寂寞の頃

 途方もない、ひとびとの熱量が光となって。一瞬。肺に咲いた、青い花を紡いで、かんむりをつくる。ひとりの怪物が、この星のあらゆる生命体をゆるす頃。夜明け。朝靄は、きっと、うまれたばかりの赤ん坊のにおいだ。
 ぼくの心臓だけを欲して。
 だきしめられたときに、いのちの尊さを感じる。
 もうすぐ閉店するドーナツやさんの、ドーナツがほとんどのこっていないショーケース。テーブル席には茶色いクマと、女子高生。ちょっと前はたばこが吸えたのにとぼやいた金髪の男が、のこっているドーナツをすべて買い占めている。機械仕掛けの人形みたいに、ずっとおなじテンションでドーナツを売る店員。茶色いクマのカップにコーヒーのおかわりを注ぐ店員。なまえのわからない観葉植物。ふつりあいなにぎやかしい音楽。なんだか憂鬱そうな表情の女子高生。グレーのスウェットにサンダルで、ドーナツの長い箱をぶらさげて店を出ていく、金髪の男。
 自動ドアが開くたびに流れこんでくる、冬の冷気。

寂寞の頃

寂寞の頃

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-12-13

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