安全な彼氏

 彼氏は比較的安全だった。彼は元カレたちと比べて無口だからだった。
 相手の言葉を元手に、過剰なまでの連想、飛躍、結論。私は自らの癖で、自らの命でさえも落としかねないほどに自らを苦しめてしまう。
 「ちょっと遅れそう」とデートの待ち合わせ五分前に連絡がきたら、彼は私と出会うのが面倒だから遅れるふりをしているのかもしれないと思う。もしくは「ちょっと」という表現から、私への愛の量に関するダブルミーニングを試みている可能性だってある。
 「要はネガティブなだけでしょ」
 去年の暮まで付き合っていた元カレは、付き合う年月が長くなるにつれてそんなぶっきらぼうな言い方に拍車がかかり、私から別れを告げた。「だけ」という表現は私には鋭利すぎる。
 安全な今カレとはサークルの飲み会でたまたま隣の席になったのがきっかけだったが、もはや必然と言ってしまってもいいかもしれない。もちろん、私はめったに飲み会には行かない。取り交わされる棘のような言葉がぜんぶ私に降り掛かっているような錯覚に陥り、いても立ってもいられなくなるからだ。年に数回あるかないかの、お酒を浴びるように飲みたくなる欲求がその日にかぶっていたのが運の尽きだった。
 彼は、まったく口を開かなかった。愛想笑い一つしない彼は、空気の読めない面白くねーやつというレッテルが貼られて以降、席の端へ端へと追いやられて、それでもやはり逃げるように端っこで度数の強い酒を飲んでいた私の隣まで来たのだった。
 彼はこちらを無言で見つめたあと、私の手にあったグラスを自然な所作で自らの手に移し、中の液体を一気に流し込んだ。
 会話ができない二人を気にする周りなどおらず、そのやり取りは私と彼だけが知っている。彼は、安全だった。

安全な彼氏

安全な彼氏

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-01-01

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