恋は病

 返信、えいや、と。
 瞬時につく、既読に、ああ、と思いながら、ガーリックトーストをあたためる。ああ、には、さまざまな感情がふくまれていて、じつに複雑な、ああ、である。
 にんげんは、たまに、言葉の重みを忘れる。
 そう言っていた、ノエルが、きょう、うつくしい絵画となって、あのひとのもとにいった。
 ぼくはお昼に、パンやさんで買ったガーリックトーストと、クリームチーズのパンと、シュガーラスクのうち、ガーリックトーストを食べそびれてしまった。
 既読をつけた、金糸雀、というなまえのひとのことを、ノエルは、こわいひと、と呼んでいた。
 あなたにとって、よくないひとだと、ノエルは何度も、ぼくに忠告していた。
 あなたを、不安にさせるひと。
 あなたを、かなしませるひと。
 あなたを、こわすひと。
 ぼくはじぶんでも、わかっていて、金糸雀といっしょにいたら、たぶん、ぼくは、だめになるだろうと。身も心もぼろぼろになって、すてられるのが目に見えているのに、ぼくは、金糸雀の温度や、感触が、ときどき無性に、恋しくなるのだった。「今夜、来るか」という、金糸雀からの連絡に潔く、ノー、と答えたのは、ぼくのことをずっと心配してくれていたノエルへの、はなむけのようなものである。金糸雀からの誘いを断る、イコール、いずれぼくはきっと、金糸雀以外のだれかのまえではしばらく、はだかになれないということなのだが。わかっていても、そのうち、欲してしまうのだから、これはもう、どうしようもないものなのだろうと思う。
 あたためて、角がすこし焦げたガーリックトーストを、かじる。
 なんだか、味がよくわからない。
 絵画となったノエルを、一生たいせつにすると、あのひとは泣いて誓った。額縁のなかのノエルを、愛おしそうに抱いて。
 うらやましかった。

(ああ、こういうのをぼくは、金糸雀に期待しているのか)

 ガーリックトーストだったはずの、ただのバゲットを、ぬるくなったコーヒーで流しこむ。
 ああ。

恋は病

恋は病

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-12-25

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