特殊な救われ方

#斬るえむグランプリ4 外伝

先日、弊社で働き始めてから早いもので3年目を迎えた。

異動や転勤に縁のある職種なので、入社して日の浅い私でさえ既に3度の異動を経験している。


現在勤務している現場は立地も人もかなり良く日々穏やかな気持ちで働いているが、ここに異動する前の現場は非常に精神衛生上よろしくない場所であった。

今回は某グランプリで共に戦った「あの曲」との出会い、そしてなぜその曲を流したかについて記しておこうと思う。

社会の荒波


入社後初めて赴任した現場ではとにかくいろんな出会いがあった。


切磋琢磨し合った同僚、自分の経験からアドバイスをくれたり仕事を教えてくれたりととてもよく可愛がってくれた先輩方、無理難題を一緒に解決出来るよう協力してくれた取引先、そして私のことをとんでもなく嫌っていた上司だ。


この上司(♂)年齢は40代半ばと私の親とほぼ同じだがとにかくキャラが濃かった。


ぱっちりアイプチに加藤諒を彷彿とさせる存在感の眉毛、毎日欠かさずメイクバッチリで出勤は序の口。着信音はデカレンジャーのop、スマホのロック画面もデカレンジャー。

スケバン刑事が好きなことが興じてなのか口癖は「承知しないよ!」「〜じゃあないのかい?」などなど。デスクには常に折り鶴が置いてあった。

彼は仕草がとても女性らしく、顔の良い男性社員にはゲロ甘なのに若い女性社員にはとことん厳しいことで有名だったために周りからは「ゲイなのではないか?」との疑惑を持たれていた。



関東に引っ越してきたばかりで右も左も分からず、都会で生活するという期待に胸躍らせる小娘であった私はこのキャラ激濃上司から数々の試練を与えられた。

彼の名誉に免じて「試練」と記したが、まあ普通にパワハラ祭りだった。

怒鳴る、無視、自分のミスを私のせいにし裏で悪口を言いまくる(その上司は仕事が出来なかったのでめちゃくちゃミスを連発していた)、私への理不尽な仕事量の押し付けに伴い周囲に人員に「あいつの仕事を手伝うな、1人で全部やらせろ」との圧力。出張先への交通費や支給されるはずの昼食代もすべて実費だった。


ありとあらゆるパワハラを受けた。パワハラ博物館みたいな上司だった。


連日続く博物館からのクセ強めな展示の数々に、「助けてあげられなくてごめんね」と先輩や同僚が心配してこっそり仕事を手伝ってくれたりクライアントと一緒にメンケアをしてくれたりと裏で支えてくれていた。今でも感謝している。


当時の私は若く生意気で世間をよく知らず、一刻も早く仕事が完璧になりたいというハングリー精神と
「若い女というだけで嫌われる理不尽さに負けたくない」という謎の反骨精神がメラメラと燃え滾っていたため、パワハラ博物館から何をされてもわりと「こなくそ!」という気持ちで仕事をやり抜くことができていた。

無視されても分からないことは質問したし、自分が悪いなと思ったら素直に謝罪した。いつか見返してやろうの一心で仕事を覚えた。どんなに嫌いな奴に対しても礼節は欠かしたくなかった。



いつからか、クライアントや後輩たちは上司ではなく私に質問をするようになっていた。それが素直に嬉しかったしモチベーションにも繋がっていき、私の心を支えてくれていた。


あらゆる方向からのパワハラにもめげない鈍感な私に業を煮やしたのか、ある時期から上司はアプローチ方法を変えてきた。


異動である。

地獄


「こないだtaroさんが出張に行ったとこあるでしょ?いま人足りないんだって。来月からあそこに行ってもらうから。」


青天の霹靂だった。

クライアントや先輩とシステムの改善案を相談し合ったり後輩たちとも打ち解けたり、上司からのパワハラは変わらないもののようやく仕事に対する風向きが変わってきた時期だったからだ。

正直めちゃくちゃ悔しかった。
相変わらず汚ないやり方しやがるなぁとも思ったが、私の「いつか上司が目を覚ましてくれるはず」という当初の熱意はどこかに消え失せ鎮火し、ほぼ諦めの境地に達していた。


私の異動はほぼ前日まで秘密にされ、お別れを惜しむ間もなく次の現場へと赴くことになった。

またかよ


異動先の上司は50代前半の女性の方だった。
同性ということで安心したのもつかの間。
この女性、前の現場の上司と同じ穴のムジナだったのである。


挨拶に赴いた初日。
「こちらでお世話になります。よろしくお願い致します。」と頭を下げ菓子折を渡そうとすると

「あなた何か香水付けてる?甘い匂いがするんだけど。女の子ぶるのもいいけどここは職場なんだからね」
と先制攻撃。
もちろん香水のたぐいは付けていない。体臭がグッドスメルですみませんねぇ。ガハハ。


1悶着ありつつ異動先での日々が始まった。またゼロからのスタートである。真面目に謙虚に目立たないよう細心の注意を払いながら業務に取り組む。

前の現場で大抵のパワハラには慣れていたもののこの女上司のパワハラは別格だった。

私のみならず、先輩への陰口や暴言・暴力は日常茶飯事だった。先輩はメンタルがあまり強くなかったようで日に日に弱っていっているのが目に見えて分かり心配だった。

私も先輩もかなりの極限状態で毎日働いていた。



先に音を上げたのは先輩だった。私が怒鳴られているところを見るのも限界だったのだろう。
ある日から先輩は職場に来なくなり、そのまま退職ことを風の噂で耳にした。

退職した先輩の悪口をいやらしい笑みを浮かべながら話す上司の顔がとてもおぞましく、私は上司のあの表情をきっと一生忘れないだろう。



いじめる対象が私だけになり上司からの仕打ちはより酷くなっていく一方だった。

その頃、プライベートでもかなりショックやストレスを受けることが多く、私の精神もほぼ限界であった。
毎朝通勤電車に乗る度に「このまま死ぬかバックれるかどっちがマシかな」と考えて、帰りの電車ではホームに飛び込んでしまいたい欲求を何度も抑えこんだ。



そんななか出会ったのがロマンス&バカンスというバンドである。

衝撃

YouTubeをなんとなく漁りながら電車に小一時間揺られながら通勤するのが日課になっていたある日、おすすめに気になる動画を見つけた。


ハワイのレイを首から下げサングラスをかけた男性が2人、腕をクロスし不思議なポーズをとっている。後ろにはドラムセット。画面中央には黄色い文字に赤い縁どりで「おちんちんYEAH!」の文字。
邦ロックが好きだったこともあり何気なく動画を再生する。


失礼な話、このPVには全く期待していなかったし、ビジュ的にどうせ一発屋なんだろうなという気持ちではあった。


動画を見進めて行くと自然と涙が出てきた。アホなことをとても楽しそうにする人達。しょうもない下ネタひとつでこんな曲が作れるのか。みんな本当に堂々としてるし心の底から楽しそうだ。いいなぁ羨ましいなぁ。

ボロボロ泣きながら動画を見終わると、不思議なことにほんの少し「今日も頑張ろう」という気持ちが芽生えていた。



死ぬか会社をバックれるかの瀬戸際で絶望していた私に元気になるきっかけを与えてくれたのは、あろうことかたまたまYouTubeで見かけたロマンス&バカンスだったのだ。

という経緯があり、私はロマンス&バカンスに甚大なる恩義を(勝手に)感じている。


斬るえむグランプリへの参加の際、自分なりに誰かの心を動かすDJがしたいと考えた時に真っ先に思い浮かんだ曲がこの「おちんちんYEAH!」だった。


誰もが不安、恐れ、絶望、ネガティブな気持ちと戦いながら生きている。そんな中何かの因果で私と出会ってくれた。

そんなあなたが、全力でバカみたいなことをする私を見て、少しでも楽しくなってくれたら。気が晴れてくれたら。希望を感じてくれたら。


そんな気持ちで私は斬るえむグランプリ4の舞台で「おちんちんYEAH!」を流し、ロマンス&バカンスのPVになるべく寄せたパフォーマンスを披露した。



いまのところこのエピソードを誰に話しても笑われるし「重いわ!」と馬鹿にされる。

初めてロマンス&バカンスのLIVEに行った時は生のロマンス&バカンスのパフォーマンスに感動し、勢い余って泣きながらこのエピソードを(端折りつつ)物販ブースにいたタクマングースさんとタテヨーコさんにお話させて頂いた。

キーボードのタテヨーコさんはにこやかにお話を聞いてくださってはいたものの「奇特な人だ…」とちょっと引いていた。


しかし彼らはズタボロだった私の心を明るく照らし生きる活力を与えてくれた。
その事実は揺らぎなく相違ない。
この衝撃と体験は私の宝物である。



その後も異動があり現在勤務している現場になってからも当時の事をたまに思い出すが、あのタイミングでロマンス&バカンスの「おちんちんYEAH!」に出会えて本当によかったとつくづく思う。



死んでしまいたくなるくらい嫌なことや辛いことがあっても、楽しいことはその辺にゴロゴロ転がっていて、それを拾うも見落とすも自分次第なのだ。


どんなことも「面白い」「楽しい」に変換してしまえばこっちのものなのである。



これからどんな「面白い」たちと出会えるのだろうか?
世界はまだまだ広すぎてワクワクが止まらない。

特殊な救われ方

特殊な救われ方

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-12-21

Copyrighted
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