落下から始まる物語13
地味な話ばかりが続きますが、こう言う話が書いていて不思議とワクワクします。
00210905ー1 新しい世界
「君は、もう少し自分の立場を考える必要があるのではないかね」芝崎教頭は、苦々しい気持ちを隠そうともせずに、メグルにそう言った。芝崎の手にはメグルのSF研究会への入部届が握られていて、彼の前にはメグルの罪の無い笑顔と、然世子の不安そうな愛想笑いが並んでいる。
「君に才能があるのは、認めざるを得ないようだね」芝崎が冷たい眼差しを、その然世子に向けた「物事をややこしくする方面については、群を抜いている。」
「ごめ、ご迷惑は、おかけし、ませんので」然世子が目を泳がせながら言う。
そこで芝崎は、先刻からの違和感の理由に思い至った。案外にしおらしい然世子の態度がその正体だった。
もっと、勝ち誇っているのかと思ったが。
「これ以上、と言う事かな。まあ、頑張って欲しいが、君が考えている程、世間は甘くないのだよ。サポートユニットを作ると言う事で、君らがどう言う風に見られているのか、そこにカスガノ君が入る事の意味を、よく考えて行動するように願うよ」言い終わった芝崎は、中断していた手元の作業に戻った。
自分の脇に二人の生徒が立ったままでいる事に気が付いたのは、数十秒後だった。
「まだ何かあるのかね?」
「え、じゃ、じゃあ、入部を認めてくれるんですか?」然世子が消え入りそうな声で聞く。
「書類の不備がある訳でもないのに、認めない方法があれば、とっくにそう言っていると分からないかね」芝崎は苛々した口調で答える。
「ありがとうございます!」
考えてみれば、お礼の言葉くらいこの場に不似合いな言葉もなかったが、然世子は咄嗟にそう言うと、一礼をして教頭室を出た。
メグルもその後に続きながら、この部屋での奇妙なやりとりについて内心首をひねっていた。
まだまだ勉強は始まったばかりだった。
「と言う訳で、今日から私達の一員になった、カスガノ=メグルさんです」然世子は緊張した笑顔でそう言った。
「ご紹介にあずかった、カスガノ=メグルです」頭を下げるメグルに、居並ぶ一同は拍手で応えた。
然世子は少しホッとした顔で「さ、最初は、自己紹介からかな」と咲子を促した。
「白石咲子です。今年からの新入部員です。まさか、こんなに早く後輩が出来るとは思いませんでした。よろしくお願いします。」
「茅=ゲーゲンバウアです。昨日はありがとう。私はこの会のマネージャーです。よろしく。」
「アラン=ショーべ。ナカヨクやろう。」
「上田 明です。よろしく。」
「改めて、部長の坂松然世子です。今日から、よろしくお願いします。ねえ、ちょっと、咲ちゃん以外、手短か過ぎない?」
「そんな事言ったって」上田が困ったように言いかけて、口ごもる。
一同のわだかまりを察して、咲子が口を開いた。
「メグルさん、私、日課で、朝練のみんなの為に、コーヒーを毎朝準備するんです。メグルさんには、何を準備すれば良いですか?」
「あ!」その咲子の質問で、然世子は漸く他の部員が口を重くしている理由に気が付いて、声を上げた。
「お気遣いありがとうございます。大丈夫です。コーヒーは好きですよ」笑顔で答えるメグル。
「そっか、そうだよね」然世子は呟いて、黙りこんだ。
目の前に立つ少年は、恐らく現代最高水準のサイボーグであり、およそ普通の学校生活で出会う事などない存在なのだ。無論、茅やアラン達に悪意がある訳ではない。ただ、どう向き合えば良いのかが分からないのだろう。
「そうだよね」同じ呟きを繰り返す。
一同は、何となく然世子の次の言葉を待つ雰囲気になっていた。
然世子は改めてメグルを見た。
欧州出身のアランよりも、さらに白い肌。
髪は、人形の様に均一な漆黒。
黒い瞳はガラスのように輝いている。
「カスガノ君に、お願いがあるんですけど」然世子はメグルを見つめたまま口を開いた「みんなが口を重くしているのは、カスガノ君と上手くやって行きたいからなんです。上手くやって行くには、相手が、何が好きで、嫌いで、愉快で、不愉快かを知らなければならないでしょ。大抵は、付き合って行くうちに、その辺を、こう、何となく掴んで行くものなんですけど、カスガノ君の場合は、不愉快に感じたら申し訳ないけれど、やっぱり、ちょっと特別なんだと思うんです。変な意味じゃなくて、あの、ええと、あれ、ちょっと待って。」
然世子の顔が、言いたい事が纏まり切らない内に、話し始めてしまった後悔に、朱く染まる。
つまり、最大の壁は、彼がサイボーグと言う事で、でも、それはある種の外見的な事で、アランが金髪なのと同じ事の筈で、違う、同じ事になっていないから、今こう言う状況なわけで、何で違うのかと言うと・・・
「カスガノ君の事を、教えて下さい。言えない事、言いたくない事を言う必要はないんですけど、あなたの事を、教えて下さい。」
然世子の口をついて出たのは、その言葉だった。
ほんの暫く、それでも然世子には永遠の長さに感じられるような沈黙を挟んだ後、メグルが口を開いた。
「分かりました。まず、きっと皆さんを戸惑わせている、この身体についてお話ししましょう。」
然世子は、また膝の力が抜けそうになるのを堪えていた。
「私は、物心ついた時から、機械の身体だったんです。理由は分かりません。私を生んだ人が誰かも、分からないからです。」
メグルが語り続けるのを聞きながら、部員達は各々、椅子や道具箱に腰を下ろした。
「最初から、私は田中情報力学研究所に居ました。丈太郎おじいさんと、オシリスと、他には数人の家族だけが、ずっと私の世界の全てでした。最初は、手も足もない、センサーと発声器官だけだった身体は、私の成長に合わせるように、複雑な物へ更新されて行きました。この、いまの身体は、十二回目のアップデートです。丈太郎は、いずれ私を外の世界に行けるようにしてやると、約束してくれていました。彼は去年、亡くなりましたが、約束は果たされました。」
「それが、この転入と言う訳ね」茅が言う。
「そうです」メグルは微笑んだようだった。「そう言う訳で、私には、余りお話し出来る事が多くないんです。ちなみに、最初の三年は、同じ身体でしたが、それからは毎年更新が繰り返されました。今のこの身体は、数年使うそうですが、普通のサイボーグとは大分違う作りになっているそうです。流子さんが言うには、合理的配慮を排除して、人体を追求したので、機能性と言う意味では零点だと。」
「流子さんって言うのが、その、ご家族?」その然世子の問いに答えたのは、茅だった「田中流子、今の研究所の所長さんね。」
「ご存知ですか」メグルは少し驚いたようだった。
「昔、あなたの言う丈太郎おじいさんが亡くなられた時のニュースで聞いたの。」
「そうですか。そう言う訳で、私は、今、長年の夢が叶ったところなんです。」
「コーヒーを飲めるってことは、飲み物は殆ど大丈夫ってことですか?食べ物は、やっぱり、代用食なんですか?」咲子が、何事もなかった様に、自分の質問に戻ったのをきっかけに、皆が口々にメグルに質問を始めた。
「カスガノ君、全然モーター音させてないよね。遮蔽してるの?」
「昨日言っていた本は、研究所で読んだの?」
「人生ソノモノがSFミタイダネ。他ニモ君ミタイナ人ガイルノカナ?」
「代用食でなくても大丈夫ですよ。実はモーターは無いんです。人工筋肉です。読書は沢山しました。家族の事は、余り話せないんです・・・」忙しく答えながら、メグルは、最初の日の晩、アゼミに言われた事を思い出していた。
「何故なら、こうやって言葉で相談することが、いずれ絶対必要になるって、オシリスもアテナも言うからよ。」
落下から始まる物語13
メグルは嘘はつけないんです。