死体の滓

死体の滓

SF小説です。縦書きでお読みください。


 生命体がいる惑星をもつ恒星系には、必ず異次元の穴が存在する。
 この宇宙の中の、どのような生命体であっても必ず身体が消滅するときがくる。ようするに死ぬのである。死んだ後に生命体は、異次元の穴に、死んだ後の滓が捨てられる。宇宙の普遍的な現象である。この滓というのは、生命体が成長し、生きていく間に生じるものである。
 デルタ星はデルタ語で光球と呼ばれる恒星を回る三番目の星である。光球の異次元の穴は、デルタ星からすると、光球の反対側にある
 異次元の穴に捨てられた滓は、いずれ、宇宙のどこかの星に、新たな生命体として送り込まれるようだが、その仕組みに関してはまだわかっていない。
 デルタ星の科学は進んでいる。しかし、宇宙の中に生命体の存在が確認されている星は数えるほどしかない。
 デルタ星から一番近いところにいる生命体は、それでも一万光年離れたところにある、一つの天体に存在した。それは一つの恒星、太陽を回る八つの惑星の中の、三番目の星だった。
 地球である。デルタ星は地球より遙か昔に生命が誕生し、地球上で地域ごとに戦をしているときには、高度な星間連絡船を運航し、宇宙の中の生命体のいる星を観察していた。
 特殊な装置による解析では、その陸と水より成る惑星、地球にはたくさんの種類の生き物がいて、優位さはあるが共存している。最も進化した生き物は、デルタ星人にちょっとに似ところがあり、それなりの文明を築いている。そこまでデルタ星では地球のことを把握していた。日本では明治時代のことになるだろう。
 太陽系で最も進んだ生命体は地球人だが、観察をしていると、地球人とよく似た形だが、異質な生き物が、地球人と一緒にいることがある。デルタ星人はそれを擬地球人と呼んだ。数は遙かに少ないが彼らの役目はわかっていない。いったいその生命体は何のためにいるのかデルタ星人は知りたいと思っていた。
 デルタ星人たちは、地球から一億万キロ離れた宇宙空間、その位置は、太陽の第二惑星である金星が太陽を廻る軌道に近いところであるが、太陽系の異次元の穴がある。それが地球人の滓が捨てられるところである。生命体の滓は穴に入ると出てこないものだが、太陽系の異次元の穴からは、時々地球から入った滓がこの次元の宇宙空間にもどっていることがある。
 デルタ星人はその現象も大いに興味をもっていた。
 デルタ星の宇宙船は地球では考えられない方法をもちい、一万光年を、地球時間にすると一週間ほどで移動できる。
 ただ、そのスピードで動く宇宙船はデルタ星でもまだできていない。現在あるものは一人乗りの超光速艇である。もちろん十光年、百光年ほどの距離ならば、大型の宇宙船がある。
 最新鋭の一人乗りの遠距離宇宙船に、デルタ星でもっとも有名な、異次元の穴の研究者が乗り込んだ。
 一万光年先の地球の異次元の穴の調査にでかけた。
 デルタ星をでた一人乗り宇宙船は、一週間後には太陽系の異次元の穴の近くに停止した。
 これから異次元の穴に入った生命体の滓が、なぜまた穴から戻ってくるのか調べるのだ。もちろん地球人はデルタ星の宇宙船が、金星の近くに止まっていることなど知る由もない。
 デルタ星人は、宇宙船のパネルに映し出されている、異次元の穴に吸い込まれていく地球人の滓を見ていた。地球の時間で一日の間に、千五百個ほどの滓が異次元の穴に吸い込まれていく。いいかえると、それだけの地球人が死んでいくのである。
 見ていると、吸い込まれた滓の中の一パーセントほどが、異次元の穴に入ってしばらくすると、またもどって宇宙空間をさまよい、だがすぐに再び異次元の穴に吸い込まれてしまう。
 しかし、太陽系の異次元の穴の近くにやってきた、デルタ星の研究者は、デルタ星では観察できなかったことをみつけた。いったん穴から出てしまったほとんどの生命体の滓は、すぐ再吸収されるのだが、なかなか吸収されないで、宇宙空間をさまよい、地球に戻るものがあることを知った。数はかなり少ない。
 それは何であるか、デルタ星人は地球の時間で一月ほど観察を続けた。
 地球に戻った生命体の滓は、数日たつと、地球から離れ、また宇宙空間に戻り、異次元の穴にすごいスピードで吸収され、それからは現れなくなる。
 地球に戻ってなにをしているのだろう。どうも、それが偽地球人になるのではないだろうか。そのように推測したデルタ星人の研究者は、地球から離れたところから観察する許可しかもらっていなかったが、地球に直接おりて、地球人や、地球にもどった地球人の滓を直接観察してみたいと、思うようになった。
 デルタ星の研究者は本部に連絡をして、地球にもどった滓がどうなったか観察をすることの許可をもらった。
 ある日、たくさん穴に入っていく滓のなから、いきなり、赤く光って、宇宙空間に戻ってきた滓が二つあった。それはゆっくりと地球に向かっていく。
 デルタ星人はそれを追いかけた。宇宙船を地球の衛星、月におろすと、カプセル艇に入って、地球に戻った滓をおいかけた。
 一つは地球の小さな島の一つに、もう一つも小さな島におりていった。太陽の光のない時間、すなわち夜の話である。
 滓が降りた場所を確認すると、彼はカプセルを一つの島に着陸させた。そこは地球人のすむ広い屋敷の庭だった。滓がその家に入っていったことは確かである。
 カプセルを庭の木の裏にわからないように隠すと様子をうかがった。地球人も太陽の光のない時間、すなわち夜は睡眠をとり、エネルギーの蓄積とからだの補修をおこなう。デルタ星人と同じである。だから活動している生命体は少ない。その家もしずまっている。中にいる地球人は寝ているのだろう。
 デルタ星人は、音を立てないように、戸を開けると、中に入った。鍵などは簡単に開けることができる。家の中では、三人の地球人が、ベッドの上で寝ていた。
 彼が陰から見ていると、その部屋の電灯がゆらゆら揺れ始め、地球人の寝ているベッドが中に浮き始めた。地球人はあわてて起きあがると、三人で抱き合って部屋の隅でかたまった。
 壁の中から、地球にもどった死に滓がでてきた。男のかたちをしていて、頭が血だらけである。
 地球人たちはキャーと叫んでほかの部屋に逃げていった。
 壁から出てきた男は壁に戻り、部屋は静まりかえった。それから夜が明けるまでなにも起きなかった。
 デルタ星人は夜が明けると、町にでて、地球人を観察した。彼はもっていた機械を通して、地球人の言葉を解析し、この島がイギリスと呼ばれていることを知った。
 デルタ星人は、町から死に滓が入った家にもどった。
  三人の地球人が話している。
 「この家は幽霊がいる、引っ越した方がいい」
 「そうね」
 「早急に不動産屋に来てもらう」
 やがて、違う地球人が家にやってきた。
 「幽霊がすんでいるんじゃないか」
 「ありゃ、でましたか」
 「幽霊がいる家だったら借りなかったのに、ほかにうつりたい」
 「へえ、わかりました、すみませんでしたな、幽霊になったとはしりませんでしたな」
 「なにがあったのだ」
 「この家は、大きな会社の社長の家でいいつくりなんですよ、だけど、投資に失敗して、会社をつぶし、首をくくって死んじまったんです」
 「だから、家賃が安かったんだ」
 「そういうわけで」
 地球人は、昨日壁から出てきた死人の滓は「幽霊」と言う擬地球人であることが推察できた。幽霊はいったん異次元の穴には行った滓が、また出てきて、地球に戻った生命体だということになる。きっと、もう一つの滓も、もう一つの島で「幽霊」になっているに違いない。
 そう思ったデルタ星人は、カプセルにもどると、もう一つの島に行った。この島の地球人は、イギリスと違う言葉を話していた。どのような言葉でもデルタ星の翻訳機は訳すことができる。その島は日本という島だった。町の様子や、地球人の着ているものが全く違った。地球人は多様な生活をしているようだ。もう一つの滓がおりたところの記録を呼び出した。
 死に滓の降りたところはやはり一つの屋敷だったが、石でできているイギリスのものとは全く違って、地球の生物の一つ、植物の木というものでできていた。
 夜になってから、デルタ星人は家の中にはいった。二人の地球人が布を床に敷いてその上で寝ていた。
 何か音がした。どろどろどろ、ひゅーと言う音だ。なま暖かい風が吹いてきた。デルタ星人は何が起こるのか期待をして見ていた。
 「なんだ」
 日本人の一人が目を覚まして言った。
 あわてて、デルタ星人は翻訳機のチューニングダイアルを回した。
 「気味が悪いわ」
 もう一人が言うと、暗闇の中に白い着物を着た地球人が浮かんだ。顔がやっぱり血だらけである。片目がはれて、黒い頭から生えている、毛というものが抜け落ちていた。デルタ人は「幽霊」だと、確信した。ところが、日本の幽霊には下半身がなかった。不完全な偽地球人である。
 「うらめしや」
 幽霊はそういうと、日本人の一人は武器である刀をとって、幽霊に切りつけた。幽霊はすーっと消えると、今度はもう一人の地球人の頭の上に現れた。そこに刀が振り下ろされた。もう一人の日本人はその刀で首が飛んでしまった。
 刀をもった日本人は、刀を振り回し、最後は自分の喉に突き刺して、死んでしまった。
 死んだ二人の滓は身体から抜け出して、夜空にとんでいった。きっと、異次元の穴に入っていったのであろう。幽霊もまた滓になり、二人を追って、異次元の穴の方に飛んで行ってしまった。
 家の物音に気づいた、隣の家の人がやってきた。迂闊にも、死んだ二人の日本人の遺体のところにいたデルタ星人はみつかってしまった。
 隣の家の男は、デルタ星人を見ると、
 「くせ者」
 と刀をふりかざしておそってきた。
 デルタ星人は、あわてて、長い手を伸ばして、その地球人の首を絞めて殺してしまった。
 その地球人のからだから滓が外に飛んでいった。
 デルタ星人もほかの人を殺せば犯罪になる。だがこれは身を守る正当防衛である。本部も許してくれるだろう。
 彼はカプセルにはいり、宇宙船にもどった。すぐに現状を報告した。裁判をすることになるが、問題はないだろうと言う報告が来た。
 地球では、異次元の穴に入った滓がもどって、その一部が地球に帰り、擬地球人になること、それは幽霊族と呼ばれていること、そのようなことを発見したことは、賞賛されるだろうとのことだった。
 宇宙船から地球の異次元の穴を観察していたら、幽霊だったイギリスと日本の幽霊はもう穴にはいるところであった。彼が殺してしまった日本人の滓も穴にはいっていくところであった。
 デルタ星人は宇宙船を帰宅のモードにした。一週間で我が星に帰ることができる。
 スイッチを押したとき、地球人の異次元の穴が赤く光ったと思ったら、中から一つの滓がすごい勢いで飛び出してきた。それはデルタ星人の宇宙船の壁を貫き、中で擬地球人、幽霊になった。
 デルタ星人が殺した男の幽霊だった。足のない幽霊は「うらめしや、なぜ俺を殺した」
 と赤い目をして、デルタ星人をにらみつけた。デルタ星人は震え上がった。あわてて、自分の部屋に逃げ込んだ。あまり意味のないことであった。
 幽霊は通り抜けて部屋の中に入ってくると、目玉をとろけさせて、デルタ星人におそいかかってきた。幽霊がかぶさってくると、ぞくぞくと体温が奪われ、頭の中が寒くなり、思考が停止しそうになった。
 あわてて、幽霊から離れると、
 「あなたが、切りつけてきたから身を守るために首を絞めたのです、そんなに強くなかったと思うんですが、地球の人には強すぎたようです、すみませんでした」
 と幽霊にあやまった。
 「わしはあの家の隣にすむもの、叫び声が聞こえたので、助けに行った。あそこにすむ輩は悪いことをしている奴、ほっておけばよかったのだが、わしは義侠心が強くてな、悪い奴でも、助けてやらなければと思って、行ったのだ、すると、おまえがあの二人を殺した、それで成敗しようと思ったのだ」
 「あ、いや違います、あの二人は幽霊に殺されたのです」
 「幽霊とな、もしかするとその幽霊は女の幽霊ではなかったかな」
 「男と女とはどういうことかわかりません」
 「ふむ、髪を長くしておったか」
 「はい」
 「岩さんだったのだな、そうか幽霊になって、伊右衛門をのろい殺したか、だとすると、わしの間違いかもしれんが、わしはもうすぐ嫁をとる予定だったのだ、嫁になる娘はわしにぞっこんほれておった、やっと結ばれると言うときに、おまえにわしは殺されてしまった。やはり見逃すわけにはいかん、わしの妻になる女のためにもおまえをのろい殺さねばならない」
 幽霊はそういうと、また冷たい手で、デルタ星人の首筋をなぜた。デルタ星人は首筋が冷えると病気になってしまう。脳に行く血液は絶えず一定の温度にしておかなければならない。
 デルタ星人は病気になって寝台の上で横になってしまった。
 幽霊はわけがわかったので、もうデルタ星人をのろうことをやめにして、デルタ星人の看病をした。
 デルタ星人は、今までのことを、まとめて、デルタ星に報告をした。
 「地球の擬地球人である幽霊は場所によって異なり、イギリスの幽霊は地球人を脅かすだけであったが、日本の幽霊は、のろうという武器をもっており、とても危険である。ただ、話してわからない相手ではない」
 レポートにはそうしめくくってあった。
 日本人の幽霊は、役目を終えたのに、地球の異次元の穴にはもどらなかった。もう遠すぎてもどれなかったのだ。
 もうすぐデルタ星につくというとき、デルタ星人は脳が冷えすぎて、死んでしまった。
 デルタ星人のからだからでた滓は宇宙船の壁を通り抜けると、デルタ星人の異次元の穴にすすんでいった。帰るところがなくなった日本の幽霊も、一緒に後をおって、異次元の穴に入った。
 ところが、日本の幽霊はデルタ星の異次元の穴には入ることができなかった。入ろうとしたら蓋が閉められてしまったのだ。
 自動運転の宇宙船に戻るほかなくなり、そのまま、デルタ星にいってしまった。
 自動着陸した宇宙船の中から、死人の滓の研究者の日記が見つかった。
 病気で死んだこと、幽霊が彼を介抱したことが書いてあった。
 擬地球人を解明したデルタ星人の葬儀が終わった。彼の功績は国民栄誉賞にあたいするといわれ。
 デルタ星人の宇宙局の職員が、地球に行って帰ってきた宇宙船をあらためて調べるために中に入った。
 すると、宇宙船の操縦室の角になにか浮かんでいるのに気がついた。
 浮かんでいたのは足のない、地球の幽霊だった。
 「あ、幽霊だ」
 幽霊も気がついて、「うらめしや」と答えた。
 デルタ星人は呪いの言葉だと思い、耳をふさいだ。
 しかし、国民栄誉賞を受けた科学者を看病してくれたことを思い出し、「これは、幽霊殿、遠いところよく来られた、歓迎いたします」、
デルタ人の一人がそう言って、幽霊を船の外にでることを促した。
 幽霊もこの星を見てみたかったので宇宙船の外にでた。
 でると周りは土でできた山ばかりで、木が一本も生えていない。植物がない世界である。それにデルタ星人以外の生命体はいなかった。
 デルタ星人が、幽霊を町に案内した。石で作られた個人住宅が、丘一面を覆っている。町中の商店街も石造りの家で、食べ物、着るもの、それに一番多いのは、遊ぶものを売っていた。
 幽霊は案内されながら、遊園地に興味を持った。日本の縁日のようなかんじがしたからだ。
 遊園地の迷路にはいると、路地のようなところがとても落ち着いた。
 幽霊はそこにすみたいと言った。
 デルタ星人はどうしてか全く想像がつかなかったが、本人が望むならと、デルタ星の政府が許可し、日本の幽霊はその星にすむことになった。
 デルタ星人の子供が迷路にはいってくると、かどから「うらめしや」と言って驚かした。子供は驚きもするが喜んだ。
 デルタ星の政府は幽霊に、そこにいつまでもすんでもらうことにした。 
 デルタ星の科学者たちは、なぜ幽霊は食物もとらず、酸素がなくても生きているのか不思議がった。日本の幽霊に協力してもらい、科学的な精密検査をした。幽霊の存在は機械類が反応し、確認できるのだが、どのような身体をしているのか全くわからなかった。大体体液が取れない。
 地球に行って病気でなくなったデルタ星人が書き残したところでは、死んだ身体からでた滓が、異次元の穴に入り、変化しているとあった。半分異次元なのか。
 一人のデルタ星の研究者が論文を出した。
 生命体が死んだときにでる滓が、何らかの変化を起こし、異次元の穴の中で、新たな生命体になったのが「幽霊」で、滓が変化したものである。身体はなく、滓が形と意識だけを備えたものだと結論づけた。滓が「幽霊」になるためには、死ぬ前に植え付けられた「心残り」が必要であることが示唆された。デルタ星人には「心残り」が脳で形成されないので、幽霊はうまれないのだという考察があった。
 地球の異次元の穴に戻れなかった日本の幽霊は、いまでもデルタ星の遊園地にある迷路で、遊びに来たデルタ星人のこどもたちに、「うらめしや」と言っておどかしている。とても人気があり、子供たちが大きくなると、他の幽霊たちに会いたくなり、地球に観光旅行に行くことだろう。
 最も日本の幽霊はそこまで期待して、「うらめしや」をやっているわけではない。幽霊の本能に過ぎない。

死体の滓

死体の滓

宇宙に存在する生命体の死体からは滓がでる。滓は異次元の穴に吸い込まれていく。しかし、地球の生命体の滓はーーーー

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-12-10

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