冬ごもり

 春のにおいがしたのだと、あのひとはいうけれど、いまは冬だし、春はまだ、このつぎですよとおしえてあげると、あのひとは、においがしたはずなのになぁとぼやきながら、ふたたび、ねむりについた。
 冬のあいだは、ずっとねむっているあのひとのかたわらで、ぼくは、本を読んでいて、コーヒーをのんだり、ココアをのんだりしながら、物語や、詩や、写真集や、レシピ本をながめていて、ときどき、窓のそとにみえる電波塔が、しらない星からの電波を受信しているようすを、ぼんやりとみている。テレビはこわれて、音楽を聴くためだけの機器も、いつのまにかつかえなくなっていて、部屋を満たすのは、本のページをめくる音と、きみの寝息だけだった。クリスマスも、お正月も、あのひとと、いっしょにいられるのだから、おいしいクリスマスケーキや、豪華なおせち料理をたべるよりも、これはしあわせなことなのだと言い聞かせて、ぼくは、これまでに読み終えた本の、三十冊ほどつみあげた、いちばん上の本の表紙に、ふれる。指をはわせる。縦横無尽に。右往左往して、ふいに、一瞬だけ、むなしい、と思う。好きなひとのとなりにいるというのに、こんなきもちになってしまうなんて、ばちあたりだ、と反省して、つめたくなってしまったカフェオレをのみほす。
 電波塔には三日に一度、少女たちが集う。
 しらない星から送られてくるメッセージを解読するために、少女たちは生まれてきた。
 みんな、一生処女なのだと、抑揚のない、平淡な調子であのひとが言っていたことを思い出して、でも、なにも感じることはなかった。
 今夜はやけに電波塔のてっぺんが光るから、どこかでひこうきがおちるかもしれないので、ぼくも、はやくねむろうと思った。

冬ごもり

冬ごもり

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-12-22

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted