if it's for you

 レナさんのことを、標本にしたいほど愛していたひとがあじわった、おそらく、天国みたいな場所での、地獄のような暮らしに、気が狂ったのだろうと冷静に言ったのは、ねおんだった。コーヒーばかり飲んでいるから、ちょっとでもごはんをたべなよとねおんに、ぼくはさいきん町で評判の、スーパーで売っているのよりはかなりお高めの食パンを、バターを溶かしたフライパンのうえでじゅうじゅうと焼いていた。ねおんは、レナさんのともだちで、レナさんは、ただしくはレオナルドというなまえの、ライオンである。星の表面が濁りはじめた頃に、レナさんはうまれた。ぼくとねおんは、レナさんよりも先にうまれていて、でも、ぼくとねおんよりも、レナさんは大人びている気がする。ねおんは、ときどき、まるで、痛みに縋るように、ピアスホールをあけて、ぼくはそのたびに、かなしくて泣く。ぼくが泣くと、ねおんはこまったかおをして、でも、やさしい笑みをうかべて、ぼくをなぐさめる。その手で。くちびるで。肌に触れるシルバーのピアスは、いつもつめたい。
 レナさんのことを標本にしたいくらい愛していたというひとは、胎内帰還して、レナさんはふるさとの動物園で(たぶん)しあわせな日々を過ごしていて、ねおんはあいかわらずカフェイン中毒で、ぼくはねおんに求められれば自ら、標本にもよろこんでなろうと決めている。
 外は氷点下。
 暖房が効いている部屋のなかは常夏。
 温度差にやられて、おかしくなってる。
 星ともども。
 冬。

if it's for you

if it's for you

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-01-08

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