哀哭

 てのひらが、ぬれる。雨ではなく、きみの、瞳から溢れた水分のせいで。カノンが星の一部となり、カノンと一心同体も同然だった、きみは、この世のおわりみたいに泣いているし、アルビノのくまは、これでよかったのだと無慈悲なことをいう。ぼくはきみの、びしゃびしゃの頬に指をはわせるけれど、ぬれているせいで、滑りが悪い。石油ストーブであたためられた部屋は、きみのすすり泣く声に満たされ、アルビノのくまは丸まって寝そべり、ちいさなあくびをする。カノンはたしかに、にんげんではなかったし、どちらかといえば、にんげんには害悪とされる、醜いバケモノだったけれど、でも、きみは、カノンを愛していたし、掛け値なしに、ひたすらに、まっすぐ愛していたことを、ぼくも、アルビノのくまも、重々承知はしていて。ただ、どうしようもできなかった、という話。
 星に選ばれたカノンは、肉か、血液か、骨か、はたまた細胞か、ともかく、カノンは、星のものとなったのだ。
 キッチンから微かに、スパイシーな香りが漂ってきて、おそらく七尾さんが、スパイシーチャイを淹れているのだろうと思いながら、ぼくはきみのやわらかな頬を、てのひらでやさしくおしたり、してみる。ぷに、としているようで、そうでもなくて、もち、というほどの弾力もなくて、けれど、ずっとさわっていたいような感じの、くせになる心地よさがある。アルビノのくまは、いまにも眠りそうである。スパイシーチャイがにがてなので、むずかしいかおをしている。そんな、けわしいかおのまま眠ったら、しわになりそうだとひそかに思う。
 星は、きらいなものをさっさと食べてしまうタイプなのか、それとも、好きなものから真っ先に召し上がる性質なのか、カノンと同類の生命体から摂り込んでいて、にんげんと、けものはまだ、見逃されているようだ。
 からだのなかの水分が、ぜんぶなくなってしまうのでないかと心配になるほどの量を、きみは垂れ流し続けている。
 アレだけがおまえのすべてではないと、アルビノのくまが静かな声で呟いて、目を閉じた。

哀哭

哀哭

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-12-12

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