寒波

 ふる、雪。
 つもるらしい。天気予報が、そう言っていたので。
 みているぶんにはいいけれど、とつぶやく、七生のとなりで、風間が、車のひとはたいへんだと、あまり感情のこもっていない声を発する。テレビのなかでは、しらないアーティストが、しらない曲を歌っているけれど、しらないのはどうやら、ぼくだけであるらしく、七生はひかえめに口遊み、風間のからだはメロディにあわせて揺れている。近所の和菓子屋さんで買ったクリスマスケーキは、おいしかった。思うに、これまでまずいケーキというのを、食べたことがないような気がする。ケーキの、まずい、の、基準とは。
 雪がふると、この街はすこしだけ、おかしくなる。
 というか、歪む。七生いわく、ぼくらの生きている世界のうらがわ、というものが、ちらっと顔をみせるのだという。
 歪んだところから、街には、にんげんではない生命体があらわれる。つまりは、うらがわの住人。姿形は、れっきとしたにんげんであって、でも、内部構成は、まるで異なるのだと、えらそうな先生みたいに、風間が語っていた。ぼくらは、いつの頃からか、三人でつるむようになり、三人でごはんを食べるようになり、三人で眠るようになり、ときには、三人で性的欲求を解消するようになって、ああ、こういう感じが「ふつう」になってきたのも、街が、世界が、歪んでいる証拠なのかとも思うし、それはぜんぜん、かんけいないことだとも思う。うらがわの住人は温厚で、ひとあたりが良すぎて逆にこわいとささやかれている。

 この曲、ラジオでくそほど聴いたし、と、七生がうんざりしたように言う。
 テレビから流れてくる、あたらしい歌。
 ぼくがしらない、だれかの歌。
 みんな好きが、じぶんの好きに自動変換される時代だからと、風間が答える。
 クリスマスイブだからって、やさしいきもちになれるわけじゃないよな。

寒波

寒波

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-12-24

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