透明なくちづけ

 ろうや、みたいなもん。すいそうも。
 かなしかったのは、すべてをあきらめたような声で、けれど、泳ぐのをやめられないこと。そういうふうにうまれたものであり、性質であること。オルカ。ぼくだけにしか届かない。想い。ガラス越しの逢瀬という言い方は、わりとありきたりで、チープだが、それが現実であり、ぼくとかれがふれあうには実際、この、おそらく、ばかみたいに頑丈なガラスが、じゃまだった。ねおんがいうのだ。水生生物と陸生生物の恋愛なんて、むなしいだけだと。どんな恋愛にも障害や隔たりはあるけれど、これはもうこの世界を創ったひとにしか覆せないのだから、好きになるだけ無駄だと、いつにもまして辛辣なのだ。くやしい。ねおんのいうことはもっともで、なにもまちがってはいなかった。でも、ぼくとかれはむしろ、水族館、という場所で、みじかい時間でも対面できるのだから、まだ幸せな方なのではないか。かれが野生だったら、そもそもぼくたちは、出逢えなかったのかもしれないのだから。

 好きだよと、祈るようにつたえる。
 ひたいをくっつけて。
 ガラスは、いつもつめたい。
 好きという意味を、かれが、わかっているのかどうかは、わからない。けれど、ぼくがひたいをおしあてると、かれも、すりよってくる。キス、しているみたいにみえるかなと想うと、ドキドキするよ。
 そんなに好きなら飼育員になればいいと、ねおんがいう。
 そうだよな、と思う。
 でも、むりなような気もする。
 だって、かれ以外の水生生物には、興味がないのだから。

透明なくちづけ

透明なくちづけ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-01-09

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted