綺麗なメダカ


 揺れる水草の周りは息がしやすい気がするのは私だけなのだろうか?主人の顔に心臓の鼓動が早くなるのは私だけなのだろうか?
 白い空に突如と現れた黄ばみがある白色の物体、そこから、茶色の団子が下りて来る。私の中では天使の羽と呼ばれる神秘的なものは主人の手だ。私は餌と呼ばれるものを飲み込む。どうやら主人には飲み込む姿が面白いらしい。真似をしている。私以外、誰もいないこの空間では餌が横取りされる心配はない。このワンルームに水草が一本、水面に上り角に溢れる泡、地面には砂利が敷き詰められており、土管が一つある。餌が食べきれずに、落ちていく。主人は顔を近づけて水槽の壁に手を添える。指で叩き私を驚かせる。私は恥ずかしくて水草の後ろに隠れる。大きな瞳でこちらを見つめてる。
 謎に高いビル群に目も向けず、スマホを見て沢山の人がすれ違っている。僕はスマホで地図を眺めながら、自分の家に行った。この狭いワンルームに僕は酸素が足りないと思った。ある日、僕は息苦しく家を飛び出た。僕は走って駅に向かい、電車に乗って知らない駅で降りた。町の風景のせいか少し息がしやすかった。昔ながらの昭和を思わせる商店街を歩いていると脇道が見えた。入って行くとどこまでも続く平凡な街並みに僕は囚われた。気づいたら一軒の家に辿り着いた。駐車場には沢山の水槽が置いてあり、小さな看板が置いてあった。メダカ屋。僕が突っ立ていると奥から男の人が出てきて僕を見つめた。そして鼻で笑った。白髪や髭が気になった。擦れた声で言葉を呟いた。
「このメダカ、十円で売ってやるよ。」
僕は十円を差し出し、ビニール袋に入れられたメダカを貰った。メダカは特別珍しいわけではなかった。男は待ってろと言い、僕に小さなワンルームの水槽を持って来て渡した。さらに、餌や水草などが入った袋を男は差し出した。笑みを浮かべながら奥の庭に戻って行った。僕は顔を真っ赤にして水槽を大事に抱えていた。
 僕は家に帰ると水槽にメダカを入れた。メダカは静かに泳ぎ出した。どこか元気がなかった。新しい水槽が気に入らないのだろう。昔と違う空間、昔と違う主人、過去と違う、孤独だ。
 夏に売られる予定があった私は生き延びたかもしれない。私は隣のおばさんの話を聞いていた。夏祭りに金魚すくいというものがあるらしい。弱った金魚を水槽に泳がせて子供に捕まえさせる。捕まえた一匹の金魚を初めてお世話するらしいが金魚は長生きしないらしい。だから、メダカも活きが良いのを配りなさいと。それは育てる方が悪いんですよと言い返してた。だからか私はここを出されたら死ぬと思った。
 高田馬場駅で降りると綺麗な生徒が多い気がした。信号の島渡りをして歩道を歩いていると店舗がひしめき合っていた。専門学校のマンションが見えるとスーツの男性と黒い服で統一された男子が立っていた。僕は先生に近づいても声を掛けられず、自動ドアの前に行って初めて声を掛けられた。
「新入生の方ですか?」
「はい。」
「すみません。もうしばらく外でお待ちください。」
僕は男子の横に並んだ。男子はスマホを使って待っていた。僕はそれを見てケースも保護シールもついてないスマホをポケットから取り出した。特にスマホでやることもなく見つめていると一人の女の子が来た。その子も先生に声を掛けられると僕の後ろに立った。僕はそわそわしながら彼女を見てスマホに視線を戻した。先生に入っていいと言われて教室で椅子に座り、待っているとオリエンテーションが始まった。学校内の自由探索が始まると僕と男子と隣にいた彼女が呼ばれて僕たちは歩きだした。彼女は僕に話しかけて来た。そして、自然に流れて彼女と歩きだした。どこかぎこちなく、でも一緒にいるこの距離感に安心感をもちながら話をつづけた。そして、一緒に専門学校を出て話からドーナツ屋さんに向かった。彼女は甘いものが好きだそうだ。ドーナツを彼女は一個だけ選んで僕は珈琲を頼んだ。赤いマグカップに入った珈琲は酸っぱかった。僕は砂糖やミルクで誤魔化すことはしなかった。彼女が食べ終わると同時に僕は珈琲を一気に飲み干した。どんなに話しても彼女は僕の容姿には触れることはなかった。長く伸びた髪で目が隠れていようとも気にしてなかった。
 僕は中学生の時、リスと呼ばれていた。小動物を僕から感じるらしい。なぜリスなのかは分からない。僕がリスになった日。今でも覚えている。あの少女が忘れられない。
 僕は彼女が話してくれるのがたまらなく嬉しかった。そして、彼女は僕を分かっていた。彼女は嘘を嫌っていたし、話さなかった。正直者な彼女の言葉は全て信じられた。彼女はずっと横にいるよと囁いてくれた。だから、僕は彼女がいなくなるのを想像してなかった。僕も嘘が嫌いだ。
 僕は酔った彼女を連れ込んだ。初めて女性が部屋に上がった。彼女に水を飲ませると彼女は僕を見つめた。彼女は初めての経験を語った。僕は黙って聞いていた。彼女は下着になり、横になり、僕にゆだねた。僕は視線を感じた。その先には水槽があった。ひとつになるためのレクチャーは視線を意識させられた。ひとつになった時、彼女は囁いた。
「ずっと横にいるよ。」
朝起きた彼女はメダカを見て汚いと言った。
 雑草の上に水槽を置き、川の中を見つめた。川は濁っていた。水槽をゆっくりとひっくり返した。
 主人はわたしを見つめながら泣いていた。私は震えながら主人を見あげていた。
 目の前の女子がアイコンタクトを取って来る。執拗なボディタッチと方言の要求からこの子でいいと思った。二人で飲もうと誘い、席を立ち、彼女を連れて慣れないBarに入った。お酒を軽く飲み、彼女との距離を縮めて私の家に誘った。ずぼらな彼女は何も考えずにとんとんと付いて来た。僕の家に入ると彼女はベットに座った。僕は隣に座り、頭を撫でた。彼女は元カレの話を始めた。
 彼は耳にピアス、髪にピンクの高身長男子だそうだ。付属高校からのエスカレーターで進学して来た。そんな彼は私に近づいて来た。彼は私を可愛いと言ったし、私も彼をかっこいいと思った。でも、私は美人さんではなかったし、彼は優しくなかった。彼は同じ学校の生徒から噂をされる有名人だったし、私は初めての彼氏だった。私は必死に変わろうとしたし、彼は気にしなかった。彼は屍の上を私と浮遊しながら歩いて頭蓋骨を踏み壊すことなどしなかった。そんな私は彼の魔法を知ってしまった。
 だから、私はメンヘラなんだよ。
 ずっと横にいるよと耳元で囁いて押し倒した。
 主人の背中を見ると息が詰まりそうだった。私は主人を見送り、川を泳ぐと自転車と呼ばれるものがあった。自転車は茶色に錆びていた。その周りを泳ぐ同族のメダカたちは皆、汚かった。私は綺麗だったのだ。あくまで綺麗な場所で育てられた私は綺麗な場所でしか生きられないのかもしれない。

綺麗なメダカ

綺麗なメダカ

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-12-29

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