魔女の献身

雪水 雪技

魔女の献身

満ち足りた今日を絞って
蜂蜜は出来上がる
瓶に詰めて
棚に飾る

琥珀色と橙は瓶の中で回り続ける
紅茶に溶かしたら口の中にノスタルジア

舌先を火傷しながら読む
新聞の一面は懐古に塗れて

焼きたてのパンに
思い出のジャムを塗る

甘ったるいものに
いつまでも依存する
あなたを責めたりしない

店は閑散として
誰も思い出を食べに来ない
強くなろうと行き交う人類を
店の窓から頬杖ついて眺めている

蜂蜜は固まってしまった
ジャムは色褪せていく
私は虫歯になる程
甘いものを食べた
胃の底から侵食されて
思い出は心を砂糖に変えた

今、熱い紅茶を飲むのなら
私は溶けて無くなるだろう
誰に気付かれることもなく
人類と歩むことを諦めて

夕陽の色をする
木製の床に影が伸びる
私が魔女だと噂されて
皆がこの店を忌み嫌う
それは何世紀も昔のこと
面白半分にやって来た客
それは世の喧騒に疲れた人たち
今は誰が何を思って生きているのか
私の水晶玉には何も映らなくなって
それだけ私は人間の営みに無関心になって

ハーブで焼いた肉を食べながら猫と会話
商いに向かない性分を指摘されている

チョコレートに誰かの失恋が混ざる
バレンタインデーに飛ぶように売れた
人の悲しみを買わなければ
失恋の痛みに耐えられない
そんな人たちの為に作った

人の心がわからない代わりに
人の弱さを観察しながら
商売をしていた頃

ひとりぼっちの誰かのために
脳が溶けるほどの甘いお菓子
年中無休で作り続けていた

子供たちには出し抜かれて
大人たちには嫌厭されて
寂しい時代は人を食った

弱さにつけ込んで
不幸をお菓子に変えて
叶わぬ夢は毒に変えて
客の手に握らせて見送った

簡単に繋がって
簡単に絶望して
簡単に諦めて
簡単に腐って
簡単に立ち直って

人の流れは大して変わらなかった
私の作るお菓子も、いつも同じだった

誰からも忘れ去られていく
誰も私にまじないを頼まない
誰も私を信じなくなって
私はオカルトの一頁

もう誰も私のところに
寂しさと怨嗟まみれの顔を
見せに来てはくれなくなった

人類の闊歩
その音に飽きた
箒は埃をかぶって
帽子はくたびれている

私は踵を三度鳴らして
帽子をかぶって
箒にまたがり

けたたましい笑い声を上げて
夜空を旋回しはじめた
声はしゃがれて
腰は曲がって

私は自分に使う魔法を
全て人類に捧げていた

魔女の献身

魔女の献身

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-01-05

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted