朱に交われば
ニア・カレイドヌ、というなまえだったと思うけれど、確実性はなかった。にんげん、のはずだけれど、断定はできない。水族館の、シャチのプールをみていたすがたをさいごに、いなくなったので、シャチに食べられたのでは、という見解をしているのは、ネム・オリンビア。こちらもまた、なまえが正しいかは判然とせず、にんげんなのかもわからない。ニアとネムは、ふたりでひとつだったが、ある日を境に、分裂したのだ。火星から、赤い涙が落ちた夜だった気がする。ふたりとも、かたちとしては、にんげんである。でも、その中身は、にんげんではないのかもしれない。確認する手段がなくて、曖昧なままだ。ニアは、シャチのまえからとつぜんいなくなり、ネムは、双子のかたわれ、半身のようなニアがいなくても、至極冷静だった。水族館の、シャチの飼育をしているひとが、あたしとネムのことをひどく迷惑がっているのは、当然のことであり、こうしているあいだにも、あたしのなかのニア・カレイドヌという存在は、その鮮やかさを失いかけている。ネムはときどき、ニアなんて、はじめから生まれていなかったかのようにふるまう。あえて、なかったことにしているのではなく、自分はずっとひとつの生命体であるのだと、信じてやまない。
狂おしいほどの朝焼けに、肉体をまるごと染め上げられたいと懇願する女の子たちは、みんな、愛するひとのためにしんでもいいと思ってる。
そういう世界だったな、ここは。
朱に交われば