止まり木の根っこ

止まり木の根っこ

止まり木がマイクロノベル集なら、ここにあるのは根っこ。
文字数がちょっと伸びてしまったお話や詩のことである。

眠る子。

小さな殻の中でスヤスヤと眠る小さな赤ん坊。
ふかふかでしっとりとした土に包まれていく。
温かい光とお水を注いで、明日、また会おう。

特別な君には、まるくて小柄な白のおうちを。
優しい風の踊り場から、一番の景色を見せる。
殻の中で、まだふくふくと眠る小さな赤ん坊。

そして、ふっくらと、中から黄緑の芽が誕生。
力一杯成長する君に、祝福と褒美を用意する。
温かい光とお水を注いで、明日、また会おう。

おやおや、見てみて、寝ぼけているようだよ。
布団の横から、ほら、足がちょんと出ている。
僅かな土の中ですくすくと育つ愛おしい子供。

おませな君のため、少し大きな黒のおうちを。
引越し祝いにまた、大事なアレとアレを送る。
温かい光とお水を注いで、明日、また会おう。

毎日が記念日だった時を過ごしてきて、なお、
大きくなってまた眠る君を、これからも愛ぶ。
還ったらまた、我が子として戻っておいでよ。
柔い光とお水を注ぐから、明日、また会おう。

沈黙の3分間

部屋の中でひとり
頭をゆらして
目を瞑って
じっと座っていた

口をつぐんだまま
手には小さな機械があり
耳には白い粒を嵌め
脳内はすっかり別世界へ

(#るぅにぃからのお題 より)

電子の歌姫へ。

 10周年。

 その数字は、実際に示す数よりも、
 何万倍、何億倍もの質と量を表している。

 君に託された想いや音色。

 君が見せてくれた様々な物語と可能性。

 全部、全部が詰まった10年だ。

 おめでとう、そしてありがとう。

 これからも、皆に愛される歌姫として、
 その笑顔と歌声を元気いっぱい、
 世界中に広めておくれ。

(初音ミク10周年)

灰色の実像

 想像力豊かな人が羨ましい。本当に羨ましい。
 何の意味も持たない真っ白なノートでも、
 ただどんよりとしている雨雲が漂う空でも、
 なんらかの味がするお弁当でも、
 ガラクタしか入っていないロッカーでも、
 駅で電車に乗り込むだけでも、
 最寄りでICカードを読み込むだけでも、
 傘を差すだけでも、
 雨の中を歩くだけでも、
 家の玄関を開けるだけでも、
 自分の部屋に入るだけでも、
 色鮮やかな世界を見出せるんだもの。

 そして、きっととても素敵な夢を見るんだわ。
 灰色な私には一生見ることのできない、素敵な夢を。

怖い言葉

僕は今日も耳にイヤホンを当てて出かける。
マスクもつけて、外を歩くんだ。

言葉を発することは人類にとって、最大の武器となりうるもの。
これはいわば諸刃の剣なのだろうと、誰かが言った。
強いからこそ、使い方を間違えるといけない。
間違えてしまうと、取り返しがつかないことになるだろう。
そう聞いてから、僕は言葉を発することに対して億劫になった。

だから、僕は今日も耳にイヤホンを当てて出かける。
マスクもつけて、外を歩くんだ。

幸せの刻

 トントントン。
 カッカッカッ。
 サクサクサクッ。
 ザクリ。

 野菜やお肉を小さく切り込んで、熱々のフライパンに放り込む。
 カンカンコンコンと、ちゃんと火が通るまで一定のリズムで混ぜる。
 前もって作っておいた私の特製ソースを絡めて、ぐつぐつ言い出したら火を止める。
 じっくり煮込んだコンソメスープもそろそろいいかな。
 あと、炊きたてご飯を茶碗にたっぷり盛り付けて。

「みんな!ご飯よ!」

 最後はみんなが美味しそうに食べる顔を添えないとね。

#未完成な僕らのさようなら

 こんな僕を許しておくれ。
 言葉で示すことも、態度で示すこともできない。
 ましてや、行動で示すことなんて、とんでもなくて。

 これでも僕は、君にとても感謝していたんだ。
 君のおかげで、僕の人生は新たに始まったから。
 恩を仇で返したくなかったけど、どうやら僕はそういう人間らしい。

 君の道の先が、幸多からんことを。

 そして、僕の道が、君の尊い道と交わりませんように。

船旅

 「死」とはどこか。「生」とはどこか。

 達観する前に、まずは手前の「命」を舵とれ。
 しっかりと掴む舵は「願い」と「信条」で作れ。
 方向を決める時は「自信」と「道徳」という羅針盤を持て。
 凪も嵐も受け止める帆は「客観性」と「柔軟性」のものを張れ。

 地図はどうするかって? そんなもんはねえよ!
 手前の「命」はどこまでも進む!
 それで充分だろうが!

 目的地はどうすかって? 今すぐいるのか!
 海の「波」は気まぐれだ、あっという間に見失っちまうだろうよ!
 まずは手前の「命」と「仲間」の「今」を必死に守れ!

 でないと「太陽」も「勝利」も微笑んじゃくれねえよ。

 手前の「命」、生かしてみろや。

繋がり

小さい頃は、糸がたくさん見えた。
太くてふわふわな、色とりどりの毛糸。
優しくて、掴みやすくて、結びやすかった。
周りにはいつも、結び蝶が舞っていた。

少し背が伸びた頃、糸が少し減った。
変わらず色鮮やかだったけど。
まだ、ふわふわしていたけど。
少し、不安だった。

周りの環境に敏感になった頃、糸がまた減った。
ほんのりと、ホコリが被ったように見えた。
細くなって、あちこちにうねうねし出して。
なんだか、掴みにくくなった。

自分の構成を知り始めた頃、糸はぷつりと途切れた。
蝶が次々と落ちていき、埃が絡まっていった。
手には小さな糸切りバサミがあって。
視界は滲み、霞み、熱く脈打った。

自我が落ち着き始めた頃、糸はたった数本しか見えなくなった。
細いのに、輝くように濃い色をしていた。
一生懸命掴んでは結ぼうとしだけど。
不器用だから縺れてしまった。

繋がったままだけど。
いつ、何で解けるかわからなくて。
もっと縺れさせて引き止めるのも違うから。
今は、そのままでいる。

そしてある日、逆らえない風に吹き飛ばされて。
藤の花やしだれ柳のような、大群の糸たちに晒された。
掴んでいけと、どこからか聞こえてきた気がした。
震えながらも、歩き出す。

見てみると、中には蛇や硬い紐が混じっていて。
近づけばくねり、噛みつき、縛ろうとしてきた。
必死に避けていると、目に入ってきた太くてふわふわな毛糸たち。
そうか、君たちを追わなきゃいけないのか。

イヤなやつらを振り払いながら、私はゆっくりと掴んでいった。
時々、過去に縺れた糸たちを振り返りながら。
不器用なりに結んで、また進んでいく。
震えて立ち止まる余裕なんてない。

糸たちを、繋げていかないといけない。
一度は切ろうとしたけど、逃げようとしたけど。
蝶がいないと生きていけないから。
また、進んで、掴んで、結んでいかないと。

#もし人を殺しても良かったら

 殺人罪という法律がなくなりました。人々は驚いたと思います。

 だけど、意外なことに、次の日は何も起こりませんでした。

 いきなりすぎて、みんな、戸惑っているのでしょうか。
 もしかしたら、数日経ってから、人々は血塗れになるのかもしれませんね。

 他人事のようにぼんやり考えていました。
 だけど、一週間経っても、一ヶ月経っても、何も起こりませんでした。

 僕はとても不思議に思いました。
 現代社会で、不満を持っている人はきっと多いでしょう。
 一割くらいは、死亡率が上がるかと思うじゃないですか。
 やはり、戸惑っているのでしょうか。
 ああ、もしかしたら、殺し方をすごく悩んでいたりするのかもしれません。

 今日も僕は、のんびりとテレビを眺めています。
 今日、誰かの死体が発見されたそうです。
 身元がわかる、生前の写真に出てきた人は、僕にとってもよく似ていました。

 本当に、よく似ていますね。

泣かせてごめん。

 小さな小さな身体の中。一体どこから、そんな大きな声が出るのだろう。
 そう思いながら、私はあなたを弱い腕で抱き上げた。

 小さな小さなお顔を、くしゃくしゃにして真っ赤に染め上げている。
 お口は大きく開けていて、言葉にならない心の声が溢れ出ていた。
 よしよし、と優しく揺らしても。
 口元に甘い好物を近づけても。
 ふわっとしたオムツを覗いてみても。
 どうしてあなたが泣いているのか、全くもってわからないのだ。

 腕にはあなたを抱えているから、自分の頭を抱えることもできない。
 身を痛めて産んだあなたが、突然、とても遠くて謎の多い生き物となる。

 どうしよう、どうしよう。

 考えようにも、あなたの心の声が耳に流れ込んでくる。
 腕が痛くて、背中が痛くて、足が痛くて。
 私の心が、一番痛い。

 ごめんね、ごめんね。

 まだ言葉がわからないあなたに、そっとささやいた。
 あなたと同じ、涙を浮かべた。

 温かくて柔い、小さな手が、頬に当たる。
 顔を上げると、あなたは先ほどとは打って変わって、目をクリクリとさせている。
 小さな小さな口からは、言葉にならない優しい声がふわんと浮かんでくる。
 ああ。なんて可愛い我が子でしょう。

 ポロポロと落ちる大粒の涙たち。拭いながら、不器用な笑みをあなたに向けた。
 あなたはぽんやりと見つめたのち、やんわりじんわりと、笑い返してくれた。

 ひとつ、小さく大きなあくびをするあなた。
 明日もまた、共に泣いては笑ってほしい。
 愛おしい愛おしい、小さな我が子よ。

狭間の世界で脱抑制

 無音。
 苦い。
 重い。
 黒い。
 闇。

 心地がいいのは最初と最後だけ。
 初めて闇に触れた時と、久しぶりに光を感じた時。
 あとの時間は全部、曖昧に溶け込んだ灰色の記憶。

 囀り。
 甘い。
 爽快。
 白い。
 光。

 心地がいいのは最初と最後だけ。
 初めて光に触れた時と、久しぶりに闇を感じた時。
 あとの時間は全部、曖昧に焼け焦げた灰色の記憶。

 雑音。
 無臭。
 ぬるい。
 灰色。
 陰。
 影。

 ようこそ、なんでも有りな世界へ。
 記憶なんて関係ない。
 規律も法則も存在しない。
 ここでは自由に暴れられる。
 無法地帯な狭間の世界だ。

僕は昔、僕の師匠に訊いたことがありました。
一人前になるには、どうしたらいいのですか?と。
師匠はとても立派な方で、大勢の人々を笑顔にしてきました。
師匠もいつも笑顔で、小さい頃からの僕の憧れでした。
僕の質問に、師匠はこう答えました。
「まずは、求める人々の声を聞き取れるようにしないとな」
求める人々の声。僕たちを求める、人々の声。

師匠のお言葉を聞いてから長い月日が流れました。
師匠はもう、僕の隣には居てくださらないようです。
それでも僕はずっと、師匠を目指して前を向きます。
常に、求める人々の声に耳を澄ませます。
そしていつか、僕もーー

おもしろい人

「山田くんって、いつもそんなに無表情なの?」

 山田と呼ばれた少年は、隣に座る少女を見て答える。

「自分だとよくわからないけど、周りの人たちからすればそうみたい」
「へえ……」

 少女は長い茶色の髪を右手でいじりながら、大きな瞳を山田に向けた。

「じゃあ、どんな時に山田くんの表情筋は動くの?」
「さあ、わからない」

 山田はあっさりと答えた。
 少女は口をすぼめ、頬杖をしはじめる。

「なんだ、つまらないの」
「つまらなくてごめんね」

 これまたあっさりと応える。
 少女はまだ不満げにしつつも、そっぽを向いた。
 これ以上、何も問われないだろうと思ったのか、山田も自分の手にある本に視線を落とす。

ーえいっ!

 するとどうだろう。
 しばらくの間は聞かないと思った少女の声がした。
 そして、その丸い指で、山田の動かない頬をつんつん。

「……なに、してるの?」
「驚かそうと思ったの!そしたら、表情が動くかと思って!」

 目を少し大きくさせたくらいしか変化はなかったけどねと、少女はまた拗ねた。
 山田は、彼女がつついた箇所を撫でた。

「南さん」
「何よ……!」

ーきみは、とてもおもしろい人だね。

(お題:彼が愛した「えいっ」)

止まり木の根っこ

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次に伸びる根っこを乞うご期待!

止まり木の根っこ

140字のマイクロノベルには収まりきれなかったお話たちをまとめたもの。 ちょいと伸びてしまったことにかけて、「止まり木の根っこ」と名付けました。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-12-15

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 眠る子。
  2. 沈黙の3分間
  3. 電子の歌姫へ。
  4. 灰色の実像
  5. 怖い言葉
  6. 幸せの刻
  7. #未完成な僕らのさようなら
  8. 船旅
  9. 繋がり
  10. #もし人を殺しても良かったら
  11. 泣かせてごめん。
  12. 狭間の世界で脱抑制
  13. おもしろい人