かヲる挽歌
第一章 黄色のライン
銀杏が黄色く色づくまで。色づくまではきっと大丈夫。確か化学の先生はそう言っていた。
黄色く豪華に色づいた銀杏は私たちに時間の経過を押し付ける。「間に合わなかった…」とだれかが呟くのが聞こえた。
受験生にとって冬の歳月はあっという間に過ぎるものだ。最後の高校生活を惜しむ間もなく受験勉強に勤しむ日々を送る。ただ淡々と隙間を埋めてはその途方のない量に絶望する。それが1日、1日と過ぎて行く。薫もその日々を送る1人である。
生足、失敗したな。タイツでも履いてくりゃ良かった。
駅のホームに置いてある自販機でコーンポタージュを買う。ゴトンという鈍い音が人気の少ないホームに響き、思わず「自分の出した音じゃありませんよ」という顔でその場を離れた。
黄色い線の内側に立ち、缶を開ける。あたたかな空気が外気に冷やされて薫の視野をほのかにかすめる。
12月。クリスマスまであと何日だったか。最近になると「もう年末だね」やら「お正月何食べよう」とかいう言葉を聞くたびに焦燥感に襲われるため、学校の友達とは時間の経過を感じるような話はしなくなった。受験のことなどだれも考えたくはないのだ。
コーンポタージュをひと啜りする。甘くあったかいそれは薫の前に横這いする黄色の線と同じ色をしている。
大きな音を弾き鳴らし、最寄りまで届く電車が到着した。カバンを前にからい直して乗り込む。人はまばらだが席にはつかなかった。なんだか座っていられないのだ。電車が来る前にと急いで飲み切ったつもりでいたコーンポタージュに一つぶのコーンを残してしまった。せめて二つぶだったら諦め切れたのに。
もう東北の方では雪が降っているらしい。福岡で雪が見られることは滅多にない。窓の外の風景を眺めながらもうこれを見ることもそのうち無くなるのだなぁなどと思う。都合のいいことに関しては時間の経過を愛おしく感じる楽観さは彼女の良いところだ。
2年前、薫には好きな人ができた。女の人だった。よく一緒に帰ったその人は好きなバンドが同じだった。窓の外を見ながら「この川、綺麗だね」と薫が言うと、「そうかな。汚いよ」と言っていたが帰り着いた後にLINEで“どうぞ”と言う三文字と一緒に川の写真が送られてきた。弱い薫は彼女のそういうところを好きになった。
ふいに彼女の横顔が窓の反射に映った気がして思わず目を見開いたがそんなはずもなく、電車は例の川の上を通り過ぎようとしていた。結局想いを告げられないまま疎遠になってしまったが、もうとうに昔の話なので未練は残っていなかった。ただ、その川を見るたびにこのやりとりを思い出すのだ。光に反射して茶色く透き通る黒髪が不意に頬を横切る気がする、それだけだ。
最寄りに着いてしまった。着いてしまったではないか。あぁ、また帰って勉強してスマホみて眠くなって朝になって絶望するのか。
ドアが開き、機械的に黄色の線を踏み越える。
薫にはもう時間がない。
かヲる挽歌