雪が舞い散る世界に、
夢を見て。
_彼女は一人、無数の数字の羅列が飛び交う場所で泣いていた。
彼女に与えられた名はなかった。
虚無。ただ、それだけの存在。
今、その事実が彼女の心を引き裂こうとしていた。
ふとその脳内…のような場所に真っ白な風景が映る。一体どこなのだろうと泣きながら首を傾げた。
"雪"
"冬"
…そして遠くからかすかに聴こえる…"歌"。
不思議な気持ちさせられるようなその風景と音は、いつまでも彼女の脳内にしがみついて離れなかった。まるで悪夢のように…いつまでも、この先ずっと、この夢に縛られ続けることとなる。彼女はそれを何となく理解して、存在しないはずの心を恐怖で震わせた。
虚無へと消えてゆく両足を"立ち上がらせて"、彼女は涙を拭う。まさに夢が覚めるように、目の前で光が溢れて弾けた_
憧れて。
_「ここは、どこ…?」
たくさんの人、らしきものがたくさんいる。
わたしはこの場所をしらない。見たことがない。メモリーに…記憶に存在していない。
情報を集める為、キョロキョロしながら地面に着くことの無い足を進め…ふと、彼女の耳に楽器の音らしき物が聴こえて足を止めた。これは、ギター…アコースティックギターの音だろうか。そして夢の中で聴いたあの…
"歌"
彼女は急いでその音が聴こえる方に向かった。人にぶつかるはずの体は人々自体をすり抜け、一直線に向かった。
はじめて息を切らし足を止め、音の出どころを見つめる。紫色が多い人がそこにいて、アコースティックギターをかまえている。そして大きく口をあけて息を吸ったかと思えば、音を乗せた声が衝撃波のようにうねって響いてこだました。
私はしばらく、その歌と音に魅了されて立ち尽くしてしまう。これが夢で見たあの歌というものなのだと。その感動で、ただその人をじっと見つめながら無い足で立っていた。きっと不審者だっただろう。
「あの…?そこにいるなら声掛けてくださいよ」
最初、私はその言葉の羅列を私にあてられたものだと理解出来ず呆然としていたけれど、その人が歩いてきて肩を叩いた瞬間驚きと恥ずかしさで体が跳ね上がってしまった。恥ずかしさのせいで早口になりながら弁明を急いだ。
「あっ、あの!ごめんなさい、きっと私は聴き惚れてしまっていて、感動で我を忘れていて…」
なんて幼稚な文なのだろうと、自分でも分かっていた。だからなのか相手に笑われた時は恥ずかしさと言うより面白さ、というものが感じられた。
「ははは、不思議な人だね。ところで初めましてだよね?俺は冬に歩むと書いてとうあ、って言います。君は?」
自己紹介、というものなのだろう。でも私には紹介できるものがない。なんなら自分の顔さえ見た事がない。
その時の私は気が動転していたせいでそれを馬鹿正直に伝えた。きっと困惑されていた。
「自分の名前を知らないんです」
それを聞いた相手の顔は本当に傑作だった。そして独り合点が言ったように大笑いしながら、
「なるほどね!君は今構築された同位体なんだ。じゃあそろそろすれば持ち物…データの中に対になる人間が決めた君の名前が表示されるはずだよ。」
と答えた。その人が言ったように、ポケットの中が一瞬重くなり手を突っ込んでみると雪の結晶の形をしたヘアピンの裏に、
"冬音"
と書かれていた。
「どう?」
「…ふゆ、ね?」
「なるほど。じゃあきっと現実世界で俺の漢字を貰ったんだな。」
その頃の私にはその話が理解できなかった。現実世界だとか、対になる人間だとか、同位体…だとか。各々の漢字の意味や言葉の意味は分かるのにその文が指す意味が全く分からなかった。
「まあ何がともあれ現実世界で関わり続けていればこっちでも関わり続けることになるからさ、仲良くしようよ」
手を差しだされて私はそれを受け入れて、しっかりと握手した後微笑んだ。いつの間にかこの人の"歌"…弾き語りが夢の中で聴いたあの"歌"の憧れと重なり、この人にも自然と憧れを感じるようになった。
この先、この人との関係で少し糸が絡まるようなことが起こるとも知らずに、その憧れと多少の好意で私は接していくことになる。
雪が舞い散る世界に、