた。
「お前・・・昨日は零さんにひっでぇことしたらしいじゃねぇかよぉー。」
違う男が春姫に顔を近づける。
春姫は顔を動かさないで馬鹿にするように鼻で笑った。
「ああ、あの人のことですね。別にひどいことをしようと思ってたんじゃないんですけどね。だってたった二回の攻撃で倒れちゃうなんて夢にも思わないじゃないですかー。」
嘲笑する。
それを聞いていた咲夜は震え上がり、不良たちは眉間に皺を寄せた。
「てめぇ・・・それ本気で言ってるわけじゃねぇよなぁー?」
「えぇ、もちろん本気に決まってるじゃないですかー。」
その言葉を聞いた瞬間、春姫たちの周りを不良たちが一気に囲んだ。
そして春姫の目の前に零と真那斗が現れた。
「ん?ああ、これはこれは昨日の!」
バカにしたような表情はやめずに春姫は続けた。
零の表情は怒りに満ち溢れていて見ていた咲夜は今にでも座り込みたくなった。
「・・・昨日は油断しただけだっつーの!本気の俺にてめぇなんか・・・てめぇなんか・・・。」
「へぇー!学校で一番喧嘩が強いと豪語する人間って油断しただけで女の子に負けちゃうんですか。それはそれは脅威でもなんでもないですね。」
「てっ・・・てんめぇ!!」
零の拳はふるふると震え、今にも爆発しそうだった。
しかしそんな零を春姫はさらにおちょくる。
「まぁ、何回やっても無駄で」
「おい。」
春姫の言葉を最後まで聞かずに零のとなりの真那斗が口をはさんだ。
「・・・誰ですか?」
「・・・零が負けたっていうくらいだからどんな巨漢女かと思いきや・・・ただのガキじゃねぇかよ。」
真那斗は小さく舌打ちをして春姫に背中を向ける。
「つまんねぇ。・・・零、さっさと片付けろ。さみぃんだよ。」
それが合図なのか零は雄叫びをあげながら春姫に拳を振り上げた。
しかしそれは空を切り、誰にも当たりはしなかった。
それどころか零の腹部にはか細い腕が昨日のようにめり込んでいた。
「遅いんだよ。」
春姫の小さなつぶやきは零にしか聞こえてなかった。
そして春姫が離れたと同時に零はその場に倒れ込んだ。
「・・・さて。もういいかな?」
春姫は両手を叩きながら驚愕を浮かべている真那斗に問いかける。
もちろん周りの不良たちも咲夜も見ていた傍観者も全員が言葉を失っていた。
「な・・・なに?」
「・・・もう要件はすんだでしょ?」
「・・・お前ら・・・やれ!」
それが合図なのか固まっていた不良たちは急に動き出した。
不良たちの手には鉄パイプや金属バットなどが握られており、とても女子中学生を相手にするような格好ではなかった。
「このあとに隣町の敵アジトに乗り込む予定でな・・・。悪く思うなよガキンチョ。」
真那斗がにやりと笑った。
しかしそれと同時に春姫もにやっと笑った。
「これくらいなきゃ楽しくないよね?」
春姫は咲夜に自分のカバンを押し付けて違う方向へ走っていく。
すると不良たちも春姫を追いかけるように校庭の方へ走っていった。
いつの間にか咲夜と悠の周りには誰もいなくなり、少し前では春姫対不良の喧嘩が繰り広げられていた。
春姫は自分に降り注ぐ鉄パイプを避けながら確実に一人、また一人と一発で仕留めていく。
「す・・・すげぇ。」
咲夜たちから見て春姫の立ち振る舞いは美しかった。
まるでダンスを踊っているかのように無駄な動きなど一切なくどんどんと人数を減らしていく。
しかし咲夜の心はズキズキと痛んでいた。
女の子が大勢の男に襲われているっていうのに自分は春姫に守られている。
今だって春姫は自分たちに危害が及ばないように向こうへ敵を誘導したにすぎない。
「・・・情けねぇな。けど・・・!」
咲夜は拳を握りしめて前を向く。
一方春姫はほとんど遊びのようなものだと思っていた。
攻撃はいたって単純で、春姫には手に取るようにわかっていた。
「くっそおおおおお!!」
「だからそれが単純なんだって!」
バカ正直に正面から鉄パイプを振り上げてくる男に呆れながら春姫は自らの下に落ちていた金属バットを拾って駆け出す。
鉄パイプを振り下ろすスピードは明らかに遅く、春姫は軽々とかわすとその腹に思いっきりホームランを食らわしてやった。
そのとき春姫のすぐ後ろに人の気配を感じた。
「しまっ・・・?!」
本来なら振り返りざまに攻撃を受けるはずだった。
しかしその衝撃はいつまで経っても春姫の体にはおとずれなかった。
「だ、大丈夫かぁ?」
「咲夜くん?!」
そこにはどこから取ってきたのか鉄パイプで敵の攻撃を防いでる咲夜の姿があった。
もし咲夜が来なかったら春姫は今頃脳震盪でも起こしていたかもしれない。
春姫は咲夜の腕がふるふるしているのが分かり急いで相手のがら空きの股間に金属バットを振り上げる。
「る、春姫ちゃん・・・そこは・・・。」
「別に咲夜くんにしたわけじゃ」
「本堂後ろっ!!」
遠くから悠の声が響いた。
その声に春姫は後ろに振り返る。
「・・・てめぇ何者だ?」
春姫のすぐ後ろにはナイフをこちらに向けている真那斗の姿があった。
そしてその後ろには春姫にやられたボロボロの不良たちが続々に集まりだした。
「ナイフなんて向けて・・・どうするつもり?」
「てめぇみてぇなガキにやられたんじゃあ恥さらしもいいとこだからな。本当の世界の怖さってもんを今から教えてやろうと思ってよぉ。」
真那斗の言葉が終わると後ろにいた不良数名が春姫と咲夜の両腕を掴んで拘束した。
そして真那斗はまず春姫に近寄りその頬にぴったりとナイフを当てた。
「世間はお前みてぇなガキがいきがっていいほど甘くはねぇんだよ。」
真那斗のいやらしい笑いは気の狂いを感じさせる。
しかし春姫は表情を一切崩さずに真那斗の瞳を見続けた。
「・・・ねぇ。ナイフっていうのはね脅し道具じゃないんだよ?」
「あ?」
その瞬間―――
真那斗は後ろに吹っ飛んだ。
周りの人には何がなんだかさっぱりわからない。
ただ、真那斗が吹っ飛んだ。
しかしよく見てみると春姫の片足が上がっていた。
そして両脇を抱えている不良を振り払い春姫が攻撃をする。
「咲夜くんを離して?」
「ひ・・・ひい!」
春姫の獣のようなにらみはまだ甘ちゃんな不良を脅すのには十分だった。
「世間に甘いのはどっちだよ。もう二度と私たちの前に現れないでくれるかな?・・・さっさと失せて。」
その言葉を聞いて不良たちは慌てて校庭から出て行ってしまった。
その後春姫は学校内、いや町内の学生から最恐美女と呼ばれるようになってしまったのだ。
妙な人気
「本堂さん!何か欲しいものはありませんか!?」
「・・・え?別にないけど・・・。」
「じゃあ何かあればなんでも言ってください!!」
春姫は疲れ果てていた。
昨日の事件からずっとこの調子だ。
「そりゃまぁ、真那斗を倒したことによってお前が町内のトップになってしまったわけだし?そりゃ後輩たちはこびでもなんでも売っておきたいよなぁー。」
咲夜はケラケラ笑いながら春姫のためにと後輩たちが持ってきたお菓子をバリバリと食べていた。
春姫は机に顔をべたんとつけてため息を吐く。
「まぁいいじゃん。そのおかげでこの学校も少しは秩序が取り戻され始めたし。」
そう言って春姫の肩をいきなり叩いたのは別府もか(ベップモカ)だった。
その隣にはもかの彼氏、風早忍(カザハヤシノブ)もいた。
「確かにな。今までだったら校内で喧嘩が起こったり、ものを壊すやつがいたり荒れ果ててたのにお前がそれを一度注意しただけで誰もそれをしたくなったんだもんなー。教師たちですらもう諦めていたのにほんとお前すげぇよ。うん天才。」
「風早くんちょっとそれ褒めてんの?けなしてんの?」
「とんでもない!褒めてるんだよ。本堂のおかげでもかともゆっくり校内デートできるし。なぁ?」
「うん!」
もかは嬉しそうに忍の腕にくっついた。
それを見ていた咲夜は小さく舌打ちをした。
「・・・リア充なんて爆発しろ。」
「心の声が漏れてるぞ、咲夜。」
悠が呆れ顔で言うと咲夜は慌てて口を塞ぐ。
それを見てもかと忍は笑いながら教室から出て行った。
「あの二人どこ行くの・・・?これから5限目始まるのに。」
「デートだろ。ちくしょう・・・リア充爆発しろ。」
春姫のおかげで授業もスムーズに行われるようになった。
これもこのクラスだけではなくほとんどのクラスで今までとは比べがつかないくらい静かに授業が行われている。
その理由の大半が春姫の脅威からだ。
もし授業中うるさくして春姫の反感を買ったらそれで人生は終わるも同然というふうに生徒は思っているようだった。
放課後、春姫は担任に呼び出された。
何故か校長室に通されて春姫は何がなにかわからないまま校長室のふかふかとした椅子に座った。
「・・・あの・・・一体なんのごようですか?」
春姫は昨日、校内で暴れたことのお咎めだと思っていた。
しかし担任と校長、そして生活指導の先生の表情は実に晴れやかであった。
「いやー!春姫くんが転校してきてくれてほんとうによかった!」
第一声が校長のその言葉だった。
春姫は完璧に面をくらってしまい目が点になってしまった。
「我が校は恥ずかしながらすごく荒れ果ててた。しかし、春姫くんが他の生徒に示しを見せてくれたおかげで今日みたく授業がスムーズに行われるようになった!これはものすごい進歩であるのだよ!」
「は、はぁー・・・。」
「本来ならば我々教員がどうにかしないといけなかった問題なんだけど、教員はもうとっくに諦めてしまってたんだ。だけどそれを本堂があっさりと解決してくれた。手段は褒められるようなことではないとはいえ結果はこれだ。本当にありがとう。」
担任が深々と春姫に頭を下げた。
春姫は慌てて頭を上げてくださいというが一向に上げるようすがなかった。
「新入りの君にこれを言うのはすごく都合がいいかもしれん・・・。本堂くん、これからもこの学校のトップとしてよろしく頼みます。」
生活指導の先生が春姫に握手を求めてくる。
春姫は遠慮がちにその手を握る。
転校してたった3日しか経っていないのにここまで過剰な期待を寄せられるのはいかがなものかと春姫はその時思っていた。
マンション
「・・・ただいまー。」
マンションの7号室の扉を少女は開けた。
そして中からは美味しそうな匂いが漂ってきた。
「おかえりクイーン。今日は遅かったな。」
スーツ姿にエプロンをして夕飯を作りながらナイトがクイーンに声をかけた。
「教師に呼び出しくらって・・・。」
「はぁ?!お前転入早々何やらかしたんだ?!」
「・・・それがねぇー・・・。」
クイーンはソファーに座り込んで学校であったことを淡々と話した。
「お前が?!感謝?!はっはっは!そりゃよかったじゃんか!」
「良くないわよ!・・・あぁもう・・・。」
「はいはい。もう晩飯できるからさっさと制服着替えてこい。」
ナイトの言葉にクイーンは適当に返事をしてリビングから出て自分の部屋に向かう。
ここはクイーンの通う学校から徒歩で10分程度の場所にある7階建てのマンションだ。
星の存在がこの地域に確認されクイーンは中学生としてポン中へ、ナイトも違う星の存在が確認された隣町の中学校の教員として潜入している。
ナイト曰く、そのクラスの担任になることは非常に難しく、今回は無理矢理欠員を出させたという。
本部がどのように星の存在を把握しているかはクイーンたちはよく知らされていないが、特定の周波数によってそれを把握しているらしい。
しかしそのような周波数に似ている周波数の人間も少なからずいて、こういうふうに同時に任務に派遣されることも珍しくない。
もちろんルークも違う場所に潜入し、ビショップも任務を終えようとしているところだ。
クイーンは制服を脱ぎ捨て下着姿になる。
そしてふと鏡が目に入りその前にたった。
左胸に彫られた刺青。
チェスの駒のクイーンをイメージして彫られた一見おしゃれなタトゥーだ。
しかし、それはクイーンたちにとっては所有物という証。
首輪付きの忠犬だという証なのである。
――――――――私はあの人の犬。
あの人のためならば私はどんなことでもいたしましょう。
この刺青にあの時誓った。
私は何があっても忠誠を守りぬくと・・・っ!
神の石
神の石の魂を持つもの。
通称、器。
14~15年前に誕生し、日本に在住。
器の魂からは特殊な周波数が出ており、それを探知して器を特定。
しかし、探知機には多少の誤差もありゆる。
米国政府には通称「駒」と呼ばれる6人で構成されている秘密組織を組織し、器の捜査をしている。
・キング=駒の最高指揮官。その姿は滅多に見れない。主に情報捜査担当。
・クイーン=駒の現場指揮官。日系人の少女。オールマイティーにすべてをこなせるが潜入や諜報を得意とする。
・ナイト=爽やか系の青年。日系人。工作を得意とするが基本的になんでも出来る。今はクイーンの執事も兼ねている。
・ビショップ=アメリカ人の女性。自分の思うがままに動こうとするが、実績がありなんでも出来るお姉さん。
・ルーク=おそらく日系人と思われる少年。機械操作や細かい作業が苦手で主に暗殺や潜入を担当している。
・ボーン=組織最年少の子供。
彼らには器を特定するような能力は備わっていない。
そのため彼らには器を特定できる装置、Xが渡されている。
Xとは彼らの歯に埋め込める政府直属の開発組織が作った器用の探査機である。
器の特殊は周波数をXがキャッチすると骨伝導で音が伝えられる。
それを頼りに彼らは器を特定する。
しかし、前回はそれに失敗している。
原因は器に似たような周波数の人間が少なからず存在するために誤作動を起こすらしい。
そのおかげで彼らは混乱し、器を特定できなかった。
そこで最終マニュアルを施行。
最終マニュアルとは器の単なる時間短縮の相殺作戦である。
器の可能性のあるクラス全員を皆殺しにし、神の石だけを回収するといういたって単純なもの。
しかしこれには多くのリスクと伴うため最後の手段ということになる。
最終マニュアルを施行するときに気をつけなければならないことは、このことが外部にもれないようにするようにすることである。
器の存在が他国に知れ渡ってしまえば、器の争奪戦は避けられない。
そうなれば米国の野望は叶わなくなってしまう。
米国は最終マニュアルを施行し、いち早く器を手に入れたいが、それを抑え秘密組織を組織した。
軍隊や並大抵のスパイなどには仕事は任せれないという政府の要望によりあの6人が選ばれた。
あの6人はいわば、このために生きさせられているようなものなのである。
彼らは政府に買われ、政府のために働かされるために厳しい訓練を積んできた政府直属の最高秘密組織。
政府の闇を担当し、これまでにも多くの任務を遂行した。
そう―――――――全ては偉大な正義のために。
変化
あれから数日、確実にポン中は変わった。
授業は普通に行われるようになり、校内暴力もほとんどなくなった。
それはすべて春姫のおかげであり、後輩たちも同級生たちも、ましてや教師たちまでもが春姫に対し敬意と脅威の眼差しで見ている。
そんな毎日に春姫はすでに限界に達していた。
「ひゃー・・・今日も相変わらずモテモテだなー。・・・お?これは女の子からのラブレターじゃねぇかよ!いいなぁー!!」
春姫の机の上に置いてある山ほどの手紙や食べ物、飲み物を見ながら咲夜は羨ましそうにしていた。
しかし本人はそうではなく朝からテンションが下がりまくっていた。
「もう・・・ほんっと勘弁してほしいんだけど。」
「まぁまぁ。ほらとりあえず甘いものたべろって。」
そう言うと咲夜はいちご牛乳パンを手に取り、春姫に渡す。
春姫はそれを無視して机の上にあるものを全て教卓の上に持っていった。
そして一枚紙を一枚慣れた調子で取り出し何かを書いてそれの隣に置いた。
「ご自由におとりください・・・ってそれはねぇだろ春姫ちん。」
苦笑いしながらたまたま通った戸田蓮斗(トダレント)がコーヒー牛乳を取った。
「だって私こんなに食べないし、飲まないもの。」
「そりゃそうだわ。」
慣れた手つきで蓮斗はストローをさすと学校内なのにも関わらずズゴズゴと飲み始めた。
「怒られてもしらないわよ。」
「はは。今までだったら赤いコーヒーの垂らしあいしても怒られなかったっての。」
赤いコーヒーというのはきっと蓮斗なりの比喩であると春姫は考えた。
この中学校ではそれほどの血が流れていたのだと想像すると春姫は苦笑いしかできなかった。
「・・・気をつけろよ。」
「ん?」
急に声のトーンが小さくなった。
蓮斗は春姫に背を向けてつぶやく。
「黒豹には気をつけろ。」
「こく・・・ひょう?」
それがなんなのか聞きたかったが朝のホームルームのチャイムが鳴り響いてそれはお預けとなってしまった。
しかし春姫はそこまで深刻には受け止めてなかった。
なぜなら春姫には二つの顔があるのだから。
最初の犠牲者
放課後、春姫は教室に柴田美羽を呼び出した。
誰もいない教室には美羽と春姫だけだ。
「どうしたの春姫ちゃん?私に用があるって・・・。」
「別に大したことはないの。」
そう言うと春姫は窓のカーテンを閉めた。
春姫の耳には甲高い音がひたすらに響いていた。
美羽が星の可能性が高いと春姫は考えていた。
それを確実のものにするためには星を一度殺す必要がある。
なぜならそれ以外で星の存在を確実にする方法がないからだ。
「・・・春姫ちゃん?」
しばらく黙っている春姫に美羽は話をかける。
春姫はハッとして美羽のほうへ振り返る。
「・・・で、話って?」
「うん。ほんと大したことじゃないんだけど、ちょっと美羽ちゃん動かないでくれるかな?」
春姫はそばに置いていた透明のレインコートを着ると美羽に向かって歩き出した。
美羽は自分の机の上に座り春姫の様子を頭をかしげてみている。
そして美羽と春姫の距離が1mくらいになったとき春姫はスカートをたくし上げ太ももの革製の入れ物に隠していたあるものを取り出して美羽へ突きつける。
「・・・っ?!な・・・なに?」
目を見開いて自分の腹に当てられたものを見る。
それは拳銃であった。
美羽は一瞬怯えたが、すぐに顔を緩めた。
「もう!ちょっとびっくりしちゃったじゃんかぁー!まさかこれを見せた・・・うぁあっ?!」
しゃべっている最中に美羽は声を上げて後ろに倒れこむ。
血をまき散らしながら倒れたものだから床やその周りは血まみれになっていた。
もちろん春姫にもその血は散ったがレインコートのおかげで春姫自身にも服も一切汚れていない。
「うぁあ・・・ぐああぁ・・・いったぃ・・・・。」
床を血まみれにしながら美羽は這いずり回る。
そして春姫を見上げた。
「な・・・んで・・・。」
春姫は何も言わずにじっと美羽を見下ろす。
美羽はジタバタと這いずり回るがだんだんと意識が遠のき動きが鈍くなる。
「・・・残念。はずれだったみたい。」
そういうと春姫は躊躇なく引き金を再び引いた。
事件
朝から学校は騒がしかった。
しかしそれも無理はなかった。
「3年B組の生徒は教室ではなく、体育館へ集まりなさい。」
そういう張り紙が3年B組の生徒の下駄箱に貼ってあった。
「・・・マジかよ。」
「どうやらマジみたいだな。」
「信じられない・・・。」
咲夜と悠、そして春姫は体育館の床に座って配られた紙を見ていた。
「昨日メール回ってきたときはたちの悪いいたずらだと思ったんだけど・・・まさか本当に美羽が殺されたなんて・・・。」
そう咲夜が言った瞬間、体育館に何名かの警官が入ってきた。
もちろん担任の向井も一緒だった。
「えー、みんなちょっと聞いてくれ。」
ばらついていた生徒たちは向井の言葉に戸惑いながらも体育館中央に集まった。
そして向井は警官に頭を下げるとその位置を譲った。
「えー、私は県庁からきました警部の大津と申します。以後お見知りおきを。」
感じの悪い太ったおっさんは軽く会釈をした。
生徒はざわつく。
何故こんな地方の事件に県庁からしかも警部が来るなんて。
ただならぬ空気に妙な緊張感が走る。
「噂ではここの中学校はかなり荒れていたと聞いていたのですが・・・まぁその話はいいですか。・・・実はですね、みなさんも知っての通り柴田美羽さんが昨日何者かによって殺害されました。」
あまりにもストレートに言うので向井は目を見開いた。
しかしそんなことに気づかない大津は話を続ける。
「死因は出血死。それはそれは現場には大量の血が飛び散っており、とても生徒さんが勉強できる状態ではありませんでした。」
「あの、大津警部・・・もう少し・・・。」
「ああ、すいません。ついいつもの感じで話してしまいました。しかし、彼らにはきちんと状況を把握してもらいたいと思いまして。」
向井の言葉に大津は軽快に笑った。
「なんだあのおっさん。感じ悪っ。」
咲夜はバレないくらい小さな声で呟いた。
それに悠はなんの反応を示さなかった。
ただずっと大津のほうを睨むように見ていた。
「話を続けます。そして凶器は・・・拳銃です。」
「拳銃っ?!」
思わず生徒の誰かが声をあげた。
尤もな反応だ。
拳銃なんて液晶の中や紙の中でしか見たことも聞いたこともない。
「そうです。拳銃で計2発。腹部と胸に一発づく食らわされていました。」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
そう言いながら前に出てきたのは武鎗佑樹(ムヤリユウキ)だった。
「今の日本に拳銃なんてありえねぇだろ?!おっさん俺らをからかってるんじゃねぇだろうな?」
「からかってる?まさかそんなふざけた真似はしませんよ。遺体からは銃弾が2つきちんと発見されました。・・・あと、年上にへの言葉遣いは気をつけたほうがいいですよ?」
大津は佑樹を睨む。
それは中高生がするようなガンとは大きくかけ離れていた。
佑樹はビクッと体を震わせ、ゆっくりと元いた場所へ戻っていく。
「みなさん、信じれないかもしれないですがそれが真実なのです。しかし確かにおかしいとは我々も思いました。警察が襲われ拳銃を取られたという報告もありませんし、そもそも拳銃を手にいれられるような技術がありながら何故柴田美羽という一般の少女を殺したのか・・・。そこで、みなさんにも真実への手助けをしてもらいたいのです。この中で一番美羽さんと仲が良かった人は誰ですか?」
大津は生徒全員を見渡すが誰も手をあげない。
しかし、しばらくしてそろっとひとりの少女が手をあげた。
「私・・・です。」
難波茉莉(ナンバマリ)は前に出た。
体は小刻みに震えていた。
「貴方は?」
「難波茉莉です・・・。美羽とは小学校からの仲で・・・いつも一緒に・・・・いました。」
「難波さんですか。では、お聞きしますが美羽さんが誰かとトラブルを起こしていたとかありますか?」
「いえ・・・。聞いたことなかったです。」
大津は手帳を開き、茉莉のいうことをサラサラっとメモをし始める。
「そうですか。では昨日、美羽さんに変わった様子などはありませんでしたか?」
「特には・・・あ。」
茉莉は思い出したかのように顔をあげた。
それに大津も気づいたようで茉莉の顔をじっと見る。
「いつものように一緒に帰ろうとしたら美羽は「用事ができたから先に帰って」って言ってました。私がなんの用事?って聞いても美羽は何も答えてくれませんでした。それに今までは用事があっても待っててって言って先に帰っててと言われたのは今回が初めてでした。」
「なるほど。では美羽さんは貴方にそれを言ったあとどうしてましたか?」
「え・・っと、教室に残ってました。そのあとのことは・・・。」
茉莉がうつむく。
「・・・昨日の鍵閉めたのって誰ですか?」
大津が今度は全員に話をかけるように少し大きめの声で言った。
「確か・・・來夜じゃなかったっけ?」
咲夜がそういい來夜の方を全員が見る。
來夜は後ろ頭を掻きながら気まずそうな表情を見せた。
「いや・・・実はな・・・。俺、昨日鍵締めずに帰っちゃったわけなんだよー。・・・あ、ははははは!!」
乾いた笑いをしてみせるが誰も笑ってくれないので來夜の笑い声はすぐに収まった。
「お前何してんだよ!」
「うるせーな向井!別にいいだろ!もうこの学校に手を出してくる人間なんていねぇんだから!」
「・・・?それはどういうことですか?」
向井と来季の会話に大津が首をかしげる。
向井はいいにくそうな表情をしたがすぐに諦めたようにため息を吐いた。
「実は・・・お恥ずかしい話、ほんの少し前までこの中学校はホントに荒れていまして、勝手によその人間が来ては教室を荒らしていったりものをとったりしていくことが多々ありまして・・・。それで戸締りは厳重に行われていたんです。」
「ほほう。それは大変でしたね。しかし、今はそんな感じはないじゃないですか。先生方が何とかしたわけですね。」
大津の言葉にまた向井は目をそらす。
「いえ・・・あの、実は・・・我々教師は何もしてないんです。」
「何も・・・ですか?」
「はい・・・。教師は学校の現状を見て見ぬふりをずっとしてたんですが、この学校に救世主が現れたんです。」
向井はその言葉と共に春姫のほうを見た。
ほかの生徒も、それに釣られた大津も春姫のほうを見る。
「・・え・・・えと?」
「先週転校してきたばかりの本堂春姫です。手段は少々褒められるようなものではありませんがこの学校を変えたことには変わりはありません。」
「あの綺麗な少女が・・・ですか。一体どんなことを?」
大津は興味深そうに春姫の顔を見た。
春姫は苦笑いしながら目線をそらす。
しかしそんな春姫の気も知らない向井は誇らしげに語り始めた。
「本堂は学校をしきり、警察に何度もお世話になっていたある生徒に勝ち、まずこの学校のてっぺんになりました。しかしその生徒はこの地域一帯の不良を集め、本堂を襲ったのですが本堂の圧倒的な強さには及ばず本堂はこの地域一帯の学生のとっぷに立ったのです。方法も立場も本当に褒められたものではありませんが、それが生徒たちの脅威となりこの学校は落ち着きを取り戻したのです。」
「本堂春姫の活躍は我々少年科にも届いています。あの零を一撃で倒したというのはまさに驚きです。」
大津の後ろにいた警官がそう言う。
春姫を見る大津の目が変わる。
大津の長年の勘に何かが引っかかる。
こんな幼い少女に何を引っかかっているのだろうか自分でも理解はできなかったが体は痛いほどピリピリしていた。
この感覚はかつて国内最悪最凶の事件、一般市民を巻き込んだ薬物による無差別殺人のときにその幹部に会った時の感覚に非常に似ていた。
大津の頭に春姫の顔がインプットされる。
春姫も睨みを効かせる大津の顔をしっかりと目に焼き付けた。
次々に
まるで柴田美羽の死が何らかの合図だったかのように周辺の中学校で何人もの人が謎の死を遂げた。
それは美羽と同じように銃殺であれば、自殺、毒殺、窒息死など・・・。
警察は同一人物による虐殺と判断し捜査を続けているが何一つと証拠があがらない。
巷ではこの中学生殺害事件を恐れた保護者が学校を休ませたり、休校をせがむ運動もちらほら目立ち始めていた。
ポン中の3年B組は今まで使っていた教室ではなく、新しい教室が用意されそこで過ごしている。
元3Bの教室は立入禁止とされ、誰一人事件後に入った生徒はいない。
「・・・最近ほんっと物騒だよな。」
「ほんとそうだぜ。うちの親なんかもう学校に行くなって言うんだぜ?」
阿野巧と清野聖人は理科室に忘れ物を取りに行くため廊下を二人で歩いていた。
「ったく・・・せっかく学校が落ち着いてきてやっと楽しい中学校生活が出来るって期待してたのに・・・。」
「だよな。マジで俺らついてないわ。」
「あーあ・・・これも本堂さんがどうにしかしてくれねぇかなぁー・・・。」
聖人が突拍子もないことをいうので巧は思わず吹き出す。
「それは無理だろ。さすがの本堂さんにも限界ってもんがあるよ。所詮、中学生なんだから。」
「だよなー。」
二人は笑い合いながら理科室の鍵を開けようと鍵をさして回した。
そして扉を開けようとするが開かない。
「あっれ?」
「おいおい・・・。まさか鍵が開いてたとか?」
「なんなんだよそれ。せっかく鍵取りに行ったのに・・・。」
巧はもう一度鍵をさして回した。
そして扉に手をかけると、開いた。
「やっぱ開いてたんだ。」
「先生ちゃんと戸締りしろよなー。いくら今が落ち着いてるからって安心しすぎだろ・・・ん?」
理科室に入ると聖人の目に人間の影がうつった。
「・・・本堂さん?」
「あ、やっときた。」
理科室のカーテンはすべてしまっていた。
そして巧たちが入ってきた扉も音を立ててしまった。
春姫の奇妙な笑みと、巧たちの恐怖にひきつる顔が重なった――――――――
校内には救急車のサイレントパトカーのサイレンが鳴り響いていた。
生徒は下校させられ校内に残っている生徒は3Bの生徒だけだ。
教室には重苦しい空気が漂い、咲夜はさっきまでいたはずの二つの席を見つめていた。
「・・・こんなことってありえるのかよ。」
咲夜の一言が春姫には聞こえていた。
「私だって信じられないよ・・・。」
「美羽が死んでからまだ1週間しか経ってねぇんだぞ?となりの中学の3年も5人死んだらしいし、隣町の中学の3年ももうクラスの半分以上が死んだっていうじゃねぇかよ・・・。」
咲夜の握られた拳が机に思いっきり叩きつけられる。
その音に春姫はビクッと体を震わせる。
「お、落ち着いて咲夜くん?」
「これが落ち着いてられっかよ・・・!」
咲夜の感情はごちゃごちゃしていた。
クラスメイトが殺されたという怒りもあるし、次は自分かもしれないという恐怖もある。
どこにぶつけていいかわからないその感情をただ机にぶつけるしか咲夜には考えられなかった。
そのとき前に座っていた悠がくるっと方向転換をし、咲夜のほうへ体を向けた。
「全員お前と同じ気持ちだ。少しは落ち着け。興奮したって何にもなんねぇだろ。」
悠はいつだって冷静だった。
取り乱したりするとこは見たことがない。
咲夜は悠の言葉を聞くと何か言いたそうだったが諦めたようにため息を吐いた。
「あいつら・・・ほんとに」
咲夜が何かを言おうとしたら教室の扉が開いた。
入ってきたのはこの間の警部、大津だった。
大津は教卓の前に立つと手帳を開いた。
「非常に残念なご報告です。昼休みに忘れ物を理科室に取りに行こうとした阿野巧さんと清野聖人さんは入ったと同時に何者かに刃物で襲われました。口にはガムテープが貼られており、腹部には数箇所刺されたあとがありました。・・・凶器は異なりますが美羽さんと同じ出血死です。」
生徒の息を呑む音が聞こえたような気がした。
「第一発見者は理科担当の青野先生でした。現場はカーテンで締め切られており、外から中の様子を伺うことはできません。先程の放送により、不審者を見た生徒に残るように呼びかけましたが誰ひとりと残っている生徒はいませんでした。それは同時に不審者は校内では目撃されなかったということです。つまり」
「校内に犯人がいるとでも言いたいのか?」
大津が言い終わる前に悠が口をはさんだ。
「おや、鋭い生徒さんがいるんですね。」
「でも、それじゃあこの学校のことなら説明できても他校のことは説明できねぇんじゃないのか?」
咲夜が咄嗟に言う。
すると大津の眉が八のじに曲がった。
「そうなんですよ・・・問題はそこなんです。それに動機もよく分からない・・・この事件はあまりにも横暴すぎるんです。」
「横暴?」
「横暴ですよ。犯人はこの事件によほどの自信があるんでしょう。でないと、大勢の人間が監視している中学校という施設で白昼堂々殺人なんて起こすわけがありません。」
納得はできるが、生徒たちにはイマイチ学校内に殺人鬼がいるかもしれないという仮定が分かっていない。
大津は何を思ったのか教室をギロリと睨むように見渡した。
「・・・まぁ、みなさんもくれぐれお気を付けて。ではこれにて私は失礼いたします。」
軽く会釈をして大津は教室から出て行った。
このあと3Bの生徒もすぐに下校になった。
咲夜と悠、そして春姫は学校の近くのファーストフード店に寄っていた。
「・・・お前らはどう思う?この一連の事件について。」
悠がジュースを飲みながら隣に座っている咲夜と目の前に座る春姫に問いかける。
「どう思うって言われたって・・・なぁ?」
咲夜は春姫に同意を求めるように声をかけるが、春姫はフライドポテトをつまんで
「殺害された生徒はうちの学校の3Bの三名と、隣の緑丘中学校の3年F組の5人。そして隣町の私立中学の3年1組の2名の生徒。同じクラスの生徒が、しかも三年生ばかりが狙われていることを合わせて考えてみると、確かに同一人物が犯人なのは間違いなさそうね。」
「もしくは組織的な犯行かもしれねぇな。」
春姫と悠の会話に咲夜は唖然とする。
自分は殺人がおきたことはまるで他人事のように興味がなかった。
まさか一番身近なこの二人が事件のことについて語り合うなんて思っても居なかった。
「ちょ、ちょっと待てよ。そしたら動機?とかはどうなんだよ。」
咲夜は遅れをとりたくなくて刑事ドラマでよく見るようなありがちなことを言ってみた。
「・・・それが一番の問題なんじゃない。殺された生徒に関わりもなにもなくて警察も困っているって言ってたけど・・・無差別殺人なのかしら・・・。」
春姫が頬杖をついて違うほうの手でフライドポテトをつまむ。
そこで悠は自分のカバンをあさって新聞の切り抜きを机の上に出した。
それを春姫と咲夜はのぞきこんだ。
「一ヶ月くらい前の記事だ。お前らも覚えているだろ?」
切り抜きの見出しには大きく『孤島殺人』と書かれていた。
「これって・・・一夜にして私立中学校のひとクラスの生徒が殺されたっていう・・・。」
咲夜の言葉に春姫はハッとしたように顔をあげた。
「確か・・・殺されたのは3年生・・・。そしてこの事件の前日にも都内の中学校で3年生のいるクラスの生徒が全員謎の事故で死んでたよね。」
春姫の言葉に悠は小さく頷く。
「他にも一週間前にまた違う中3の生徒のクラスが半分の生徒と担任が自殺や事故で死んでいる。」
春姫と悠はそれっきり黙ってしまう。
しかし咲夜は思っていることを素直に口にする。
「もしかして、その事件と今回の事件が関わっているってことなのか?」
咲夜の言葉に春姫は苦笑いを見せる。
しかしすぐに真顔に戻り悠のほうを見る。
「でも、確か私立中学校のほうは精神異端者が犯人ってことで事件は終わっているはずよ?それに都内の中学だってただの海難事故だったんでしょ?今回の事件に結びつけるのはあまりにも無理矢理すぎる気がするんだけど。」
「いや実はそうでもないんだ。」
「え?」
悠の言葉に春姫が頭をかしげる。
「まず、私立中学のほうなんだが精神異端者はそのときあの孤島にいたからという理由で一応警察に引き取られた。だけど、それ以外のはっきりとした証拠はないんだ。本人も拘置所で食べ物を喉に詰まらせ亡くなっているから証言も得れなかった。しかし検察はその精神異端者以外殺人を犯せたものはいないとし、捜査を終了したんだ。もう一つ、都内の中学校についてもいろいろ妙な点があって確実に海難事故とは言えないんだ。・・・もしかしたら真実は違うかもしれないって可能性も否定はできない。」
「へ、へぇー・・・。なかなか詳しいんだね悠くんって・・・一体何者なの?」
春姫は顔をヒクつかせながら悠に尋ねる。
しかし悠に尋ねたはずなのに咲夜が悠の首に腕を回して満面の笑みで答えた。
「聞いて驚くなよ?実はこいつ家が探偵事務所なんだよー!なぁ悠っ?!」
「ばっ!?ばか!そんな大声で言うなよ!!」
悠は慌てて咲夜の口を塞ぐ。
「たん・・・てい?」
春姫の表情に曇が出た。
「・・・あ、ああ。」
悠は咲夜から手を離して頭をかく。
「・・・そっか。お父さんが探偵してるの?」
「じいちゃんと父さんと、それと母さんもしてる。最近俺も手伝い始めたばっかなんだ。」
「へぇー。すごいじゃん。だったら警察しか知り得ない情報とか知ってる可能性あるの?」
春姫の目が鋭くなったような気がした。
「いや、そんな重要なものはまだ俺は教えてもらってない。信頼されてねぇんだ。あの・・・勝手に言って悪いんだけどさ・・・」
「大丈夫。口外はしない。ここだけの話にしておくよ。」
悠の言いたいことを察したのか春姫は笑って答えた。
「・・・それで、悠くんはこれからどうしようって思ってるの?」
春姫が話を切り替える。
「もっと情報を集める必要がある。事件はまだ終わってねぇはずだ。もしかしたら今度狙われんのは俺らかもしれねぇからな。」
「えっ!?俺ら狙われんの?!」
咲夜が無駄に大きいリアクションをとる。
「・・・お前もう少し落ち着けよ・・・。」
悠が呆れたようにため息をつき春姫に冷たい眼差しで咲夜を見る。
「いやっ!だって、今度殺されんのは俺らかもしれねぇんだろ?!落ち着いてら」
「君ら殺されんの?」
聞いたことない声に三人は驚いて反射的に声の方へ顔を向ける。
そこにはあどけない表情を見せる少年が笑って立っていた。
一番に声を出したのは春姫だった。
「あんたなんでここ、んっ?!」
「はいはい隣座らせてもらうねぇー。」
春姫の口を人差し指で抑えながら少年は春姫の隣に座った。
「本堂の知り合いか?」
不審そうな顔で春姫と少年の顔を交互に見る悠と咲夜。
「本堂?・・・あぁ、うん。そうだよー。丁度窓から姿が見えたから寄ってみたんだ。」
「あんたが来るとややこしくなるんだけど。」
「いいじゃん別にー。俺らってそんな浅い仲じゃないだろー?」
そういうと少年は春姫の肩を引き寄せた。
しかしすぐに少年は春姫から手を離しうずくまってしまった。
「い・・・ってぇー・・・。いきなり腹パンとか・・・さっすがだな。」
「今度同じようなことしたら眉間に銃弾打ち込むから。」
「は・・はっは。冗談に聞こえないなぁー。」
すっかり二人の世界に入ってしまいおいてけぼりをくらっている悠と咲夜はポカンとしていた。
それに気づいた少年はうずくまるのをやめてシャンっと座った。
「あー、ごめんねぇ。自己紹介が遅れた。俺は緑丘中3年の奥田奏音(オクタカノン)。よろしくなっ!」
「うわ、同級生なんだぁー。てっきり年下かと思ったぜ。俺は春姫ちゃんと同じクラスの代永咲夜。気軽に咲夜って呼んでくれ。」
「年下じゃないかっていうのはよく言われる。・・・で、そっちは?」
奏音は悠のほうに顔を向ける。
悠はそれに気づき自分の名前を言う。
「悠に咲夜だな!・・・次。」
奏音は肘で春姫のつつく。
「はぁ?!別に私する必要なくない?」
「いいじゃん。ほら、早く。」
「・・・本堂春姫。」
「春姫・・・ねぇ。」
奏音はニヤっと笑って置いてあったフライドポテトを一つ口にいれた。
「あんた何勝手に食べてんのよ!」
「あったから食べた。」
「あったからって・・・ばっかじゃないの!」
「転校早々ここらのボスになっちゃうような春姫よりは、要領よく生きてますけど?」
「なっ?!あ、あんたがなんでそれを・・・。」
春姫は慌てて奏音と距離を取ろうとするが、あいにく春姫は奥に座っていて前には机、サイドには奏音と窓があり動けない状態だった。
「結構有名な話だよー。咲夜たちからも言ってやってよー。女の子がそんなことしちゃダメだって。」
「確かにあれはマジでビビった。まぁでもそのおかげで学校が平和になったし、俺ら的にはラッキーみたいな。」
「・・・何?感謝されてんじゃん。ターゲットに。」
イヤミな笑みを浮かべて春姫のほうを奏音は見た。
春姫は奏音の言葉に何も返さず黙っていた。
「ん?何?ターゲットって?もしかして恋のターゲットですかっ?!」
「そうかもしれないなー。はははっ。」
奏音は笑うが春姫の表情は怖いままだった。
しかしそんな春姫のことを全く気にかけずに奏音はもう一つフライドポテトを食べた。
「そういえばさっき・・・なんの話ししてたの?確か俺らが殺されるとか・・・なんとか。」
おちゃらけた雰囲気が一変した。
しかしそれを読み取れない咲夜はちゃらけたテンションのまま奏音に話しかける。
「いやー、聞いてくれよ!こいつら最近起こっている事件の話をしだしたと思ったら、一ヶ月前にあった中3がめっちゃ死んだ話と関わってるかもしれないとか、次狙われるのは俺らかもしれないとか馬鹿なこと言い出すんだぜー。そんなことあるわけねぇのになぁ?!」
同意を求めるように咲夜は奏音に問う。
奏音はフッと笑って腕を組んで背中を背もたれに預けた。
「そりゃあながち間違ってないかもしれないぜ?」
「は、はぁ?!奏音お前、正気か?!」
「俺はどっちかっていうと咲夜の感覚のほうが疑うね。平和ボケも大概にしたらどう?クラスメイトが次々殺されてターゲットはクラス内にしぼられてんのに、次に自分が殺されるって思うのが普通でしょ?あ、言い忘れていたけどうちのクラスでも起こってんだよね、殺人♡」
軽々しくそう言うものだから一瞬飲み込めなかった。
悠はこのとき初めて奏音に興味を持った。
「緑中・・・ってことは5人か。」
「ううん。さっきまた殺されて7人死んだ。」
「さっき?!」
春姫も話にくいついてきた。
「昼休みに咲夜たちの学校でも2人死んだんだろ?そのあと5時限目に急にひとりの女子生徒が死んだんだ。多分遅行型の薬物だったんじゃないかって俺は思っている。大津のおっさんが女子生徒の首筋に注射針のあとが発見されたって言ってたからまぁ、まず間違いないだろうけどな。そして俺らのクラスだけが自宅学習になって下校しようとしたんだけど、そのときに今度は俺のツレが車にはねられて死んだ。」
「車にはねられて?!」
「・・・ああ。滅多に車なんて通らねぇ路地だったんだが軽トラが突っ込んできてな・・・。頭を強く打って、眠るように死んだよ。」
奏音の表情が少し暗くなったような気がした。
いつも一緒にいた人間が目の前で事故で死んだなんて、そりゃ誰だって気分は沈むに決まっている。
でも奏音はそれを人に知られないように明るく振舞っている。
それはすごいことだと咲夜は思っていた。
「それはホントに事故だったのか?」
雰囲気を壊すように悠の鋭い声が奏音の耳に入った。
「・・・もしかして、それが犯人によって仕組まれているんじゃないかってこと?」
「ああ。軽トラに乗ってた人はどんな人間だった?」
「ただのおじさんだったよ。相手はかなりパニックになっていたけど、多分犯人の仲間とか差金とかじゃないと思う。本当の事故だ。」
奏音の言葉に悠は頭を悩ませる。
単なる事故・・・。
このタイミングで事故・・・。
奏音は本当のことを言っているのだろうか。
もしかして嘘をついてる可能性も否定できない。
しばらくその場に会話はなかった。
変な静寂が訪れそれに咲夜は耐えられそうになかった。
「あっ・・・あの」
「俺はねぇー・・・」
咲夜の声にかぶさるように奏音が声を出した。
奏音は一回言いよどんでにやりとニヤつき言う。
「もう何をやっても無駄だと思うんだよねぇー。」
ありえないほど軽く言った。
その言葉に悠たちはポカンとする。
「な・・・に言ってんだ?」
「だーかーらぁー!もう遅いって言ってんの。俺らはターゲットにされちゃったわけ。ロックオンされてんの。逃げ得られないんだよ。」
まるで作文の発表が近づいているけど諦めて覚悟を決めた―――そのくらい軽い言葉だった。
「お・・・おいおい・・・。何言ってるんだよ。まだ殺されるって決まったわけじゃねぇし・・・それにもう終わったかもしれねぇじゃ」
「平和ボケも大概にしろ、咲夜。」
ピシャリと言い放つ奏音。
それに春姫は止めなよというが奏音は続ける。
「ほんっとにバカだな、咲夜って。いや、咲夜だけじゃねぇ。悠もクラスの奴らもバカすぎる。」
奏音は咲夜と悠の目を交互に覗き込む。
「・・・一瞬先、一日先、一年先、これから先ずっとずっとずっとずっとずーっとッ!幸せが続くと信じて疑わない目をしてる。自分が死ぬなんて局面が想像もできてない目だ。これを平和ボケって言わずになんて言えばいいんだ?」
奏音は指で咲夜の顔をなぞるように触れた。
その行為に咲夜の全身には鳥肌が立つ。
「さっすが現役中学生・・・純粋すぎて俺、汚したくなっちゃう。」
舌で上唇を舐める。
その表情に何故か咲夜は色気を感じてしまう。
そして不覚にも顔を赤く染めてしまう。
「いい加減にしなさいよ、奏音。」
鋭い口調で春姫が言う。
腕と足を組んで窓の外を睨むように見ていた。
「・・・わりぃわりぃ。あまりにもかわいくってよぉー。」
「お前はそっち系の人間だったのね。把握しておくわ。」
「春姫も大人になればわかるよー。」
「・・・あんた私より年下でしょうが。」
春姫のつぶやきに悠が反応を示す。
「えっ・・・あ、っと、こいつまだ誕生日来てないから14歳ってことよ。」
慌てて春姫が訂正する。
悠はあまり興味なさそうにふーんと言うだけでその場は収まった。
一方の咲夜はそっぽを向き何やら呪文のようなものを唱えていた。
「あ、そうだ。俺さ、春姫に用事があったんだったわ。ちょっとこのあと春姫借りてもいいか?」
「俺らは別に構わないけど・・・。」
悠は戸惑いながらそう言った。
奏音は少年のような幼い笑みを浮かべて席をたった。
「じゃあ春姫は借りていきますねっ!みなさんさよぉならぁー!」
奏音は春姫の腕を掴むとそのまま走り去ってしまった。
悠のとなりではまだ顔を赤く染めブツブツ一人で何かを咲夜が言っている。
悠は切り抜きの新聞しを見つめながら独り考え込んでいた。
―――――――奏音・・・死ぬことにまるで抵抗を感じていないようだった。
いや、自分はまるでかやの外というふうに思っているのかもしれない。
なぜそんな風に思えるんだ?
もしかして奏音はこの事件の全貌を知っているのか?
怪しい・・・。少し調べてみるか・・・。
悠の探偵の血が騒ぎ始めた。
マンションの最上階の部屋の玄関を開ける。
「・・・ただいま。」
部屋には誰もいないようだった。
「へぇー!ここが“クイーン”のアジトかぁー!」
「・・・ルーク。あんた一体何がしたいの?」
奏音・・・いやルークはあたりをキョロキョロしながらも遠慮なくリビングのソファーに座り込んだ。
春姫・・・クイーンもその横に座る。
「何がしたいって・・・たまたまクイーンを見つけたから。ただそれだけだよ。」
「お互い名前も知らないのに・・・よくも乱入してきたわね。」
お互いに潜入の時の名前は伝えられてなかった。
だからルークはあそこ自己紹介をし、クイーンにも名前を言わせたのである。
「つーか、お前女の子の友達いないわけ?男ばっかでさー・・・。」
「別にあの二人と友達のつもりもないわ。」
「あいかわらず冷たい奴だなー。」
「あんたがたるんでんのよ。」
クイーンの言葉にルークは苦笑いをする。
「・・・で、そっちはどうなの?成果は。」
「進歩なしだよ。今日も二人殺ってはみたんだけど・・・どっちも外れだ。」
その言葉にクイーンは鼻で笑う。
なぜ笑われたか分からないルークは頭をかしげる。
「遅行性の薬は頭がいいと思ったわ・・・。だけど・・・交通事故って・・・ふふ・・・かなり思い切ったわね。」
「あー・・・。」
笑われた理由がわかりルークも釣られて笑う。
「あいつからも反応はあったんだけど放置してたわけ。だけどいきなり反応が大きくなるもんだから。軽トラが来てたのはカーブミラーで俺はわかってたからちょいと押してみたんだ。」
「目撃者とか、ドライバーとかは?」
「人通りが少なかったし、ドライバーもよく前を見てなかったから気づいてない。これを知ってるのは俺とあいつだけだ。」
ルークは少しさみしげに笑った。
それに気づいたクイーンは厳しい顔つきになった。
「・・・ねぇ、あんた前にこの仕事が辛いって言ってたわよね?」
クイーンのほうを目だけで見て、ルークはすぐに天井に目をやる。
「おう。」
短く返事をする。
「ルーク・・・これは仕事よ?命令よ?」
「・・・わかってる。」
「感情なんて“あそこ”で捨てたはずよ。」
「・・・わかってる。」
「今更私たちに普通の生活なんてありえないのよ!」
「わかってるよ!」
ルークはいきなり大声をあげてクイーンのほうへ顔を向ける。
その瞳は少し潤んでいるように見えた。
ルークはすぐに目線をしたに下げた。
「・・・俺らは死んでる。操り人形だってことは十分わかってるんだ。・・・でも、俺は・・・やっぱり・・・」
そこで言葉を止める。
拳をプルプルさせながら感情をこらえる。
きっとそれを言ってしまえばルークは死ぬ。
それをよくわかっているから言えない。
ただ下唇を噛み締めるしかできないのだ。
そんなルークをクイーンは冷め切った目で見ていた。
「・・・完璧じゃない駒はいつか失敗する。・・・初期ボーンのように。」
「初期ボーン・・・か。懐かしいな・・・もう3年か?」
クイーンは目を瞑る。
過去の記憶は走馬灯のように駆け巡る。
初期ボーン。
同時期に駒に加入した同期。
強面だけど、ものすごく優しい男だった。
そう・・・優しすぎたのだ。
クイーンは目を開ける。
「変わりはいくらだっている。平和ボケしているのはルークのほうなんじゃない?」
クイーンの言葉にルークは自嘲する。
「そうだな・・・。“あそこ”から出れただけでも幸せだと思わねぇとな・・・。」
静かにクイーンが頷く。
そのときいきなりルークが両手を叩いた。
「この話はもう終わりッ!本来の目的を忘れるとこだった!」
ルークの表情はいつものおちゃらけたものに戻っていた。
「・・・本来の目的?」
「おう!」
ルークはそういうとカバンの中から一枚の紙を取り出した。
クイーンはその紙を覗き込む。
「・・・ビショップから?」
「うちにFAXが届いたんだ、昨日の夜に。で、ここ読んでくれ。」
ルークが指差すところを見てみる。
「明日、午前0時にクイーン、ナイト基地にて緊急集会を決行・・・はぁ?!」
クイーンはルークから紙を奪い取りもう一度読む。
しかし何度読んでも書いている内容は同じものだった。
「こんなの私知らないわよ!?」
「そりゃそうだろ。そのあとも読んでみろって。」
ルークの言葉にもう一度紙に目線を戻す。
「なお、このことについては当日の午後まで当人には報告しないように・・・ですってぇ!?」
「多分言ったら確実に断られるって思ったんだろ・・・。で、俺が今伝えに来たってこと。」
「ありえないわよ・・・。てか、集会って誰々来んのよ?まさか政府関係者とか言わないでしょうね。」
脱力したかのようにソファーに座り込む。
それを見ながらルークは軽快に笑った。
「はっは。そりゃねぇって。そんなクライアントが来るんだったらこんなセキュリティ0のところに呼ばないだろうし、そもそもそしたらビショップが来ないだろ?」
「あの女・・・。・・・ってことは駒のメンバーが集まるってこと?」
「だろうなー。ボーンも今向かっているって連絡入ったし・・・まぁキングは音声だけだろうけど。」
クイーンは頭をかかえる。
そして思い立ったかのように端末を取り出した。
「ナイトに連絡?」
「当たり前よ!知らないんでしょ?」
「俺も言ってないし知らないだろうな。」
耳に端末を当てて電話をかけるが応答はしない。
それも仕方がない。本来ならまだ仕事中なのだから。
「出ないし・・・。」
クイーンは諦めて電話を切る。
「まぁ別にあとからでもいいんじゃないのか?」
「そういうわけにもいかないでしょ・・・。」
「・・・まさかそっち使うのか?」
ルークの顔が引き攣る。
クイーンたちの歯には星探査機以外にもう一つ機会が埋め込まれている。
それは通信機だ。
太ももに常備されている拳銃袋の一番小さいポケットを開き小さな内蔵マイクつき端末を取り出す。
この端末には駒全員の通信機に連絡をつけれるようになっていて政府の科学者が作った優れものだ。
クイーンはナイトの通信機に声をかける。
「ナイトっ!今夜0時に緊急集会がうちで行われることになった。すでにルークは待機しているわ。今夜は残業なしでさっさと帰ってきなさい。以上。」
ボタンから手を離しクイーンは端末をしまう。
「・・・つかさ、なんでそんなとこいれてんの?」
ルークはまじまじとクイーンの太ももを見る。
「他に隠せる場所ないでしょ。それにこれが気に入ってるの。文句つけないでくれる?」
クイーンはルークの頭を軽く叩いてリビングから出ていこうとする。
「どこ行くんだ?」
「着替えてくるのよ。いつまでもこんなかたっくるしい制服なんて着てらんないわ。」
スカートの先をつま先で持ちぴらぴらとさせる。
ルークはさっきとはうってかわり興味がないような態度を取った。
クイーンはリビングから出て隣の部屋に入る。
「・・・相変わらず日本の家は無用心ね・・・。部屋に鍵がついてないなんて・・・。」
ため息がちにそういうとクイーンは制服を脱ぎ始める。
――――――これから会議ならばそこまでラフな格好で出て行くべきではないわね。
だからといって学校の制服を着ていくのもちょっと気が引けるわ。
下着姿のままクローゼットを開ける。
昔は支給された服しか入ってなかったのに今では私服が大量に入っている。
特にクイーンはおしゃれというものには興味はないのだがナイトに怒られたりするのでそれなりに気を使ってはいる。
クイーンはこの間買ってきた(ナイトが)最近流行っているという制服っぽい服を手に取ると素早く着る。
リビングに戻るとルークが誰かと電話しているようだった。
もしかして組織の者かと思ったが日本語で、しかも敬語ではないので違うと判断した。
クイーンはリビングから見える台所へ向い冷蔵庫を開けて牛乳を取り出す。
「お、牛乳?」
いきなり声がかけられるものだからクイーンは驚いて危うく牛乳を落とすところだった。
「いきなり話かけないでよ。」
「わりぃわりぃ。」
きっひっひと笑ってみせた。
クイーンは今日何回目か分からないため息を吐いて牛乳をコップへついで一気に飲み干す。
「そのままいっちゃうのかよ。」
「・・・ん・・・・悪い?」
「いや、温めたりコーヒー牛乳にしねぇのかなって思って。」
「面倒じゃない。・・・・あんたも飲む?」
「結構です。」
ルークにきっぱりと断られクイーンはあっそとつぶやくと牛乳を冷蔵庫にしまった。
「あ、そうそうあのさー・・・」
ソファーに座り込みながらルークが天井を見上げた。
クイーンはソファーの前にある机の上でピンクのノートパソコンを開いた。
ルークに中が覗かれないようにするためか否か、ルークの真正面の床に座る。
「何してんだ?」
「仕事。」
「なんの?」
「・・・そろそろこっちも限界なのよ。察しなさい。」
にゃるほどねーとルークは頷く。
部屋にはクイーンのキーボードを叩く音以外しばらく響かなかったがふとルークが思い出したかのように手をうった。
「そうそう。さっき言おうと思ったんだけどさー。」
「何?」
ルークの言葉にクイーンは口だけで反応する。
「隣のクラスにすっげぇのいんだよ。あれは絶対にこっち側の人間だなってやつがよぉ。」
ルークの言葉にクイーンの手が止まる。
「・・・どういうこと?」
クイーンの目とルークの目が合う。
「3年G組、野々山瑠騎夜(ノノヤマルキヤ)。家族4人構成で、父親が表向きは単なる警部だが本当は政府直属の秘密警察の一員らしい。」
「秘密警察?・・・それは60年以上前に解体されたはずよ?」
「そのあとまた作ったんだろ。米軍にも内緒にな。・・・まぁ驚くとこはそこじゃない。野々山瑠騎夜もその秘密警察のメンバーだ。しかも諜報部の長らしいぜ?」
ルークの言葉にクイーンは思わず机に両手を付きルークのほうへ身を乗り出す。
「デタラメだわ!義務教育中のガキにそんな大役が務まるはずがないわ!」
「まぁまぁ落ち着けって。そいつ、過去にアメリカ政府のパソコンに侵入してんだよ。ほら聞いたことないか?」
クイーンは口に手を当て静かに座って考える。
過去に政府のパソコンに侵入したもの・・・ハッカー・・・。
「・・・キャプター。」
膨大な記憶の中からひとりの天才ハッカーの名前を探し出した。
ルークはその答えに頷く。
「5年前、俺らがまだあの中にいた頃に話だ。俺も驚いたぜ。10歳足らずのガキがあのセキュリティーを簡単に突破したなんてな。」
「それは確かな情報なの・・・?」
「あぁ。本人から確認とった。」
ルークの言葉にクイーンは一度耳を疑う。
ん?・・・本人から確認をとった?
・・・本人・・・本人・・・。
「アホかぁああああああああああああああああああ!!!」
クイーンの怒鳴り声で下の階の猫が飛び起きる。
近くにいたルークも声のでかさに頭がフラフラとしていた。
「あんったほんとばっかじゃないの!!」
「うへへ・・・ちょっと・・・たんまぁー・・・。」
頭を左右にクラクラさせながらそう言うがクイーンは全く聞こうとしない。
それどころか机を飛び越えルークの胸ぐらをつかみソファーへと押し付ける。
「何考えたらそんな危なっかしい行動とれんのよ!!あんたわかってるの自分の立場ッ!もしチャプターがそのガキで本当に秘密警察なんてもんに所属してたら変な感づかれて捜査されるかもしれないじゃない!私たちは政府の影でなくてはならないの!私たちのヘマで仕事を失敗するわけにはいかないの!!わかる!?もし私たちの仕事の内容が外に漏れるようなことがあったら大変なことになるのよォオオ?!」
「いや・・・その・・・ついつい・・・。」
「ついついじゃないわよ!!ほんっと脳みそ入ってんの?!脳天かち割って確かめるわよ!?あぁん?!」
「クイーンさん・・・怖いです・・ははは・・・トラウマものですよ・・・。」
ルークが苦笑いしながらなんとかクイーンをなだめようとするがクイーンは収まることを知らなかった。
「それはこっちの台詞よこのチンカスッ!!あんたの行動が恐ろしすぎて恐ろしすぎてトラウマになりそうだわ!」
「あ・・・っれー?クイーンさん・・・今下ネタ言いあべしっ!!」
「うっさいわよ!!」
ルークの右頬には見事にクイーンのパンチが決まっていた。
クイーンは殴った方の手でこめかみを押さえる。
「・・・っりえない。」
「だ、大丈夫だって。チャプター自身も結構周りに言ってるらしいし、そこまで警戒してねぇよ。」
今更になってルークは自分の行動をかばい始める。
クイーンはルークから離れるとノートパソコンの手に取った。
「ん?」
「ここでやってたら進まないわ。部屋でやる。ナイトが帰ってきたら呼んで。」
冷たく突き放すように言いリビングの扉を荒々しく閉じた。
------ここは?
・・・ねぇ、ここはどこ?
なんでこんなとこに閉じ込められてるの?
ねぇ教えてよ・・・私・・・何したの?
出してよ・・・嫌だっ!!
やだやだやだよぉおおお!!
注射は嫌なのっ!!!
うたないで!やめてっ!!
もういやだよ!!
出してよッ!!
ここから出してよ!!!
いやあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!-------
「・・・くっ?!」
太ももに装着された拳銃を素早く取ると背後の気配に向ける。
クイーンの額には脂汗がベッタリとくっついてた。
「お、おいおい!ちょっと待て!」
そこには両手を上げて驚いた表情をしたナイトがいた。
服はスーツを着ており仕事から帰ってきたのだと思われる。
クイーンは荒い息を整えるように深呼吸をした。
そしてナイトから銃を下ろす。
仕事をしていた途中についうたた寝をしてしまったのだ。
それにホッとしたのかクイーンは椅子にベタっと座り込んだ。
「・・・どうしたんだ?」
「別に・・・悪い夢を見ただけ。」
自らの額に触れるとベタベタとした触感がした。
それにまたため息が出る。
「最近さ・・・ん。」
ナイトは何かを言おうとしたがそれを飲み込む。
クイーンはそれに頭をかしげたがそこまで興味がないのかすぐにノートパソコンの画面へと視線を変えた。
「キリがいいとこでやめてすぐそっち行くから、出て行ってくれる?」
「・・・おう。」
0時――――――
ナイトが巨大モニターを設置し、会議の準備は整った。
メンバーも全員が集まり、リビングのソファーに座り紅茶を飲んだりして黙って開始の合図を待っていた。
「・・・んじゃ、ミスクイーン、開始の号令を。」
大人の色気たっぷりのお姉さんがクイーンにウィンクをする。
モニターにはまだいつものキングの姿は映らない。
「これがなんの会議か私はまだ知らない。これは貴女とキングが計画したものでしょ?ならば貴女がすべきだわ。」
「あら!言うわねぇ小娘が。」
ビショップの言葉にクイーンはふいっとそっぽを向く。
「・・・私も知らない。私、米軍で訓練してた。途中で抜けるの怖かった。」
「ありゃりゃ。ボーンちゃんもう米軍で訓練なんて受けてんの?!かぁー!あの親父の命令ねっ!もう小さい子に戦いを強いるなんてどんな神経しているのかしらぁ!!」
ビショップの隣に座るのは小さい女の子。
まるでフランス人形のような綺麗な女の子。
表情も無表情で黙って動かなければ大きめな人形なのではないかと勘違いしそうにもなる。
「ビショップもあいからわずだな。潜入を途中破棄したんだって?」
ルークが苦笑いしながらビショップに問う。
すると一気に不機嫌そうな表情に代わり足を組む。
「だってもう星の気配はなかったんだもの。別にこれ以上殺す必要はなかったってだけよ!私、無駄な殺生は嫌いなの。」
用意された紅茶を荒々しく持ち上げるとそのままぐいっと一気に飲む。
しかし熱かったらしく舌を出し手で仰ぎ始めた。
「・・・で、なんなの。まさか紅茶を飲みにこんな会議開いたとか言わないわよね?」
腕を組んでソファーに深く腰掛けるクイーンの風格には中学生というのを感じない。
ビショップなだらしなく出した舌をしまい、笑った。
「少なくとも私はそれ目当てよ。」
語尾にハートをつけてもおかしくないくらいキュートに笑った。
それにクイーンは唖然とする。
まさかホントにそうだとは思っていなかったからだ。
「ちょ・・・ふざけるのも大概にしなさいよビショップ!」
「ふざけてなんかないわぁー。だってナイトって料理得意じゃない。・・・ん。このクッキーも最高だわ。さすがね。」
ナイトのほうへ親指を立てグーサインをする。
「あ・・・どうも。」
ナイトはどうもビショップのことが苦手らしい。
それに気づいていないビショップは馴れ馴れしく「小娘の執事なんてやめてお姉さんの執事にならない?」といつも勧誘のような誘惑をしている。
「・・・キング?」
ボーンがビショップにそう聞く。
ビショップはニコッと笑ってボーンの頭を優しく撫でた。
「正解。これはキングが設けた場。だからキングがいなきゃ話は始まらないのよぉー。」
そう言い全員モニターを見る。
しかしそこに映し出されるのは真っ黒い画面。
キングの姿はどこにも映されていない。
「・・・一体何の用だったのかしらねぇー・・・。」
「キングは、みんなのお父さん。」
ボーンの言葉に全員がボーンの方へ顔を向ける。
「え?今、なんて?」
ビショップが優しい口調で問いかける。
「それ以上は、内緒。」
人差し指を口に当ててシーっというポーズを作る。
その顔は無表情だったがきっと表情をつけるならいたずらっぽく笑った感じだろう。
ボーン以外の全員はお互いに顔を見合わせる。
「・・・所詮は小さい子・・・ね。」
「そうだな。俺らは・・・そうだよな・・・うん。」
まるで自分に言い聞かせるようにルークがつぶやく。
「さて・・・じゃあどうしよっか。キング多分出てこないわよ。」
「でしょうね。今までキングが会議などに出席したことなんてほとんどなかったもの。」
カップを口に宛てたままそうクイーンが言った。
「まぁいいじゃないか。きっとキングも忙しいんだって。星がまだ見つからないことに対して政府がお怒りらしいからな。」
「政府ってなんでそんなにせっかちなのかしら。私たちだって頑張って働いているのに。」
頬を膨らましながらビショップは愚痴をだらだらと語り続けた。
みな苦笑いを浮かべ話を黙って聞いていたがふとしたときクイーンが席をたった。
「ど、どうしたのぉ?お手洗い?」
「・・・部屋に戻る。」
「え?!ちょ、クイーンッ!せっかく集まったんだからー・・・って行っちゃったわ。」
リビングの扉がパタンとしめられた。
「・・・あの子、重症ね。」
ポツリとビショップが呟く。
「キングがナイトを執事につけた理由もわかるわ。」
横目でナイトを見るとナイトは俯いて唇を噛み締めていた。
「え?どういうこと?」
「ねぇ、あんた施設の事とか覚えてる?」
ビショップの目からふざけた要素が一切抜け、真面目な顔になっていた。
その質問にルークは一瞬戸惑う。
そして遠慮がちに答える。
「そりゃ・・・まぁな。」
「確かにあそこは酷かった。トラウマになったっておかしくはないわ。・・・でもね、私たちは解放された。もうあそこの人間じゃないの。わかるわよね?」
いつもと違うビショップに戸惑いながらもルークは頷く。
「でもあの子はいつまでもあそこの人間なの。」
「は?」
「囚われているの、ずっとね。もう肉体は解放されたはずなのに精神だけはあそこにいるのよ。ちょっと違うけど旧ボーンなのよ。」
その言葉にルークは目を見開く。
「ど、どういう意味だ?」
「・・・ガキンチョに説明しても無駄だったようね。忘れて頂戴。」
片手をひらひらとルークに向かってする。
ルークはガキンチョ扱いされたことに不満を抱く。
それと同時にいつもはめんどくさいだの、やめたいだの言っているビショップがメンバーの心配をしているなど異様で新鮮だった。
「それじゃそろそろ私も帰るわ。あんたたちも明日学校でしょ?」
「私、違う。」
「ボーンちゃんにはまだ中学校は早いものね。」
「一緒にできない。辛い。寂しい。」
少し表情が崩れたような気がした。
ビショップはボーンの目線に目を合わして話す。
「私も辛いわ。どうせ殺すなら情なんて持たなきゃいいのにね・・・。これが人間なのよ・・・。」
「ビショップも・・・辛い?」
「えぇ。とっても。」
「ビショップ、強い。大丈夫。頑張れ。」
ボーンの小さな手がビショップの頭に伸び撫でた。
――――他人に頭を撫でられるなんていつ以来かしら・・・。
「・・・ありがとう。」
ビショップの笑顔は無理矢理作ったようなそんな笑顔だった。
――――頭がぼやりとする
声を出そうとしても喉が潰れて出ない
コンクリートであたりを固められた殺風景な部屋
いや部屋と言ってはいけない
ここは牢獄のような作り
部屋の一辺は鉄格子で塞がれ向かいの牢屋にも私と同じような子が蹲って泣いている
なんで泣いているの?
聞こうとしても声が出ない
でも、聞かなくても答えは分かっていた
私も泣いているから―――――――――
「・・・は?」
「お願いだっ!!お前だけが頼りなんだ!」
お昼休憩に入るなりそうそう春姫の目の前には土下座した同級生が待ち構えていた。
顔が引き攣る春姫に対して悠と咲夜は不思議そうに春姫の後ろからその光景を見ていた。
土下座しているのは久坂仁(クサカジン)。
クラスメイトの男子だ。
女好きの変な男子であることは確かであるがまさかここまで頭がおかしいとは思ってもなかった。
「一体・・・なんなわけ?」
「聞いてくれるのか?!」
春姫の両手を掴んでまるで捨てられた子犬の如しうるうるとした瞳で春姫を見つめる。
別に振り払っても良かったのだが周りからの視線が痛かったので肩を落とし話を聞くことにした。
「要件は・・・?」
「実は俺、殺されそうなんだ。」
その言葉に悠と咲夜も反応をする。
「ど、どういうことなんだ!?」
「え?・・・あ、別にこの・・・・んとなんつーか、俺の個人的なもので殺されそうになってるって意味で・・・そういうことじゃねぇ。」
仁はそれを察したのか事件については無関係と言った。
「じゃあなんで中学生が殺されるとかいう話になんのよ?遊びとかじゃないの?」
差し入れの牛乳をズゴズゴストローで飲みながらめんどくさそうにそう言う春姫。
「ちげぇんだって!ほんっとに殺されそうなんだって!」
「どういうことは意味分かんねぇんだけど仁。ちゃんと話してみろよ。」
どこか能天気な感じで咲夜が仁に問う。
仁は暗い顔してうつむいたが、決心をつけたように顔をあげた。
「実は俺・・・黒龍に目をつけられちまったんだ・・・っ!」
その言葉に悠と咲夜は目を見開く。
しかし春姫はわけがわからず頭をかしげる。
「ほふりゅうっへはひ?」
「・・・春姫さん・・・まずはストローを口から離しましょうか。・・・ってかマジで言ってんのか仁!!黒龍ってあの黒龍だろ?!」
仁の浮かない顔は晴れなかった。
春姫は咲夜に言われたとおりにストローを口から離してもう一度言った。
「で、こくりゅうってなんなの?」
「黒龍っていうのはこの地域の支配力ナンバーワンの男がいる不良チームの名前だ。その男の名前は影村湊。」
悠がそう紹介をしてくれるが春姫は呆れる一方だった。
「なんなわけ・・・この辺ほんっと学生の治安悪すぎるでしょ!」
「いや、そのへんのやつらと一緒にしちゃいけねぇよ。この間校庭でぼこった阿笠真那斗って覚えてるか?ほらバンダナにタトゥーをした男。」
春姫は記憶をたどってたどってやっと思い出し手をうった。
「いたね!確かアイツも何かここら辺ではすごいやつだったんだっけ?・・・てかそういえば零ってやつもここらでは強いんじゃなかったっけ?今考えればちょっとみんな強いを安売りしすぎね。」
呆れたように笑い牛乳を飲む春姫の姿に咲夜は逆に呆れてしまった。
「影村湊は真那斗よりはるかに強い。警察にも何度もパクられている。ホンモノの悪党だ。」
「ふーん。・・・で、仁くん。あんた一体何したのよ?」
春姫は仁のほうをストローで指す。
「・・・何したってことじゃねぇよ・・・。昔から黒龍に憧れてて・・・それでこの間黒龍に入らないかってお誘い受けて・・・。」
「乗ったのか?」
咲夜の言葉に仁は首を横に振る。
「お前らは知らねぇか・・・。実はな、そのときからちょいちょい黒龍の悪い噂は聞いてたんだ。」
「悪い噂?」
仁は唇を噛み締めて止まってしまった。
「・・・仁?」
咲夜が呼びかけると仁は目をつむって覚悟したかのように話した。
「最初はクスリの運び屋みたいなことしてるって噂があって・・・その次・・・聞いた噂では・・・。・・・とある女と組むようになってからは・・・売春の斡旋業をやってるって。」
三人の目が見開く。
「湊が・・・売り物になりそうなやつを腕力と・・・クスリの力で・・・手懐けて・・・クスリの金欲しさに売春させるって・・・。その窓口を・・・湊と・・・とある女がやっているって・・・。」
「なんて・・・話だ・・・!!」
悠が自らの指を噛む。
そんな噂今まで聞いたことなかったし、まさかこんな身近でそんなことが行われているとは想像もしてなかったからだ。
「4時限目が終わったと同時に湊から電話がきたんだ・・・。もし裏切るようなことをしたら・・・い、妹を・・・売るって。」
「なっ?!」
「断ったはずなんだよ・・・!でもそれは違ったんだ・・・元から俺に選択肢なんてなかったんだ・・・。・・・なぁ本堂・・・助けてくれ!」
春姫は腕を組んでじっと仁を見た。
「・・・助ける義理がないわ。」
「る、春姫ちゃん?!」
まさかそんな言葉が出てくるとは思ってもなかった。
「ほ、ほんど・・・。」
「あんたを黒龍って組織から救う義理も、妹さんを売られないようにする義理も、私はない。それにこんなこと私じゃなくて警察とかに頼めばいいんじゃないの?そのほうがよっぽど合理的。」
確かに言われてみればそうだった。
春姫に頼まなくても警察に話せば全て解決する話だった。
「ダメ・・・なんだ。警察は・・・。」
「なんで?」
「信用なんねぇよ・・・。だって、俺らの中学どこだと思ってんだ?・・・ポン中だぜ・・・?警察が味方してくれるわけねぇだろ・・・。」
自嘲した。
「今は違うかもしれねぇけどよ・・・ほんの一ヶ月前まで世間から見放された無法地帯だったんだぜ?・・・警察にも何度もお世話になってるし・・・イメージっていうのはそう簡単に拭えるものじゃねぇだろ?・・・だから警察は・・・無理なんだ。」
「何言ってるの?警察でしょ?市民の味方でしょ?現に大津警部だって・・・。」
「あいつだって心の底では何を思ってるかわかんねぇよ。噂ではこのクラスのやつが犯人だって疑っているらしいぜ。」
「・・・確かにね。」
仁の言葉に納得をする。
そして春姫は手をうつ。
「わかった。出来る限り手伝う。」
「ほんとか・・・?!」
「嫌ならいいけど?」
「あ・・・ありがとうッ!!」
仁は春姫の両手を握りブンブンと振り回し喜びを出来る限り表現をしてみせた。
――――「じゃあ19時に学校に集合ね。もちろん悠くんと咲夜もよ。」
――――「え?!なんで?!」
――――「話聞いてたじゃない。それに人数は多い方が心強いのよ?」
――――「勘弁してくれよおおお・・・俺のスクールライフがぁあ・・・」
「さ・・・っみ・・・。」
咲夜は歯をガタガタ言わせながら寒さに震えていた。
12月のこの時間帯は咲夜の大敵である。
最も、これから行くところを想像したらここでずっと凍えている方がマシかとも思えてくる。
「わりぃ!遅れた!」
「ちょっと!なんで仁くんが遅刻してくるのよ!」
「あっはは。妹にくれぐれも家を出るなって言い聞かせてたんだ・・・。」
「まぁいいよ。・・・よし、じゃあちゃっちゃと終わらせるから。仁くん帰りはラーメンでもおごってよね。」
緊張感のない発言だった。
咲夜と仁は寒さの他に恐怖でも震えているというのに。
「・・・てか、お前何か策とかあんのか?」
本拠地に行く途中、悠はふと春姫に尋ねる。
「特に・・・。」
「ないのかよ!!」
咲夜が渾身のツッコミをしてみせた。
「あんたたちバカねぇー・・・。だからこの時間帯なんでしょ?」
春姫のため息に全員が頭をかしげる。
「黒龍の本拠地は人気のない廃墟。そして何も見えない暗闇。・・・多少暴れたってバレやしないってことよ。」
少し楽しそうに春姫は笑った。
その発想には驚かされる負えない。
「あのさ・・・相手は大人も混じっているんだぞ・・・?今更だけど・・・ホントに大丈夫なのか?」
仁は不安そうな顔を浮かべる。
「・・・なんで大人も混じっているようなとこにあんたは誘われんのよ。そっちのほうが怖いっての。」
「いや・・・俺のダチが黒龍のメンバーで・・・な。」
「ふーん。あんた友達運なかったわけね。」
容赦なく仁の心へナイフを突き立てる春姫。
それに言い返す言葉もなかった。
「相手の数は仁の情報でざっと50弱。それに多少はバカも混じっているだろうから・・・30くらいかしら?」
「えっと・・・何が?」
「咲夜ってほんと馬鹿ね。強さのパターンよ。戦えもしない雑魚が20。戦えるが実力が伴わない雑魚が25。そしてちょっとはやるバカが5・・・ってとこかな。」
「あはは・・・春姫ちゃん何の公式当てはめたのか咲夜くん超気になるかも。」
苦笑いしながら咲夜はそう言う。
「長年の勘ってやつ。」
「ははっ・・・やっぱ春姫ちゃんってわかんねぇや。」
「わかんなくて結構。・・・あ、そうだ。あんたら危なっかしいから私から絶対に離れないでね?」
「・・・だったらなんで連れてきたんだよ・・・。」
咲夜がぼそっと言う。
「何か言った?」
「んーにゃ。なんも言ってねぇよー。」
慌てて何もなかったことにする咲夜。
春姫を怒らせたら何が起こるのかほんとに分からない。
そうこうしているうちに人通りは少なくなり、いよいよ廃墟は近くなってきた。
「すいませーん。」
猫をかぶったような黄色い声がお兄さんたちの耳に届いた。
不良のお兄さん2名は今来たばかりで今から中に入ろうとしていたとろこだ。
「ん・・・?誰だ?」
右の短髪のお兄さんが少女の顔を覗き込む。
廃墟から漏れる光と月明かりにより少女の顔がはっきりと見えるようになってくる。
「あらら。お嬢ちゃんすっげぇ美人さんじゃんか。」
左側の長髪のお兄さんがニヤニヤしながら腰を曲げ少女に目線を合わせる。
「おいおい・・・お前、ロリコンかよ。こいつ絶対まだ中高生だろ。」
「いいじゃねぇかよ!美人に年齢なんて関係ねぇんだよっ!・・・お嬢ちゃんこんなとこに何の用なんだ?」
長髪のお兄さんは少女に不快感を与えないように笑顔を作って優しく問う。
少女もニコニコと笑いそれに答える。
「はい。実は湊さんに呼ばれてきたんです。」
「湊・・・さんに?」
「でも入口がわからなくて・・・教えてくれませんか?」
長髪のお兄さんは湊という名前を聞いた瞬間興ざめしたような表情を見せた。
「なんだよ・・・湊さんの女かよ・・・。手ェ出せねぇじゃんかよぉ。」
「マジかよ。湊さんこんな女の子にまで手を出してるのかよ。」
「お嬢ちゃん。入口はあの扉だ。ちなみにロックは3710だ。」
ご丁寧にまで暗証番号まで少女に長髪の男は教えた。
それを教えても問題とないと判断したからだ。
「・・・ありがとうお兄さん達。あなたたちはここでお役目ごめんってとこかしら?」
「あ?てめぇ何言ってんだ?」
短髪の男が眉間に皺を寄せて少女を見る。
しかし少女は全くひるまなかった。
そして――――バタッ、バタッ。
二人の男が次々に倒れた。
それを後ろから見ていた仁たちは慌てて少女――春姫にかけよる。
「お前・・・何したんだ?!」
一人でやるとは言ってたがまさか一気に倒すなんて聞いてもいなかった。
「これこれ。」
春姫は手に持っているものを見せた。
「違法スタンガンだからこのことは内密にね?」
バチバチっと火花を散らす春姫。
その姿に咲夜はまた恐れを覚えた。
春姫たちはさっき教えてもらった入口に向い、暗証番号を打って扉を開けた。
廃墟のはずなのに暖かい風が春姫たちを包む。
きっと無断にどっかから電気を引っ張ってきているに違いないと思った。
「なんとか湊はどこにいるって?」
「えっと・・・最上階の院長室。」
「院長室?・・・あぁ、確かここ病院だったんだっけ?・・・物騒だなぁ。」
咲夜はぶるっと身震いさせる。
今からの乗り込むのは死んでも関わりたくなかった組織の本部。
本来ならこんな状況ありえない。
でも、不思議と春姫がいればその不安が拭われるような気がした。
「・・・てっぺんをぶっ飛ばせば問題は解決するだろうからそうするわね?・・・あ、そうそう。絶対にあんたたち私から離れちゃダメだからね?」
後ろにいる3人に睨みをきかせる。
それに三人は黙って頷くことしかできなかった。
「ところでさ・・・階段ってどこにあんの?」
さっきの表情とは一変してテヘッと春姫が笑う。
「え?あっと・・・ごめん・・・わかんねぇや。」
それにつられるかのように仁もテヘッと笑う。
「・・・使えないなぁー・・・。こんなことになるんなら表のやつらの意識失わせるんじゃなかったぁー・・・。」
春姫はブツブツと文句を言いながらまっすぐと廊下を歩いていく。
「お、おい春姫ちゃん!そんな堂々と歩いてもしも誰かに見つか・・・?!」
「んー?なによぉ?」
咲夜の言葉に春姫はめんどくさそうに振り向く。
しかし咲夜は・・・いや三人とも目を見開き春姫ではなくその向こう側を見ていた。
それに春姫は気づいて急いで振り返る。
「湊さんが仁が来ているから迎にいけって言うから来たんだけどさー・・・なんだそのお友達は?」
3人の男がこっちを見ていた。
「・・・いや・・・あの・・・これは・・・。」
仁はあたふたとしてまるで役に立たない。
春姫はそれに呆れてため息を吐いた。
「あんた・・・ほんとに度胸ないね・・・。」
「おい!シカトしてんじゃねぇぞ。」
ひとりが落ちていた空き缶を思いっきり蹴っ飛ばす。
そしてその缶はまっすぐと春姫の顔面へと向かってきた。
しかし春姫はそれにひるむことなく顔に当たる寸前にそれをかわした。
そしてその代わりに後ろにいた仁の胸にヒットする。
「いってぇー!!」
「あ!ごめん!大丈夫?」
春姫は後ろに仁がいたことをすっかり忘れていたらしく慌てて仁に謝る。
「うん・・・大丈夫・・・。」
空き缶の当たった場所を抑えながら苦笑いを仁は浮かべた。
「よ・・・けた・・?」
「・・・いやまぐれだって。よけれるわけねぇよ、普通さ。」
三人組の会話に春姫は鼻で笑う。
「あんたらとんだお気楽トリオだことで!」
「はぁ?!んだとてめぇ!」
「それはこっちの台詞よ。」
春姫は三人組に向かって一歩一歩歩いていく。
それに戸惑いながらも咲夜たちはついていく。
そして距離が1mくらいになって止まる。
「そこ、避けてくれる?」
「仁以外は通すわけにはいかねぇな。」
「・・・あっそう。なら強行突破するわね。」
春姫はさっきのスタンガンを取り出すとあっという間に三人を寝かしつけてしまった。
「ちょっとちょろすぎるでしょ。」
呆れたように笑った。
その微笑みが悪魔のように見えたのは三人同じだろう。
「る、春姫ちゃんって一体・・・。」
「本堂・・・お前実は国家スパイとかなんじゃねぇの?」
仁の言葉に春姫は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「・・・つーか、三人眠らせてどうすんだよ・・・。」
悠の言葉に春姫はハッとする。
「忘れてた!・・・こりゃもう自力で探すしかないか・・・。」
それから何人かの人間にはあったものの春姫があっという間に寝かしつけていった。
そしてようやくのところで階段を見つけた。
どうやら春姫たちが入ってきたところは職員用の出入り口だったらしくロビーからは程遠い場所にあったのだ。
「春姫ちゃんほんと強すぎるだろ。これなら湊なんてわけねぇな!」
咲夜はさっきまでの不安がどっかに飛んでいったようでテンションがかなりハイになっていた。
「初めから言っているはずだけどね。負けるわけがないって。」
4人は階段をどんどん登っていく。
そしてようやく最上階についた。
「院長室って・・・ここよね。」
最上階には一つの扉しかなかった。
その前に4人は立つ。
そして春姫が扉に手をかけてあける。
「・・・ん?なんだここ・・・真っ暗じゃねぇか・・・。」
不思議に思いながら4人が中に入った。
「ん・・・なんだこの匂い・・・。」
部屋に入った瞬間甘ったるい香りが4人の鼻に侵入してきた。
そして意識がグラッと揺れる。
「しま・・・!!」
春姫がその正体に気づいたときにはもう遅かった。
4人はばたりと床に倒れこみ動かなくなった。
「・・・や・・・おい!咲夜!」
名前を呼ばれて咲夜は目を覚ます。
「・・・悠?」
冷たい床に寝かされていたみたいで咲夜は起き上がろうと手を動かそうとしたが動かない。
「な、なんだこれ?!」
「拘束されてんだよ・・・。」
部屋は窓から差し込む月の光で薄暗かった。
目の前にいる悠の存在以外は何も見ることができない。
「俺ら捕まったのか?」
「多分そうだ。あの部屋にはきっと睡眠薬が充満していたんだ・・・。」
「マジかよ・・・。」
手を使わず腹筋だけで咲夜は起き上がる。
「ポケットにいれていた携帯も抜き取られている。」
そう言われ咲夜も携帯を入れていたポケットに神経を集中させてみるがある感触はしない。
「・・・やばくね?」
「ああ。かなりな。」
「・・・仁と春姫ちゃんは?」
思い出したかのように咲夜は言う。
しかし悠は頭を横に振る。
「この部屋にはいねぇよ・・・。」
「そんな・・・それもうやばいとかいうレベルじゃねぇじゃん!」
咲夜の言葉に何も言えない悠。
二人は無言になってこれからどうするべきかを考える。
しかし何も思いつかない。
なぜならここに乗り込んできたのは春姫がいたおかげであり、自分たちはそれに守られていた。
春姫がいるからと安心しきっていたのだ。
しかしその頼みの綱がいないんであれば何もすることはできない。
自分たちの無力さに絶望を抱く。
そしてそのとき扉の鍵が開く音が聞こえた。
二人は顔をあげ音のほうへ顔を向ける。
扉は開き明るい光が差し込んできた。
そして電気があったのだろうかパチッという音と共に部屋の電気がついた。
「やっほー!ご機嫌いかがですかぁー?」
部屋に入ってきたのは地元の女子高校の制服を着た女だった。
「・・・まさかお前が湊と組んでいるって噂の・・・?」
悠の言葉に女はニコッと笑う。
「いかにも。私は香山音々(カヤマネネ)。よろしくね。」
ニコッと笑い悠に近づいてしゃがみこむ。
「春姫たちはどこだ?」
「おっ?・・・他人の心配より自分の心配したほうがいいんじゃない?」
悠は鋭く音々を睨みつける。
それでも音々は笑顔を崩さなかった。
「そうだそうだ!確か春姫ちゃんって今すっごい有名人みたいだよね!大勢いる不良軍団を一人で倒しちゃったんだってー!チョー強いね!もしかしてそれに惚れてたりするの!?ねぇ!」
「あんたには関係ない。」
悠の低く相手を断ち切るような言葉に音々は表情を崩した。
明らかにカチンときている表情をしていた。
「・・・その強気がいつまで続くかなぁー・・・。」
音々はポケットに手をつっこみ小さなビニールを出して悠の目の前に出す。
ビニールの中には茶葉のようなものが入っているようだった。
「実物は初めてかなぁー?」
その言葉に二人はその物体の正体を理解した。
目を見開きそれと音々の顔を交互に見る。
音々はその表情に満足したように笑顔を浮かべた。
二人の心拍数がどんどん上がり自分が心臓になってしまったではないかと錯覚してしまうほど鼓動が大きい。
「あんたらにはこれで大人しくなってもらって高級ホテルに直行!金を持て余したジジイとババアのおもちゃとしてたぁーっぷり遊ばれてきまぁーす!」
ビニールを引っ込めて今度は端末を取り出した。
「・・・これ・・・すっごい儲かるんだから・・・ね?」
端末を悠に向けてパシャリとシャッターを切る。
フラッシュのまぶしさに思わず悠は顔を下げる。
「お、おい!やめろ!」
震えた声で咲夜が音々に言う。
それに反応するかのように音々は今度は咲夜に端末を向け、写真を取る。
「いい顔できんじゃんあんたたちー。」
恐怖で引きつった表情をする咲夜の写真を咲夜に見せて音々は艶然と微笑んで端末をしまった。
そして咲夜に顔をグッと近づけて顎に触れる。
「恐怖に引きつった顔ってさぁー・・・」
一度言いよどみ咲夜の耳元に唇を持っていく。
「この上なくエロいよね。」
その言葉にゾクッとする。
音々は咲夜から離れて立ち上がった。
「・・・二人にはどんなお客がつくかなー?意外とねぇ、男も需要あるんだから。むしろ女より高いかもねぇー。」
嬉しそうに軽やかな口調で音々はそう言った。
そして扉を開けて外にいる誰かに話をかけた。
「上に連れて行きな。そこで本番をするから。」
音々の言葉に数人の男が部屋に入ってきて咲夜と悠の両脇をつかみ立ち上がらせた。
「離せ・・・よっ!」
なんとか咲夜は反抗しようとするが手を拘束され、しかも両脇に男がチカラで押さえつけているから抵抗できるわけなかった。
春姫が目を覚ましたのは眠らされてから5分も経たないあいだだった。
手は後ろで拘束され、となりではまだ仁が寝ていた。
「ん?お前もう起きたのか・・・。普通でも30分は寝てるぞ。」
周りには数人の男がいた。
春姫に話しかけたのは一人だけ椅子に座っているいかにも悪そうな男だった。
そしてその隣にはいつかボコした真那斗もいた。
「お生憎様、私は普通じゃないの。」
「・・・だろうなぁー・・・。」
そう言って椅子に座っている男は春姫には見覚えがあるものを手にとった。
春姫は焦って太ももの感触を確かめるがそこにあるはずのものがない。
「携帯を奪おうと思ったら太ももからこんなものが出てくるんだぜー・・・こっちも驚いたわ。」
春姫は小さく舌打ちをする。
まさか一般人にここまでしてやられるとは思ってなかったからだ。
油断していた、完璧に。
「拳銃に詳しくねぇからよくわかんねぇんだけどよー・・・まさかこれ、ホンモノなわけねぇよな?」
「・・・さぁどうかしら。」
春姫は起き上がり座り込む。
拘束されているのはロープだ。
さすがにこれを引きちぎるのは春姫には難しい。
「ふーん・・・じゃあお前で確認してみるかー。」
男は椅子から立ち上がると春姫に向かって歩いてきた。
春姫はじっと男を見て目を離さない。
男も春姫から目を離さない。
そして銃口を春姫の額に向けた。
「ちょっと湊!大事な道具に傷つけないでよ!」
春姫の後ろから女の声が聞こえた。
今、扉から入ってきたのであろう。
制服を着た女子だった。
「ん?・・・あぁわりぃわりぃ。」
今の言葉でこの男が主犯の湊だということがわかった。
湊は銃口を春姫から離して椅子へと戻っていく。
「・・・へぇ・・・。あんたが本堂春姫ね?」
「答える必要はない。」
「・・・肝が座ってることで。さすが真那斗くんをボコしただけの女の子だこと。」
女は真那斗をチラッと見る。
真那斗は眉をピクっと動かしたが何も答えなかった。
「・・・てか、私たちをどうするつもり?」
春姫は湊に問いかける。
すると女がしゃがみこんで春姫の肩を自分のほうへぐっと引き寄せた。
「私が教えてあげる。」
春姫は嫌そうな表情を浮かべるが女には関係のないようだ。
スカートのポケットからビニールの袋を取り出して春姫の顔の前に出す。
「見たことないでしょ、これ。」
中には茶葉のようなものが入っている。
春姫は思考を張り巡らせて一つの答えに至る。
「・・・仁くんから話は聞いていたけど・・・ほんとに薬物に手を出してるのね。」
「あれ?驚かないんだ。」
つまらなさそうな表情を女は浮かべた。
そして動揺を一切見せない春姫の目にかすかな狂気を覚えた。
女は小さく舌打ちをして立ち上がえる。
「仁はまだ起きないの?」
「その女が早すぎんだよ。」
春姫の拳銃をいじくりまわしながらそう答える湊。
「・・・私隣のやつらを見てくるわ。」
そう言うと踵を返して部屋から出て行った。
「あの子の口調からほかの人たちは隣の部屋にいるのね?」
「・・だったらなんなんだ。」
「別に。まだ生きてるんだって思っただけ。」
「はっ。殺しといて欲しかったか?」
相手は皮肉のつもりで言ったんだろう。
しかし春姫に対して常人の皮肉は全く通用がしない。
「・・・えぇ。できれば・・・ね?」
湊には何か感じることができた。
春姫の瞳から放たれる異様な光に。
今まで湊はいろんな人間を相手にしてきた。
しかし、こんな瞳の人間とは関わったことがない。
まさに狂気の塊だ。
そう湊は思った。
「・・・お前・・・やっぱ何者だ?」
「私?女子中学生よ。犬のように従順なね。」
そのとき春姫の隣から唸り声が聞こえた。
「仁くん?」
「ん・・・ここは・・・。」
「湊様のお城のてっぺんよ。」
「湊・・・?・・・っ?!」
湊という言葉に意識がはっきりとしたのかバッと起き上がり周りを見渡す仁。
「よぉー、仁。久々だなぁー。」
「み・・・湊・・・さん・・・。」
怯えた表情を浮かべる仁。
そしてすぐに湊の持っているものに目を付ける。
「そ・・・それは・・・。」
「ん?・・・あぁ、お前知らないのか?」
湊は銃を自分の顔の横に持っていく。
「そこの女が持っていたんだよ。」
「え・・・?本堂が・・・?」
仁は春姫の方を見るが春姫は目を合わせようとしなかった。
「・・・本堂?」
春姫は答えない。
黙って俯いているだけで表情は見ることができない。
そりゃおかしいって仁も思っていた。
あんなに強くて、スタンガンとかわけのわからないものも持っていて・・・おかしいと思わない方がおかしいだろう。
しかしまさか拳銃だなんて現実性のないものまで持っているとはにわかに信じれないことだ。
急に仁は本堂春姫という存在が恐ろしく感じれてた。
こいつは一体何者なのだろうか。
湊という立場がよくわかっている人間ならまだしも、わけのわからない人間はわけがわからない故に恐ろしい。
「はっ。おいおい仲間割れかぁー?」
その状況を見ていた湊とその周りの人間が笑い出す。
そしてその笑いの中扉が開いた。
「春姫ちゃん!それに仁!」
複数の男に拘束された咲夜と悠、そして腕を組んで偉そうな態度をとっている女が入ってきた。
咲夜と悠は春姫と仁のあいだに座らされ、子分と女は湊の方へ歩み寄っていく。
「さて、舞台は整ったわね。」
「香山音々・・・。」
「何?仁くん知り合いなの。」
さっきのことはまるでなかったかのように春姫が仁に問う。
仁は戸惑いながらもそれに答える。
「あ、あぁ・・・。」
「湊の右腕のようなもんだよ。」
歯切りの悪い仁に変わって悠が答える。
それに春姫は納得をする。
「へぇ・・・。てか、あんたたち怪我とかしてないの?」
「あぁ俺らは大丈夫だ。春姫ちゃんたちは?」
「私たちも平気。まさか捕まるなんて思ってなかったから精神的ショックはあるけど。」
その返しに咲夜は苦笑する。
まさかこんな状況でも微塵も怯えてない春姫に対して尊敬を通り越して呆れを覚えてしまっていた。
「おいお前ら。」
その時どすの聞いた声が部屋を突き抜けた。
瞬間にその場の空気が凍りつく。
「状況わかってんのかおい?」
湊は前のめりになり拳銃の春姫たちに向けた。
「け、拳銃?!」
分かっていない悠と咲夜は目を見開き驚いた。
「れ・・・レプリカか・・・?」
悠がまさかなという表情をしてみせる。
「実は俺にもわかんねぇんだよな。これがレプリカか、本物か・・・。」
不敵に笑いながら銃口をペロっと舐めてみせた。
それを見た春姫の顔が一瞬ヒクつく。
「どうした本堂春姫ァ・・・?」
「・・・悪趣味ね。反吐が出る。」
その変わらない態度に湊はくっくっくと笑った。
「イイねぇ・・・気が強い女は嫌いじゃねぇ・・・。泣き叫ぶ姿がますます見たくなったぜぇー。」
湊の瞳がいやらしく光る。
前のめりの態勢をやめて椅子にもたれかかると周りに立っているやつらに向かって小さく「やれ」と言う。
そしたら周りの男たちはジリジリと春姫に近寄ってきた。
「お、おい!何する気なんだよ湊さん!?」
仁が大声で湊に問う。
「そんなのもうわかっているだろう?・・・まずは俺らが味見すんだよ。お前らはせいぜい指咥えて見ていろ。」
「咥える指は後ろで縛られてるけどねぇーん。」
音々のツッコミに湊が小さく笑った。
何一つ面白くないと拘束されている三人の男は思った。
「汚い手で触らないで。」
「お前ほんとに自分の立場わかってんのか?」
男達に取り囲まれる春姫。
それでも強気な姿勢はやめなかった。
「へっへ。まぁその強気がどこまで続くかだな。」
そう言うとひとりの男が春姫のシャツに手をかけて一気に破いた。
春姫の着飾らない下着と白い肌が露になり男たちの何人かが口笛を鳴らす。
「・・・ん?なんだこりゃ?」
袖を下ろしたとき春姫の胸元にある何かに男は目がいった。
「こいつ刺青なんてしてるぜ!」
「刺青・・・?」
その言葉に全員が反応する。
「おいおい・・・刺青なんてもん・・・お前まさかヤクザの娘とかいわねぇだろうな?」
「・・・物騒ね。」
力のない声が湊の耳にかすかに届く。
「あらあらあらぁー?もう大人しくなっちゃったのぉー?面白くないってぇー!」
突如甲高い声が耳に響く。
見上げたらそこには注射器を持った音々が春姫を見ていた。
「これ。さっきあんたが見てビビらなかったもの。」
針先から何滴か雫が垂れる。
明らかにやばいものだ。
後ろ手に拘束され、男どもに囲まれた春姫には逃げようがない。
音々が春姫の前に座り込んで春姫の左腕にチューブを巻く。
「さぁて・・・春姫ちゃんはどれだけ耐えれるかなぁー?」
注射針が春姫の腕に近づいてくる。
春姫はその瞬間を狙い音々を蹴飛ばそうとしたが大声に阻まれる。
「もうやめてくれッ!!」
全員の動きが止まり声の方向へと顔が向けられる。
「・・・仁どうしたんだ?」
「・・・俺が・・・悪かったから・・・。もう本堂たちは解放してやってくれよ・・・。」
「は?」
湊の眉がピクっと動く。
「湊に勝つなんて無理だったんだよ・・・。俺がバカだった・・・。悪いのは全部俺だから・・・だから・・・本堂たちは解放してやってくれ!お願いだ!!」
仁の声も体も震えていた。
瞳には恐怖のあまりに涙が溜まっていた。
怖くて怖くてたまらなかった。
でも仁には友達が自分のせいで傷つくのをこれ以上見てられなかった。
そんな仁のことを見ていた湊は銃口でこめかみを掻きながらため息を吐いた。
「・・・馬鹿か。お前にそんなヒーローじみた台詞似合わねぇんだよ。」
湊はにやっと笑って仁へと銃口を向けた。
「お前で試してやるよ。これが本物かレプリカかをな。」
カチッという安全バーを下ろす音が聞こえた。
「湊ッ!!?」
「お前は黙って見とけ。」
音々を睨みつける湊。
それにビクッと音々は体を怖ばらせた。
「地獄を見てこいよ、仁。」
湊は引き金を引いた。
乾いた音と共に仁は目をきつく閉じた。
しかしいつまでたっても痛みは襲ってこない。
もしかして一発で死んでしまって今自分は死の世界にいるのではないかとさえ思った。
「・・・え?」
目を開ければそこには右手を抑えている湊の姿があった。
「だ、誰だ!?」
湊の手からは赤いものが流れて、深々とナイフが刺さっていた。
そして湊が見る先は仁ではなくその後ろ。
恐る恐る仁は後ろを振り向く。
「ナイスタイミングってとこか?」
そこにはニカッと笑う少年が立っていた。
「か、奏音?!」
咲夜がそう呼ぶ。
そこに立っていたのはいつか春姫たちとファーストフード店で話していた時に割り込んできたあの少年だった。
全員が唖然として奏音に目をとらわれている隙を春姫は見落とさなかった。
目の前にいる音々を蹴飛ばして腕を掴んでいる男を振り払うと急いで奏音のところへ駆け寄る。
「なぁに捕まってんだよ。」
「あんたこそ何ヒーロー的なタイミングで来てるのよ。」
奏音はどこからかなナイフを取り出して春姫の拘束とチューブをとってやる。
「血が止まってて腕の感覚が鈍い・・・。」
「ハハっ。つーかすげぇ格好だな。誘ってんの?」
破られた服は元に戻るわけがなく胸とお腹が丸見えになっている。
「ふざけないで。」
奏音は笑いながら自分の着てきたジャケットを春姫に渡す。
春姫は大人しくそれを着るが少し大きいようで動いたら胸が見えそうになる。
「おっと・・忘れてた忘れてた。」
そういうと奏音は悠と咲夜の拘束を解く。
「咲夜たちは先に逃げて。悪いけど足でまといになるから。」
春姫は血が止まり鈍くなっていた腕を曲げたり手をグーパーしながらそういう。
「は?そんなこと・・・できるわけ・・・ん。」
反論をしようとしたが確かに自分たちでは勝ち目がないし、むしろ邪魔になるかもしれない。
しかし納得はできない。
「・・・てめぇ・・・何者だ?!」
銃を下に落として自らの手を握り締めながら話に割って湊は入ってきた。
「俺?んー、春姫の恋人ってことで。」
「ふ・・・ざけんな!!お前らやれ!」
湊の言葉に子分たちはビビリながらも前へ出る。
その様子にやれやれといった表情をして奏音は肩をすくめた。
「ほら・・・さっさと二人は出て行って。そんで警察でも呼んで来て。」
「・・・仁は?」
「こいつにはまだやってもらわなくちゃならないもんが残ってる。早く行け。」
咲夜は仁のほうをチラッと見るが仁は早く行けという風にしか言わない。
仕方がなくその言葉に黙って二人は部屋から立ち去った。
「逃がさないで!」
音々の声に子分たちが反応して動き始める。
人数的には圧倒的に湊側が優勢。
しかし何故かこんな圧倒的不利な状況でも余裕の表情をしている春姫と奏音に気味が悪く感じていた。
「私右側。あんた左側ね。」
「・・・了解っ。」
短い会話を二人は終えると無駄にいきがっている不良たちに向かって突っ込んでいった。
二人の動きはかつて春姫が校庭で多くの高校生をぼこったときと変わらないくらいに美しかった。
芸術といってもいいほど無駄な動きもなかってしばらく仁も音々もそして湊でさえ目を奪われていた。
「服がでかいから動きにくい・・・。」
「なら脱いだらよかったじゃんか!」
子分たちが全員倒れた中あの二人は立っていた。
ほぼ無傷で。
倒れているのはざっと30人弱の大人の男たち。
それを中学生の二人はあっという間に倒してしまったのだ。
誰がこの光景を受け入れられるだろうか。
二人はそろって湊のほうへ顔を向ける。
「く・・・くそう!!」
湊はナイフを抜き取り両手で拳銃を握りしめ奏音に向けた。
そして音々も春姫に銃のような何かを向けた。
「お生憎様・・・私が持っている遠距離用の武器ってこれしかないのよ・・・。」
「電気銃・・・か。」
春姫が横目で音々を見る。
音々はフラフラしながら立ち上がり春姫との距離を詰めてきた。
「あらあら。もしかして俺ら今大ピンチ?」
それでもヘラヘラと奏音は笑ってみせる。
「はは!これじゃあお前ら手も足もでねぇな!」
湊はようやく悪役らしい微笑みを浮かべた。
「おっと・・・変なことするとびっくりして引き金引いちゃうかもしれねぇから気をつけろよ・・・?」
奏音と春姫は大人しく両手をあげる。
「はっは・・・さすがのお前らも銃を突きつけられてちゃあ・・・反撃もできねぇか。」
ケラケラと笑う湊につられて音々も笑みをこぼした。
「一応下に人を待機させといてよかったわ・・・。下に降りた二人もいずれここに強制送還されるでしょうねぇー。ふふっ。」
余裕の表情で春姫のこめかみに電気銃を突きつけてくる音々。
春姫はチラッと音々を見て、すぐに視線を湊に戻す。
「まぁお前らもよく頑張ったよ。俺らをここまで追い詰めたのはお前らが最初で最後だ・・・っと・・・そういえば仁の存在忘れてたぜ。」
チラッと仁のほうを湊は見た。
仁はただ唇を噛み締めるだけで抵抗もしてこなかった。
「ハハ!お前は賢けぇよ!そうだ・・・大人しくしとけば痛くなんかなかったんだ。」
湊は高らかに笑う。
「おい乱入してきた男。俺に怪我させた代償は・・・重てぇぜ?」
「・・・殺すのか?」
単調にそう言った。
その言葉に湊はゾクッとした。
「あぁ・・・いい・・・殺す・・・。なんて甘美で魅力的な言葉なんだ・・・はは・・・。今まで俺は殺人だけは犯さなかった。何故かわかるか?怖かったとかそんな情けねぇ理由じゃねぇ。機会がなかったんだァ・・・。そうだな・・・今はその機会がある・・・お前・・・死ぬか?」
湊の表情がいやらしくニヤつきはじめる。
「おいガキ。俺らみたいな世界の闇を相手にするならもっと経験を積んでくるんだな。まぁ今となってはもうそれも叶わないだろうけどなぁ!」
「・・・闇?」
「あぁそうだ!俺らは世界の闇だ!裏の世界の人間だァ!犯罪まみれのいわば社会のクズの集まりだァ!温室で大事に大事に育てられたおぼっちゃまには到底縁のねぇ世界だァ。妙な正義感で出しゃばっちまったお前は相当の・・・アホだな。」
「ほ・・・ほうー?俺が・・・アホ?・・・俺が・・・おぼっちゃま・・・か。」
奏音は顔をしたへ向ける。
髪で他のものからは表情が伺えない。
しかし湊はお構いなしに罵倒を続ける。
「ヒャッヒャッヒャ!こんなことでショックを受けるなんざァよほど甘やかされて生きてきたんだなァ!・・・俺が教えてやるぜぇ・・・?最後には悪が勝つんだよォ!!」
カチリと安全バーを外す。
そして奏音の心臓に狙いを定める。
「死ねェエエエエエエエエエ!!」
乾いた音が聞こえた。
同時に音々は思わず目を閉じてしまった。
そんなスキが命取りだった。
目を開いた時にはすべてが手遅れだった。
「お生憎様のお生憎様です。」
春姫の額に当てていたはずの電気銃はの銃口は違うところに向けられ、変わりに音々の額に春姫の持つ銃の銃口が当てられていた。
「な・・・んで?」
音々は受け入れがたい現実に顔が引き攣る。
そして湊のほうへ視線を向ける。
「大抵素人が撃つとね、衝撃で照準がかなり上にいっちゃって当たらないんだよ。ほらさっきも後ろのやつに弾当たらなかっただろ?つまり、そういうことだ。」
湊の目の前に奏音が立っている。
しかも湊に向けて銃口を向けていた。
それは先ほど湊が使っていたものを奪ったものではない。
「実は俺も銃持ってたんだよねぇ・・・しかも二丁。」
さっき春姫にジャケットを着せた時にこっそり銃を奏音は春姫に渡していたのだ。
そのことに気づいた湊は顔を歪ませる。
「く・・・そおおおおお!!!」
湊は銃を向けられているにも関わらず自らの持っている銃を奏音へ向けようとした。
「うぜぇ。」
しかしそれは叶わず奏音の銃声が湊の腕を貫く。
「うがぁ!!い・・・てぇ!!」
銃を落とし、ナイフで刺された手で撃たれた箇所を抑える。
醜い血がぼたぼたと指先から流れ落ちていく。
「お前さっき言ってたよなァ?悪が勝つんだって?・・・ハハハ・・・確かにそうだなァ?俺らが正真正銘の悪だ。」
奏音は舌でペロっと上唇を舐める。
その表情には年相応ではない色気と威圧がこもっていた。
「て・・・めぇ・・・一体・・・何者なんだ・・・?」
命の危機に晒されているというのに湊は覚えた表情を見せずに奏音を睨みつける。
その姿に奏音はおかしくなり笑いながら銃口を湊の額にこすりつける。
「もう光なんて見えねぇ、正真正銘の黒で裏で影。それが俺の正体ッ!」
乾いた音が二つ重なった。
そして二つの命がここで息絶えた。
「・・・てか、どうする?」
「何が?」
春姫が頭を掻きながら奏音のほうを向く。
奏音は笑いながら春姫を見る。
「勢いで殺しちゃったけど・・・後処理どうすんのって言ってんの。」
「あー・・・確かに。俺はともかくクイーンは身元バレちゃってるもんねぇー。」
「・・・クイーンって呼び方・・・やめてくれる?」
「ふはは・・・もういいじゃんか・・・なぁ?」
そう言うと奏音と春姫は後ろを振り向き怯え切った仁の顔を見た。
「お前ら・・・なんで・・・」
うわごとを繰り返すばかりでそれははっきりとは聞こえない。
そんな姿に思わず奏音が吹き出す。
「そんな驚くこともないだろ?」
「なんで・・・殺したんだ・・・。」
仁の質問に春姫はおもしろくなさそうに答える。
「邪魔だったから。このまま警察に突き出しても銃のこと言われたらこっちのほうが不利になるもの。」
「ま・・・まさか・・・さっきの話はホントのこと・・・。」
「もちろん。あれは正真正銘私のもの。・・・まぁもう使いたくないけどね。」
自分と仁のあいだに倒れている子分たちを避けながら春姫は仁に歩み寄る。
仁はガタガタと震えながら後ろに下がるが壁にぶつかりそれ以上は動けなくなる。
「なんで逃げるの?」
「はは!お前の殺気がバレてるんじゃねぇの?」
奥で奏音が軽快に言った。
そして乾いた音を何度も鳴らした。
「何・・・してんだよ・・・。」
仁の顔は恐怖に引き攣る。
「ん?処理だけど。」
奏音は仁の顔も見ずに淡々とひとりひとり確実に打ち抜いていく。
撃たれた人間はビクンビクンと何度か体を跳ねさせて動かなくなっていく。
「ねぇ。」
春姫は髪の毛を左手でパサっとして仁の頭をつかみ顔をぐっと近づける。
「本当のターゲットはねあなただけだったの。」
「・・・え?」
「でも予定が狂っちゃった。これだけの犠牲が出たのもぜぇんぶ貴方のせい。」
銃口で仁の顎をクイッと持ち上げる。
仁の歯の根がガチガチと震えているのが振動で春姫に伝わる。
瞳には涙が滲んでいた。
「シナリオはこんなのはどうかしら?湊の下につくのが嫌になった音々が湊だけを殺そうとした。不意打ちを狙おうとしたが湊は拳銃を保持いておりそれで対抗。そしてなんやかんやしているうちに周りの仲間は巻沿いをくらい最後には音々一人が生き残る。・・・しかし殺人という大罪に体が持たなくなって自害・・・ね?」
目を細めて首を軽くかしげて同意を求めようとするが仁はただ震え涙を流しているだけだった。
そのあいだにBGMとして奏音の銃声が淡々と響いていた。
「あ・・・ああ・・・ひ・・・人殺・・・」
「貴方は私の望むものを持っているのかしら?じゃあね、仁くん。」
顎から銃を離して額に当てる。
「や・・やめ・・・てく」
その言葉に春姫はニコっと微笑む。
そして声には出さずに口だけで「ば・い・ば・い」と告げ引き金を引いた。
無題Ⅱ